お約束<Ⅳ>

「こうなったらセレーネ!」


 俺の方は、もちろん。


「はい?」


 当然、走ってその場から逃げ出すのだった。


「勇者様ぁ!?」


 ただ逃げるだけじゃない。砦と反対に走り出しセレーネの手を掴んで走る。


「せっかく助かったけど、この状況どーすりゃいいんだ!」


「“ターンアンデッド”!」


 セレーネは俺に手を掴まれて走りながら器用にターンアンデッドをしかけるが少しだけ動きが止まる程度でやはりなんともない。


「ダメだこりゃ……」


 俺は走りながら何かないかと考えるが、そう簡単に何か思いつくはずもない。

 そもそも地上に落ちてからまだ数日、この世界の勝手もまだ分かっていないんだし、まさにじり貧である。


「ワイトさんよ! せめて俺の話だけでも聞いてくれない?」


 うおー!!


 吠えられてるし。どうやらなしのつぶてである。


 ワイトの脚は速くすぐに追いつかれるが、攻撃は脚を止めて腕を振り回すのでその間に距離を稼げるので避けることはさほど苦労せずに出来た。


 とはいえ相手はアンデッド。こちらと違い疲れることがないので、いずれこちらが疲れてしまえば攻撃が当たってしまうだろう

 凄い音で地面が抉れるので鎧などを着用していない俺に当たれば簡単に致命傷になるだろう。


 くそ……何か、何か。なんでもいいから好転する要素はないのかよ!


「ゆ、勇者様……、あの! あっ!」


 と余計なことを考えていたら、俺の脚と彼女の脚の速度が噛み合わずセレーネが転んでしまう。


「セレーネ!」


 俺は咄嗟に彼女を抱き寄せ衝撃に備えた。

 何度かピンチを乗り切ったが、さすがにいよいよか。

 もうダメだと思ったら、ワイトが腕を振り上げたまま目の前で止まったのだった。


「あ、あれ?」


 何か意味があるのかと思ったが全く動くような様子はない。


「……セレーネ、何かした?」


「い、いえわたくしは何もしていません」


「え、そうなの。じゃあこれはどういうこと?」


「勇者殿! あっちをあっちです!」


 砦の櫓の上から、あっちあっちと指を指す砦長が見えた。

 あの人まだ逃げてないのかよ。


 そう思いながら、指を指す方を見る。

 あっちって、ネクロマンサーの方だよな。


「あれ……まじか?」


 そこには操っていたはずのネクロマンサーが倒れていた。

 杖ごと倒れているのが明るさでよく分かった。


 ならば今がチャンスじゃねーか!


「砦長! 今だ! こっちは俺が対処するから、あのネクロマンサーを捕らえてくれ!」


「承知しました!」


 砦長と数名が兵士が俺達と同じく壁から飛び降り、ネクロマンサーの方に向かって走って行く。


『ふう……、やっと自由に動けるようになった』


 目の前のワイトが動き出し、腕をローブにしまいながら話し出す。

 俺とセレーネも立ち上がって、付いた草などを払う。


「セレーネ、相手が落ち着いてる今の内に退くんだ」


「いやです。勇者様だけに無理をさせるなんて出来ません」


 セレーネは離れないとばかりに腕にしがみついてくる。


「君はねぇ……」


『もしかして、お前は俺の声が聞こえるのか?』


 ワイトが話しかけてきた。


「ああ、どういうわけか俺にはあんたらの声が聞こえるんだ」


『……そうか。それはまさに行幸。まさに捨てる神あれば拾う神ありだな』


「拾う神……って、その言い方もしかして日本人なのか?」


『ああそうだ。俺もこの星……いや世界に連れてこられた一人だ』


「今、星って……ここがどこか理解しているのか!?」


『なんだと? まさか、お前もここが異世界ではなく異星だと理解しているのか』


「あの、勇者様……星ってなんのことでしょうか?」


「あ、ごめん、済まない。でもこのワイトは話が通じる。だから安心して、ちょっと変な話になってるけど気にしないで」


「そ、そうですか?」


 セレーネは素直に俺から手を離し少しだけ距離を置いた。


「済まない。その話、多分だが俺はほかの連中よりも少しだけ詳しいと思うぜ」


『その様だが、どうしてその様なことを知っている?』


「俺は女神と会ったときに、ちょっとしたトラブルがあったんだ」


『なんだと?』


「それでちょっとばかり普通の連中とは違う体験をしてな」


『……詳しく話してくれないか』


「そうしたいんだが、そんな時間があるのか?」


『む……、確かに……ならば、一つ頼みがある』


「頼み?」


『俺を連れて行ってくれ』


「い、いやさすがに今のアンタを連れて行くのは無理だろ」


『それは分かっている。伊達に世界の真理を見つけようとはしていない。肉体を失っても大丈夫なように意識や記憶をある場所に移している』


「何それ凄いんだけど、そんなこと出来るのかよ!?」


『人間の要素を丸々コピー出来る方法がある。ここでは魔法となっているがあきらかに魔法ではない。……まあそれは追々としてだ』


 ワイトはローブの中でごそごそと何かを取り出す。

 それは占いの水晶玉のようなものだった。


『これに意識を移してある』


「この玉にか?」


『そうだ。これを頼む』


「分かった……」


 俺は水晶玉を受け取ろうとする。

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