第46話 半月の夜

 マサキがいるのもこの世界だという可能性が高くなったことでミサキは嬉しそうにしていた。上機嫌で食事もとって、お風呂に入っているときも鼻歌が聞こえてくるくらいだった。お風呂にタオルをもっていっているのかとも思っていたけれど、お風呂上がりのミサキが持っていたタオルは乾いていた。


「ねえ、明日なんだけどさ、屋敷の事じゃなくてタオルが落ちてた付近を調べてみるのはどうかな?」

「それでもいいと思うんだけど、屋敷の事も調べた方がいいと思うんだよね。でも、ミサキの気持ちもわかるし、午前中は森を調べて午後は屋敷の周辺を調べるってのはどうかな?」


 私の提案を受けてミサキは少し考えていたようだったけれど、さすがに屋敷の事を調べに行かないのはまずいと思ったのか私の提案を受け入れてくれた。屋敷に行く途中にあの森があるのだし、森を調べてから屋敷に向かったって時間的には余裕もあるはずだろう。それに、あの危険な魔物もほとんどミサキが片付けたみたいだったので心配することはほとんどないと思う。

 集落の人達にその事を伝えてみると、森の魔物を退治したことでかなり感謝されてしまった。なんでも、森の中にある泉の湧き水が畑の作物の生育に大きく影響するそうで、ここ数年は泉の周辺に魔物が住み着いてしまっていたので十分な量を確保できていなかったそうだ。集落の人達も水を汲みに行くのも兼ねてマサキの痕跡探しに協力してくれることになった。


「ここの人達も手伝ってくれるみたいだし、きっと明日はマサキの手がかりも見つかるんじゃないかな?」

「そうだね、早くまー君に会えるといいな。マヤちゃんもその方が嬉しいよね」

「え、あ、う、うん。そうだね。ミサキが嬉しそうだと私も嬉しいよ」

「自分もマサキに会って色々確認したいことがあるっスよ。とにかく、今はマサキが無事だってことを願うだけっスよね」

「え、まー君の無事を祈るってどういう意味かな?」

「いや、タオルだけ落ちてるってちょっと不自然な感じがすると思わないっスか?」

「ねえ、天使君はまー君の身に何かあったっていうの?」

「そうじゃないっスけど、普通に考えてタオルだけ落ちてるって怪しいと思わないっスか?」

「私はよくわからないけど、マサキって普段からタオル持ち歩いて使っているの?」

「自分はマサキがタオルを持っているところは見たことないっスよ。その辺はミサキの方が詳しいと思うんっスけど、実際のところどうなんっスかね?」

「二人ともあたしを困らせたいのかな。確かに、まー君は普段からタオルを使ってはいなかったけれど、それでもあのタオルは体育の授業の時に使っていたんだもん。あたしがプレゼントしたタオルだから間違いないもん」


 ミサキはそう言って肩を震わせたままうつむいてしまった。その目からは涙が溢れているようだったけれど、私はミサキに何と言葉をかけるべきかわからなかった。何を言ってもミサキには言葉が届かないような気がしたからだ。それにしても、体育の授業とは何をするのだろうか?


「申し訳ないっス。自分は良くない事態を想定していたっス。ミサキみたいにポジティブな考えの方がいいに決まっているっスけど、自分はどうしてもタオルだけがあった理由がわからないっス。明日はタオル以外の痕跡も見つけられるように努力するっス」

「ありがとう。今日はちょっと疲れたんで早めに休むことにするよ。二人もあんまり夜更かししないでちゃんと休んでね」


 ミサキは涙ぐみながらそう言って割り当てられた自分の部屋へと向かっていった。足取りは少し頼りなくフラフラとしていたけれど、今日はゆっくり休んで明日には元気になっていてくれるといいな。私とミカエルも今日は早めに休むことにして明日に備えることにしよう。それぞれ自分の部屋へと向かったのだが、私はすぐに寝ることが出来なかった。扉の中にも別の入口があって、その先が別の世界に繋がっているというのは想定外だった。今回はミサキが戦ってくれたから大丈夫だったけれど、私が一人でいるときに魔物に襲われたら対処のしようも無いのではないかと考えていると、横になっても寝付けそうになかった。

 窓から見える星空はとても綺麗で時々見える流れ星が私の心を浄化してくれているように感じてしまった。私は外を眺めることなんてほとんどなかったし、星空を見ているのは人生で何度かしかなかったのだ。この綺麗な星空と流れる星を見ていると自然とリラックスして体が軽くなっているように思えた。



「ねえ、マヤちゃん起きて。まー君を探しに行くよ」


 私はいつのまにか寝ていたようで、寝坊した私をミサキが起こしに来てくれたのだ。ミサキは一刻も早くマサキを探しに行きたいと思っているだろうし、寝坊してしまったのは申し訳ないと思った。しかし、目を開けて見えた景色は漆黒の世界だった。かすかな星明りで目の前にいるミサキの顔もはっきりと見えているわけではない。まだ夜が明けていないようなのだけれど、ミサキは夜明けと同時に探索に行くつもりなのだろう。私は体を起こすと上着を羽織ってベッドから抜け出した。


