彼女も女の子

彼女も女の子<Ⅰ>

「え、えーっと……」


 部屋に戻るとセレーネはベッドの上にちょこんと座っていた。

 いつもの祭服ではなく薄く可愛らしいものを着ていてまるで下着姿のようで覆う布が少ないので目のやり場に困ってしまう。


 いや、ここは焦らず間違えてはいけない。

 こういう最もらしい流れにみせておいて、お疲れでしょうからアデル教的なマッサージ術を施しますとかなんとかに違いない。


「ど、どうしたの?」


 などと心の準備をしていてもやはり変に緊張して声が裏返ってしまう。


「はいっ、今夜はわたくしが先約だと仰っておりましたので」


 先約……? ……ああっ!


「あ、あれって、その意味はそういう……」


 そこまで言いかけたが、セレーネはそういうことに疎いって感じでもないし分かっているはずだよな。

 普段はほとんど肌を見せない服を着ているけど、今は扇情的な格好をしているし。


「あ、あれは、あの子達のために言ったことで別に本当にする必要はないだろ」


「ですが彼女達はわたくしと勇者様がそういうことをすると思っているでしょう」


「ちゃんと内緒って言っておいたじゃないか」


「あの勇者様、大変申し上げにくいのですが、あの年頃の子達がそういうことで口を閉じているというのは無理ではないかと……」


「んぐっ……それはそうかもしれない。それなら口裏を合わせておけばいいだけじゃないか」


「あら、聖職者のわたくしに嘘をつけと仰るのですか」


「ええ!? い、いやそれは……その……」


 そこで聖職者が嘘をついたらいけないってことを持ち出すの!?

 しまったな……教義的な話になるとあまり無碍には出来ない。これは困った事態だぞ。


「た、立場は分かったけど、だからってまだ出会って間もない相手と無理にしなくても」


「そうですね。勇者様にも好みはありますものね……」


 俯いてしまうセレーネ。


「そうじゃない逆だ。逆! 俺の方は……セレーネのことはその、異性として魅力的だと思っているよ」


「そう、ですか?」


「当たり前じゃないか。君は素晴らしい女性だと思っているよ」


 性格的にもだが、お胸的な部分も特に。

 守銭奴っぽいけど、それは裏返せば浪費家ではない証拠だしある意味安心出来るし。


「だから俺じゃなくてセレーネの方の問題だって、誰とも分からない男と聖女と呼ばれるセレーネがそんなことしていいいのかよ」


「申し訳ありません……わたくしは本心を隠して建前で話をしておりました」


 セレーネは笑顔でそう言った。


「だ、だろ?」


 それはそれで悲しいけどね!

 やっぱりあんまり男として見られていないんですよねー。


「わたくしは勇者様のことお慕いしております」


「やっぱそうだよね……、んっ……あ、あれ、今なんて?」


「はい。とても好いておりますと言いました」


「ん? んーっ!?」


 これだけの美人が、こんな平々凡々で多分顔は平均以下の俺を好きだって?

 うん、これは嘘だ。やっぱりあの宇宙人のおっさん、何かしら罠をしかけてたな。


「じょ、冗談……だよね?」


「このようなことを冗談で言うとお思いですか」


「それは、まあそうだけど……」


 全く信じられません。

 彼女、神の電波的なもので操られているとかじゃないのか?


「わたくしが元貴族で奴隷に身を落とした話はしましたよね」


「あ、うん、それは聞いたけど……それは今関係あるの?」


「はい。この話を聞いても貴方は全く変わりませんでした」


 この世界の奴隷は既に人間として扱われない。

 一度落ちた者は例え奴隷から解放されたとしても奴隷上がりと言われ続け忌み嫌われる。


「それまで傅いていた人達が、突然蔑んだ目でわたくしを見て、それまで友人だと思っていた人達が、その日から汚物を見るかのようになりました」


「そうなんだ。そこは俺にはよく分からないな」


「そこなんです!」


「え? 何、どこのこと?」


「勇者様は立場や身分などを全く気になさらないのです。先ほども彼女たちも農奴でしたのに、本当に普通にそれこそ友人のように接していました」


「それは俺のいた世界じゃ、人権が尊重されて自由とか平等が基本だったからな」


「もちろん、そういった教育が勇者様の考えの元になっているとは思います。ですが例え世界がそうであったとしても本質的に人は差別するものです」


「確かに、人間にはそういった部分があると思うけど……」


「勇者様は誰であっても決して差別をしないではありませんか」


「いやいや、俺だって嫌いな人には対応は変わるからね?」


「それは差別でなく、好き嫌いの話ではないかと。わたくしだって嫌いな相手には対応が変わりますし」


「あ、セレーネでもそうなるんだ」


「聖職者といえどわたくしも人間ですので、嫌いな方と一緒に過ごしたいなんて思いません」


「あ、そ、そうですか」


「そもそも何とも思っていない方と一つのベッドを共にしたいなどとは思いません」


 真摯な顔で答えるセレーネ。とても嘘をついているようには見えない。

 それに誰かに操られている雰囲気はなく、いつものセレーネに見える。


「あのさ……奴隷というのはそんなに厳しいものなの。あ、いや答えづらいのならいいよ」


「そうですね。身分制度としては底辺であり罪人と扱いは変わりません。亜人や獣人よりも扱いが下になります」


「つまり人間として扱っていないってことか」


 セレーネは少し顔を俯かせる。


「もちろんです。家畜同様で生殺与奪は所有者のものであり、奴隷が病気になったり大きな怪我して労働力として使えないと判断されれば簡単に殺されます」


「まじか……」


 あんまり実感がわかない。

 大人向けのマンガやゲームではたまに見るけど、ああいうのは大半が性的対象でしかないし。


 家畜同然なのか……いや産業用のロボットみたいな純粋な労働力という位置か。

 全てが人力の世界だから、実社会にそういう部分が必要なのだろう。

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