第45話 魔女探索

 私は扉の管理をしていたのだけれど、管理をしていただけなので扉の中がどうなっているかもわからないし、元の世界に戻る方法も知らない。全く見当もつかないのだけれど、とにかく今は出来ることを一つずつやっていくことが大事だと思う。その一つはミサキの彼氏のマサキを探し出すことなのだけれど、そもそも同じ世界に来ているのかも不明なのだからそれも手詰まりになっていた。もう一つは、この世界で問題を解決することなのだろう。困ったときは目の前にある問題を片付けるのが一番の近道だと思うのだから、それを実行するのがよさそうだ。


 屋敷の魔女をどうにかしようと思っていても、私達には情報が無さ過ぎるし、ここの住人達も魔女についてはほとんど知らないそうだ。知っていることは教えてくれたのだけれど、月の出ている夜になると屋敷の窓に魔女の影が映るといったものだったりするので、手がかりといえるようなものではないのだ。

 屋敷を調べようと思っても中に入ることも出来ないし、近付いてみても普通の建物にしか見えないのだ。魔力を感じるのかといわれても私は魔女じゃないのでわからないし、そもそもこの世界で私が出来ることが何なのかも理解していないのだ。

 ミサキは見た目とは裏腹の怪力を備えているし、ミカエルは天使ということで何か出来るのだろう。一方の私はただの扉の管理人なんだから何かを成し遂げることなんて出来るわけもない。戦闘も未経験だし、誰かと話すのだってミサキ達が来る前がいつだったのか覚えていないくらいだ。


 とにかく、何をおいても屋敷の事を調べるのが先決だと思って屋敷を見に行くことにしたのだけれど、どんなに遅くても陽が落ちる前にはこの集落に戻ってくるようにと念を押された。魔女は陽が沈んでから行動すると言われているようで、夜の間に屋敷の様子を見に行ったものが帰らなかったという事例が一件や二件ではなく相当な数の報告があったそうだ。私はもちろん遅くまで調べるつもりもないし、出来ることならそんな場所には近づきたくないのだが、ミサキもミカエルもなぜか屋敷について調べるつもりでいるのだ。


「自分はなんかわからないっスけど、あの屋敷にマサキがいるような気がしているっスよ」

「そうよね。あたしもあの中にまー君がいるような気がしているのよね。こういう時って女の勘は鋭くなるのよね」


 私の勘ではあの屋敷に深入りすると危険だと告げているように思えるんだけど、それを言ってもこの二人が聞いてくれないと思うのだった。実際、他に出来ることもないし、あの屋敷を調べること自体には賛成なんだけど、中に入ることが出来ないのだったら調べる意味があるのかも疑問だった。


 私たちは集落を出て屋敷までの一本道を歩いていた。左右を自然の森に囲まれた道は散歩をするにはもってこいの場所だと思うんだけど、気のせいかもしれないが私達を観察しているような気配をずっと感じていた。それはミカエルも気づいてはいるようだったけれど、ミサキは全く気付いていないようでのんきに鼻歌を歌っていた。

 私達を観察している者の目的が分からないけれど、このまま道を歩いている限りはこちらに何かしてくる様子はなかったし、敢えてこちらから向こうに何か仕掛けるということもなかったのでお互いに様子を窺うにとどまっていた。のだけれど、森の中に何かを見つけたミサキが急に駆けだしていくと、それを追いかけるように何体かの影がミサキを追っていった。もちろん、私達もミサキを追っていたのだけれど、その私達も影に囲まれてしまって身動きが取れなくなってしまった。


「ねえ、ミサキが何を見つけたのかわからないんだけどこの状況って大丈夫なの?」

「わからないっスけど、見た感じ話し合いで解決できる感じじゃないっスよね。そもそも、言葉が通じる相手ではないような気もしているんっスけど、マヤはあいつらみたいのと会話できる特技とかないんっスか?」

「残念だけど無いわ。それと、戦うことも身を守ることも出来ないと思うんだけど、私の事を守ってもらえるかな?」

「守ることに全力を尽くすとは言えるけど、無傷で守れる自信はないっス。少しくらい怪我をしても許してほしいっス」

「この状況じゃ仕方ないよね。私も出来るだけ邪魔しないように努力するよ」


 私達を囲んでいる影が近付いてくると、その姿が見えたのだけれど、今まで見たこともないような生き物だった。犬やオオカミに近い見た目なのだけれど、決定的に違うのは四本の足とは別に前脚の肩付近から人間の手のようなものが生えていたのだ。動物の絵を見るのは好きだったのだけれど、私が見ていた動物とは全く違う生物のように感じていたし、ミカエルもこのような動物は見たことがないと驚いていた。


「何体いるのかわからいないっスけど、同時に飛び掛かられたら守り切れないと思うっス。うまくいくかわからないけど、自分たちの姿を見えなくしてミサキに近づくことにするっス。たぶん、一体ずつなら戦っても問題ないと思うんっスけど、守りながらじゃ難しそうなんっスよ。ミサキがどこにいるのか見失わないようにしてほしいんっスけど、それは大丈夫っスか?」