「おはよう。マサキを探しに行きたい気持ちはわかるけど、まだ外は真っ暗ね。とりあえず、何か食べてから出発しましょう」

「ごはんならお弁当を用意してあるから大丈夫だよ。早く探しに行かないとまー君に何かあるかもしれないし、マヤちゃんも準備急いでね」

「お弁当が朝ごはんって、そんなに急いで探しに行かなくても結果は変わらないと思うんだけどな」

「変わらなかったとしても早く会いたいんだよ。天使君も協力してくれているし、マヤちゃんも協力してね。着替えるのが大変だったらあたしも手伝うからさ」

「大丈夫だから、急いで準備するね」


 ミサキが部屋を出て行ってからすぐに支度を整えたのだけれど、今はいったい何時なのだろう?

 窓から見える景色は寝る前に見た時とほとんど変わっていないような気がしていた。寝る前には見えなかった半月が頭上で輝いていたのだ。


「今日は半月なのね。この世界の月は青白くて綺麗だわ」


 私は着替えを終えて部屋を出ると、もう準備が済んでいたミサキとミカエルに出迎えられた。ミカエルはいつも通り元気そうだったのだけれど、私は少し眠かった。少しだけ頭がぼーっとしてたのだが、ミサキはそんなことも無いようで楽しそうに鼻歌交じりに進んでいた。


「ねえ、まだ少し早くないかな?」

「そんなことないよ。準備出来たなら早くいきましょ」

「夜明けまでまだ時間がかかりそうだし、もう少しゆっくりしておかない?」

「何言ってるのよ。まー君に何かあったら大変でしょ。早くいかないとダメだよ」

「そうは言ってもさ、今っていったい何時くらいなの?」

「何時だっけな。天使君はわかるかな?」

「えっと、今は午前一時っス」

「え、午前一時って夜中の?」

「そうっス、夜中の一時っス」

「ちょっと待ってよ、午前一時っておかしいでしょ。夜明けまで何時間あると思っているのよ」

「夜明けなんて待つ必要があるのかな?」

「いやいや、普通に考えて早くても夜が明けてから探しに行くでしょ」


 私は自分の思っていることを最後まで言えなかった。いつの間にかミサキから伸びた鉄の手が私ののど元を包み込んでいたのだ。恐る恐るミサキの顔を見ると、魔物の相手をしていた時のミサキと同じ目のように見えた。


「ねえ、マヤちゃんはそんなにまー君を探しに行きたくないのかな?」

「そ、そんな事、言って、ないよ」

「でも、夜が明けてからって言ってたよね?」

「それは、そう思った、だけで、私は、探しに、行きたいよ」

「本当に?」


 私は言葉を出す前に何度も何度もうなずいていた。私の思いが通じたのか、ミサキから出ている鉄の手は私から離れるてミサキのもとへと戻っていた。私は思わずミカエルを睨んでしまったけれど、ミカエルは私と目を合わせることも無く黙ってうつむいていた。

 嬉しそうに歩いているミサキを先頭にして私たちはそのあとに続いたのだけれど、隣にいる私にも聞こえるか聞こえないかといった声でミカエルが私に話しかけてきた。


「自分のせいで申し訳ないっス。昨日の自分の言葉がミサキの中で膨らんでしまったみたいっス。自分にはそのつもりは無かったんスけど、ミサキは最悪の事態を想定してしまったみたいなんっスよね。この世界で死んだとして生き返ることが出来るのかわからないっスから、何か大変な事態になっていたらすぐに助けられるようにって思ってたみたいっス」

「それはそうかもしれないけど、それにしては早すぎないかな?」

「これでも自分は努力したっス。自分のせいでマヤにも迷惑かけてしまったとは思うっスけど、自分の努力も知ってほしいっス」

「努力って、いったい何をしたのよ?」

「ミサキは最初の計画だと午前になった瞬間に出発するつもりだったみたいっス。自分のところに迎えに来たのが午後十一時を過ぎたくらいだったんスけど、みさきはその後すぐにマヤのところに向かおうとしてたっス」

「それって、私も午前になる前に起こされてたかもしれないってこと?」

「そうっス、自分は何とか引き留めてたんっスけど、一時間くらいしか無理だったっス。あの鉄に対して自分は対抗手段を持っていないんで逆らうのは不可能だったっス。逆らわずに自分はミサキとマサキの思い出話を聞くことで時間を稼いだっス。二人は楽しい学生時代を送っていたみたいで羨ましかったっス」


 私はミカエルの努力のおかげで少しでも寝ることが出来たのだった。ミカエルは普段から寝たり食べたりする必要はないらしく、今も元気いっぱいだった。私は当然のようにまだ眠いのだけれど、もし寝ようとしてしまったら鉄の手で私の首を包み込まれてしまうかもしれない。あの視線と冷たい感触が私の中でよみがえると、私の眠気もどこかへ消えてしまっていた。

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