第36話 神宮に行ってみたら裁判が始まった

 私はほとんど何もしていないのだけれど、山の魔物を退治してこの世界の巫女を救った功績によって神宮へと招待されたのだった。聞いた話によると、神宮に行くことが出来るのはごく一部の限られた人間だけだという話だった。私も巫女なのだから問題はないだろうと思っているのだけれど、この世界には純潔の巫女と呼ばれる巫女は存在しないらしい。つまり、私はこの世界で巫女として認定されておらず、巫女のような恰好をしている女として認識されていたようだ。最も、純潔の巫女ではなく何らかの巫女として崇められていることがあったりするので、その辺はあまり細かく気にしていないのかもしれない。


 私たちは神宮の場所がどこにあるのか見当もつかないのだけれど、ルシファーが先日助けた運命の巫女の話では、ここから東に進んだときに見える山の麓にあるとのことだ。この世界は私が今まで触れてきた世界に比べて山が多いように思えていた。


「神宮についても勝手な行動は慎んでくださいね。私だってあそこに行くのは珍しいことですし、神官に会うのは初めての経験なんですよ。私たちの代わりに魔物を討伐してくださったんですし、それなりに良いモノをお礼にもらえると思いますよ」

「俺は礼をされるためにやったんじゃないんだけどな。それよりも、俺も魔法を使えるようにしたいって思ってるのさ」

「私は神官じゃないので断言はできませんが、ルシファーさんには魔法を使う資格はあると思いますよ。圧倒的な攻撃力とそれを活かすための分析力、そして何より素晴らしい決断力。どれをとっても超一流の男だと断言できますしね」

「私はルシファーが戦っているところを見たわけじゃないけど、なんとなくは想像できちやうかも。魔物の攻撃を華麗な動きでさばいて、一瞬のスキをついて優雅に攻撃を当てる。スタイルでしょ?」

「それはどうなんでしょうね。私が確認したのは、素手で腹を割かれて内臓をすべて取り出された個体とのどモノに大きな穴をあけられた個体ね。それと、頭蓋骨ごと脳の半分を切り取られた個体よね。うん、とても優雅に感じているわ」

「そうね、もしもその行動にリズムが足りないと思ったときは、私の歌声でサポートするからね」

「ちょっと、あさみもアイカも適当なことばかり言ってないでルシファーの役に立つこともしなさいよ」

「皆さん仲がいいみたいですね。私たちはそこまで信頼を深めあってはいないのでうらやましいです」


 私たちは運命の巫女が手配してくれた馬車に乗って神宮に向かっているのだ。距離にしてどれくらいあるのかはわからないけれど、この馬車の性能が良すぎてあっという間につくそうだ。

 この世界の馬車は本当に馬がひいている。私たちがいた世界では馬というよりはどこかで捕まえた天使を動力源に使っていたりもした。こちらの世界では天使を崇拝している者も多く、私たちがいた世界とは似ているようで似ておらず、この世界にはそもそも天使がほとんどいないのだ。


 馬車に揺られること一時間ほどで神宮に着いたのだけれど、神宮と呼ぶことがためらわれるくらい近代化していた。何階建てなのかは知らないが、出迎えてくれた方や案内してくれていた方、すれ違っただけの方などが全員私たちを見ている表情に不快感が浮かんでいたのだった。

 それでも、私はめげることなく挨拶もしてみたのだけれど、誰からも挨拶は返ってこなかった。それは別にいいのだけれど、神官に会えるまでの食事はどれも美味しかった。意外ともてなされているのだと思ってみても、部屋を出てすれ違った人々はみな一様に険しい表情を浮かべていた。


 そんな中、ルシファーが神官の人達に呼ばれたのだった。私たちはまだ呼ばれてはいないのだけれど、傍聴席からその様子をうかがうことが出来るとのことだった。傍聴席とはいったい何を指している言葉なのか気になっていたが、実際にその場に行くと、これは傍聴席といわずに何と呼べばいいのだろうといった席が用意されていた。


「ねえ、これってほとんど裁判所みたいじゃない?」

「あさみは裁判所に行ったことがあるの?」

「え、時々テレビとかのニュースで見る光景に似てるなって思っただけだよ」

「そう言われたらそうかもしれないね。それにしても、ここで何が始まるのかな?」


 私たちは慣れない環境でそわそわしていたのだけれど、入口が開いてルシファーが入ってきたときは思わず笑いそうになってしまった。いつもの気丈な様子は鳴りを潜め、今は弱っている小動物のように頼りなさを感じていた。

 それから少し経った頃、五人の裁判官が紹介されながら入廷してきたのだ。裁判官は五人とも私たちに挨拶を返してくれなかった人たちであるのが分かったのだけれど、今更それをどうしようとしても無駄な話に思えてきた。


 裁判官が席に着くと、中央にいる裁判長と思われる男性が口を開いた。


「被告人ルシファーは堕天使であることを隠してベリチェの街に赴き、そのまま山の魔物を討伐したことに間違いないな?」

「間違いありません。被告人は山の魔物と戦っているときも素性を隠し行動しておりました」


 なぜかルシファーは一言も発することは無く、横にいた弁護士風の男が代わりに答えているようだった。


「被告人は堕天使であることを隠してはいるのだが、ベリチェの街近くの山の中にいる凶暴な魔物を三体駆除することに成功しており、その駆除した生体は街の住人の食料として提供するなど住人の為に尽力したことに間違いはないだろうか?」

