いつでも出会いは突然です

いつでも出会いは突然です<Ⅰ>

「慈愛に満ちし大地の女神よ。このものの傷を癒したまえ……」


 血のにじむ包帯の上から手をかざして奇跡を願うと、患部と思われる場所が仄かに輝きゆっくりと消えていく。


「はいっ、これで大丈夫だと思いますよ」


「ホントだ……痛みがなくなった。聖女様、ありがとうございます!」


「わたくしの力不足でお待たせして申し訳ありませんでした」


 聖女と呼ばれる女性は、深々と頭を下げて謝罪をした。


「そんなお止めください! 聖女様が居たからこそみんな助かっているのです」


「ありがとうございます。そのお言葉だけでわたくしも救われます。貴方様に女神の加護があらんことを」


 そういって彼女は立ち上がってその場を後にした。


「ふう……」


 一通りの応急処置を終えて彼女は一息ついた。


 ドガ砦。


 ここは小高い丘の上に建てられた国境沿いの砦だった。

 国境といっても国と国の境ではなく、人間と魔物の住む場所の境であった。


 10数年程前、この辺りは魔物との戦いの最前線であった。

 その時に急遽建てられたのがこの砦である。


 木で出来た城壁は堅牢そうだが、よく見ると補修や整備が行き届いておらずそこかしこに細かな穴や解れが見受けられる。

 だが、それでもここが大事な防衛拠点であることに代わりはない。


 戦いが続いているのか砦の中のほとんどの兵士が泥や返り血にまみれたままで洗っている暇もないのだろう。

 砦の中は、一様に疲れ切っている者ばかりで座り込んで眠っていたり、残り少ない保存食を堅そうに黙々と咀嚼し続けたり、上司の目を盗んで静かに賭け事に興じていたりしていた。


「聖女様、準備が整いました」


「はい、すぐに向かいます」


 兵士の1人に声を掛けられ、彼女は砦の正門から外に出る。

 そこでは兵士達が死体を一つ箇所に集めていた。


 綺麗に並べることは出来ず、積み重ねるようにして置いてあった。

 一番下には薪がくべられている。


「どうか御身の元で安らかな安息を与えたまえ……」


 祈りを捧げ始めると兵士達は手にした松明をくべられた薪に投げ込む。

 油が撒いてあるのか、火は直ぐに周り燃えていく。


 本来はちゃんとした葬送するべきだが、今はこの様な形で燃やすしかなかった。

 彼女は目を瞑り小さく祈りを捧げ続けるのだった。



「聖女様、あまり外に出るのは危険ではありませんか」


 砦の門番は困った様子で外に出ようとする彼女を止めようとしていた。


「村の教会に少々用事が出来たのです。もちろん直ぐに戻りますので」


「ですが……」


「わたくしなら大丈夫です。アンデッドは夜にしか襲撃してきませんし、それに例え出たとしても昼のアンデッドであれば後れを取るようなことはありません」


「……確かに聖女様でしたらそうかもしれませんね」


 門番はあまり納得していないものの彼女を無理矢理止めておく権限はないため、最終的には裏門を開いてくれた。


 それではと外に出て歩き始める。


 外は長閑な平原で田舎道が続いている。

 砦から少し歩いたところに村があり、ドガ村と呼ばれている。


 ドガ砦とドガ村。

 長閑で何処にでもある地方の村の直ぐ側にある不釣り合いなくらい堅牢な砦。


 彼女はその砦と村を繋ぐ道を歩いていく。

 道は石などで舗装されておらず、土が剥き出しの道だった。


 この時期は雨が多いため、ボコボコになった土の道は所々泥のような色の水たまりになっており、彼女は踏まないように避けて歩く。


 途中で田畑で働く農民と出会うと、司祭様こんにちはと気軽に話しかけられ、その都度彼女は笑顔で返す。


 砦の防衛はなんとか機能しているため、村人は非難もせず畑作業を続けていた。

 とはいえこの状況が何時まで保つだろうか。

 援軍が間に合えば好転すると思われるが、中央からは未だ返事すら来ていない。


「なかなか厳しい状況が続きますね……」


 道からほんの少し離れた川辺に出ると、適当な木陰に腰掛ける。


「ふう……」


 そして今は不死者に対して有効な手段を持つ彼女が最後の希望であった。

 そのため砦内であまり疲れた顔を見せるわけにいかない。


 だがどうしてもほんの少しの間1人になりたかった。


 あの死体は昨晩砦を襲撃してきたアンデッドだったものだ。

 なんとか兵士達と共に撃退はしたが、また動き出さないようにと燃やしたのだった。


 死体の山には女子供もいた。

 アンデッドだったとはいえ、なんともやりきれない気持ちになってしまう。


「わたくしはどうしたらいいのでしょう」


 川のせせらぎ、小鳥の鳴き声。

 昼は本当に長閑だった。


 だが夜になるとそれが一変し、大量のアンデッドが徘徊する危険な場所になる。


「ふぅ……さすがに少し疲れてしまいました……」


 村の全員が夕方になると砦にやってきて中で一晩を過ごしている。

 アンデッドが発生する元凶は分かっておらず、相手は生ある物が居る場所が分かるため砦にアンデッドが集まってきて一晩中撃退し続けなければいけなかった。


 たまたま立ち寄った巡回先だったが聖職者はアンデッドに対して強い対抗法を持っているため砦の兵士達に懇願され、今に至っていた。


「……うっ」


 川のせせらぎを聞いていると急に催してしまった。

 実は砦で地味に困っているのが男所帯だからかまともに仕切りのあるトイレがなく難儀していた。

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