「ごめん、こいつらに気を取られて見失ったかもしれない。たぶん、あっちの方だと思うんだけど、今は姿が見えなくなっているのかな?」

「姿は見えなくなってると思うんっスけど、こいつらが匂いとか体温を感知するタイプだったら効果は無いと思うんっスよね。で、実際にやってみた結果なんっスけど」

「思いっきり目が合ってるんですけど」

「そうみたいっスね。このままじゃまずいんで戦うことにしようと思うんっスけど、戦闘体型になるにはちょっとだけ時間を使うんっスよね。その間は無防備になるんっスけど、攻撃してこないことを神に祈っててほしいっス」

「神に祈ってどうにかなるもんなの?」

「どうにかなるもんなんっス。自分の力は主からいただいているものなので願いが通じればその分だけ力を多く貰えるんっスよ。ただ、今は主がどこにいるのかわからないんで時間がかかるかもしれないんっスよ」

「ちなみになんだけどさ、それってどれくらいかかりそうなのかな?」

「正直に言って、今の感じだと今日中には無理かもしれないっスね。でも、可能性はゼロじゃないっス」


 もう駄目なんだなと思っていたのだけれど、私達を見ていた魔物が急に後ろを向くと、一斉にそちらの方を威嚇しだした。魔物が見ている方はミサキがいなくなった方向だと思うのだけれど、私達と違って姿も見えているミサキに攻撃対象が移ってしまったのかと感じていた。ミサキには申し訳ないんだけど、私はこの時少しだけ助かったと思っていた。

 十体近くいた魔物が次々とうなり声をあげてミサキの方へと走っていったのだけれど、いつの間にかうなり声も威嚇する声も物音も少なくなっていた。私とミカエルは恐る恐る様子を窺いに行くと、私達は凄い光景を目撃してしまった。


 そこにはミサキが立っていたのだけれど、何かを大事そうに抱えていた。ミサキは両手で何かを抱えているのだけれど、その足元には先ほどの魔物が重なって動かなくなっていた。何が起きたのだろうと思っていると、森の奥からさらに魔物が飛び掛かってきていたのだけれど、魔物はミサキののど元に噛みつこうとして飛び掛かってたのだが、その魔物に向かってミサキから鉄の腕が伸びていた。そこにミサキの意志は無いように思えたのだけれど、鉄の腕は魔物の首をしっかりと握って離すことは無い。魔物も肩から出ている腕で必死に抵抗しているのだが、その抵抗もむなしくミサキから出ている鉄の腕で喉を潰されるとそのまま足元へと捨てられていた。それが一体に対してだけではなく、同時に何体も相手にしているのだが、私はその光景を見て震えが止まらなかった。興奮しているのではなく、私の身にあの手が襲ってきたらと思うと何の抵抗も出来ないまま終わってしまうだろう。


「そんなに恐れなくても大丈夫っスよ。ミサキに敵意や殺意を向けなければ襲われないっスよ。たぶんだけど」

「それって確かなの?」


 ミカエルは私が恐怖に包まれているのを察して言ってくれたのだと思うけれど、ミカエルもあの手に恐れを抱いていたのかもしれない。私よりもミカエルの方が恐れているようにも見えたのは、私よりもその肌でレベルの違いを感じ取っていたからだと後から聞いたのだ。


 そんな様子の私達に気付いているのかわからないけれど、ミサキは無邪気な笑顔で私達に駆けよってきた。私もミカエルも若干後ろに体重がかかっている体勢になりつつミサキを迎えると、ミサキは嬉しそうに両手で抱えている物を見せてくれた。

 私にはそれが何なのかわからなかったけれど、ミサキは本当に嬉しそうな笑顔で私達にそれを見せつけてきた。ミサキの背後から生き残っている魔物が次々と押し寄せているのだけれど、ミサキの背中から出ている無数の腕が魔物を一掃していた。先ほどのように喉を潰していたり、拳の先端を鋭くして体を貫いていたり、斧のように変化して体を真っ二つにしていたり、何体かまとめて握りつぶしたりしていた。私はその光景を見ると、普通に殴る掴む以外にも色々と変わるんだなと思っていた。あまりにも凄まじい光景とミサキの笑顔のギャップがこれは現実なのかどうかの判断も出来ないでいた。


「ねえ、これってまー君が使ってるタオルだと思うんだけど、二人はどう思う?」

「ごめんなさい。私にはそれがマサキの使ってるものかわからないかも」

「そっか、マヤちゃんはまー君と知り合って間もないから仕方ないよね。天使君はどう思うかな?」

「自分っスか?」

「うん、天使君ならわかるんじゃないかな?」

「え、そうっすね。見たことあるような気もしてるっスけど、じっくり見たことがないんでわからないのが正直なところっス」

「そっか、でも、ここに私がつけた血の跡があるから間違いないよ」


 そう言ってミサキはタオルについているタグを見せてくれたのだが、確かにそこには小さな黒い染みがついていた。どうしてそんなところに染みがついているのか気になったけれど、ここは深く聞かない方がいいだろうと思って自制してしまった。


「どうしてそんなところに血の染みがついているんっスか?」

「何言っているのよ。まー君が普段使っている物に私の痕跡を残したいじゃない。でも、あんまり迷惑になるようなところにつけるのも申し訳ないし、ここだったら誰も文句ないと思うしね」

「へえ、人間の感情を理解したと思っていたけれど、いまだに奥が深くて完全に理解することは出来ないっスね」


 私はミカエルのその考えに愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。ミサキの背後にはもう襲ってくる魔物の姿もなくなっていた。陽の光もだいぶ傾いていたのだけれど、私達は屋敷について調べることが出来ないまま今日の探索は終わってしまいそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る