いつでも出会いは突然です<Ⅴ>
「これほどの技術の服なんて見たことがありませんので、やはり異世界からやってきた勇者様なのですね」
「そうなの?」
「ええ、以前一度勇者様と少しだけお話をしたことがあるんです。
その時も不思議な腕輪を見せてくれました。それは腕時計と仰ってました」
「この世界に時計はあるの?」
「ありますよ。木の棒を立てた日時計や、水瓶を使った水時計などですけど、あのように小さいものは見たことがありません。魔法の一種なのでしょうか」
「もしかして地球人てそんなに珍しいものじゃないのか」
「少なくともわたしが知っているのは、そのお一人だけです」
「そうなんだ」
「勇者様というのは先ほど言ったようにポータルと呼ばれる塔に降り立ちますので、その近くでしたら結構見られると思います。ですが、この様な辺境ではかなり珍しいではないかと」
「そんな場所があるんだ」
うーん……、やはりつまるところ俺はイレギュラーな場所に落とされた存在ってわけか。
「もしかして、勇者じゃないってことだったりして」
「ステータスで調べることが出来ますよ」
「は? ステータスって、何それゲームみたいだな」
「こうやって手を出して、“ステータス”!」
軽く前に出した彼女の手の上に、半透明のモニタのようなものが浮かび上がった。
そこには名前や色々な数値が書いてある。
マジかよ……。
まるでゲームだな。
もしかして俺は空から落ちた後、目が覚めずに夢を見続けているんじゃないだろうか。
いやそもそも全てが夢なのかもしれない。
だとしたら目の前のこの可愛らしい女の子は夢幻の存在ってことになる。それなら少しくらい触ったりしても良いのではないだろうか。
「こんな感じで見ることが可能ですよ」
笑顔の彼女、ああなんて汚れのない顔をしているんだ。
「え、あ、ああ……」
いやいや、やっぱり夢幻の存在だとしてもこんなに可愛くて性格も良さそうな子にそういう邪なことをしてはいけない。
「“ステータス”」
ともかく、俺自身の状況を見てみたく表示してみる。
目の前に半透明なゲームのステータス画面みたいなものが表示される。
名前 :卯路睦久(うろむく)
称号 :勇者
「あ、称号は勇者になってる」
「では、やはり勇者様なのですね」
職業:無職(ニート)
「ぶっ! 職業無職って、カッコでニートとまで書いてあるし……」
「ポータルで職業を選べるはずです。勇者様はここに落ちてきたので、まだ無職扱いとなっているのではないでしょうか」
「そうなんだ。あ、俺は卯路睦久(うろむく)っていうんだ」
「わたくしは、セレーネ・デル・トレットと申します。気軽にセレーネとお呼びください」
「それじゃあ、セレーネ。一つ相談があるんだけど……」
「なんでしょうか」
「実は……」
あれは、何だ?
「誰か来た?」
彼女の背後の方からやってくる人影のようなものが見える。
「多分、村の方だと思います。勇者様が落ちてきたときに凄い音がしましたし」
「そうだったのか」
てことは、なんとか泊めてもらえないだろうか。
う、うーん、果たしてちゃんと交渉が出来るか……。
よ、よし。
「あ、あれ、なんか動きが変じゃないか……ってうわぁあ?!」
「何をそんなに驚いているのですか」
「後ろ! 後ろ!」
「後ろですか?」
不思議そうな顔で振り向くセレーネ。直ぐ近くに人がいた。
「きゃ!?」
人だと思っていたそれは、顔や手などの一部腐っていた。
そいつは手を振り上げると、そのまま振り下ろしてセレーネに攻撃してきた。
「危ないっての!」
俺は咄嗟に飛び出して彼女の肩を掴んで思い切り自分の方に引っ張った。
ギリギリのところで空を切る腐った手。
空を切ったその腐り落ちそう手から何か変な液体が飛び散る。
「わ!? 気持ち悪! なにこれ、これが村人!?」
「違います。これはゾンビです! そんな昼間にこんなところに出るなんて……」
「ぞ、ゾンビってアンデッドの?」
「そうですっ!」
ゾンビは攻撃が外れたのが気に入らなかったのか再度距離を詰めてくる。
ど、どうしたらいいんだ? 俺は武器も何も持っていないってのに。
全体的に動きが遅いので避けることは比較的容易だが、彼女を守りながらでは避けきれない。
「慈悲深き大地の女神よ……」
「何か攻撃呪文的なもの?」
俺の後ろで先ほどの回復魔法のような呪文を呟き始めるセレーネ。
「きゃ!?」
慌てて呪文を唱えようとして、足を滑らせて転びそうになる。
「大丈夫か?」
「勇者様、前!」
「おわっ!?」
いつの間にかゾンビが直ぐ側にいて腕を振り下ろしてきた。
慌てて横に逃げるが、地面がぬかるみ気味で俺も滑る。
滑った脚に何か当たり、それを見ると木の棒だった。
俺はラッキーと、それを拾う。
ゾンビは再度俺に向かって腕を振り上げて攻撃をしかけてくる。
今回はそれを受け止めるが簡単に木の棒が折れた。
「まじかよ!?」
慌てて距離を取る。
いや手に残った衝撃で分かるが、この単純な攻撃は一撃一撃がとても重い。
喰らえば骨折くらい簡単にいきそうだ。
それに、このビジュアルはなんとかならんものか。
あまりに気持ち悪くて直視出来ないから余計に厄介だ。
今度は両手を前に出して突進してくるゾンビ。
まさに映画の動きだった。
「って、うわぁ!?」
避けようとしたが地面が濡れていて、それで滑って転んでしまう。
「や、やべぇ……」
「勇者様、危ないっ!」
振り上がるゾンビの手。
ダメだと思って思わず防御姿勢を取ってしまう。
『ダレカ、オレのハナシをキイテクレ……』
なんだ今の、何処からか声が?
『ハナシをキイテクレ……』
もしかして……こいつが喋っているのか?
「お前、もしかして話がしたいのか」
俺のその問いにゾンビが動きを止める。
『オレの……、オレのコエがキコエルのか……?』
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