「はい、私が先ほど被告人から聞いた話でも、そのことは間違いないと申しております」


「そうか、では被告人ルシファーは堕天使であることを隠してベリチェの街の住人を救い、討伐した魔物の肉を持ち帰り食糧不足問題もある程度は解決させることに成功した。その功績を鑑みた結果、被告人ルシファーに死刑を言い渡す。弁護人は何か申すことはあるか?」

「いいえ、私からは何も申し上げることはございません」


 なんだかわからないけれど、ルシファーは死刑になってしまったらしい。その理由はわからないけれど、ルシファーはとても冷静に見えた。相変わらず生気は感じられなかったけれど、その表情は柔らかいものだった。


「すいません。俺から一つ聞いてもいいですか?」

「聞くだけなら構わんが、何を聞きたいのだ?」

「魔法を使うにはどうしたらいいですか?」

「それはここで決めることではないのだ。よって、被告人ルシファーの死刑はこれより行うものとする」


 以前のように魔法を使いたかっただけのルシファーはなぜか死刑を言い渡されてしまっていた。その理由が何なのかは教えてくれなかったのだけれど、ルシファーには恐怖心というものは無さそうだった。ところで、どうやっても殺すことのできないルシファーの死刑はどうやって行われるのだろう?


「俺が死刑になるのはどうしてなんですか?」

「古来より神に逆らうものは死刑と相場が決まっております。つまり、堕天使は全て死刑に処すこととなっております」

「それでは、不服があるようなので被告人の罪を証言する証人を呼んでください」


 係員に促されてやってきたのは、運命の巫女だった。彼女はお付きの獣人は従えずに一人でやってきていた。視線はまっすぐに向いていて意志の強さを感じさせる。そして、彼女は証言台の前に立つ前に私たちに向かって一礼してから裁判官の方へと向きを正した。


「それでは、証人は嘘偽りなく真実のみを述べることを誓いください」

「はい、私は嘘偽りなく真実のみを伝えることを誓います」


 彼女の声は力強く私の心を勇気付けるものだった。


「私は山の魔物を倒すためには自分たちの力では及ばないと思い、天使様にお願いすることにしました。しかし、天使様をお迎えするには準備が不足していたため、足りない供物は我々の命を捧げることで賄うことにいたしました。私は天使様を見る前にこと切れたので、私たちが呼び出した天使様がどうなったかはわかりませんでした。彼が私たちを見つけて新しい命を与えてくれたので戦場を見ることが出来たのですが、私たちが読んだと思われる天使様は木に吊るされて保存食のように扱われていたと思います。私たちの力が不足していたとは思えませんが、それ以上にあの魔物は強かったのだと思います。我々の魔法も武器も全て意味がなく、天使様といえどもお一人で三体を相手にするのは無理だったと思いますので」


 彼女の発言を聞いた傍聴席の人達はざわめき出した。裁判官の中にも魔物と天使の話は伝わっていなかったらしく、動揺している者が複数見受けられた。


「あなたの発言では、三体の魔物を相手にして太刀打ちできなかったため、その命を賭して天使様を呼び、自分らの代わりに戦っていただいたということでお間違いありませんか?」

「はい、それで間違いないです。私たちのチームは所属している者たちの中でも強い方だと自負しておりますが、そんな私達でも手も足も出ない相手でして、私たちよりも強いと思われる天使様でも何もできなかったようです。そんな相手をこの方は討伐してくれた上に、私たちにも新しい命を授けてくれました」

「命を授けるとはどういうことですか?」

「私も詳しいことはわかりませんが、私の仲間が命を落としたのは確認していました。その仲間も私が目覚めた時には以前と同じように生きていましたし、私も以前と何も変わらず行動できております。命を落としてから再び命を与えられるまでの記憶はありませんが、寝て起きた時とは微妙に違う感覚なのを覚えております」

「被告人に尋ねます。あなたは他者に命を与えることが出来るとおっしゃるのですか?」

「俺に言っているみたいなので答えますが、可能です」

「それはどんな者でも可能なのですか?」

「俺が出来るのは命を与えることだけでして、体が損壊や腐敗していたら難しいと思いますが、きれいな状態の遺体でしたら可能です」

「にわかには信じられませんが、それが本当か検証させていただいてよろしいでしょうか?」


 裁判官が係員を読んで何かを耳打ちすると、その係員は裏へと下がっていった。


「今より被告人のその力を確認させていただくことにいたします。他者に命を与えることが本当にできるというのでしたら、ぜひ行っていただきたい方がおりますので、しばらくお待ちください」


 傍聴席は先ほどよりもどよめいており、ほとんどの者がルシファーを見つめているようだった。生き返らせることが本当にできるのだとしたら、自分の兄弟を生き返らせてほしいだの、飼っていたペットを生き返らせてほしいだのと言った声も聞こえていた。

 しばらく待っていると、布をかけられている大きな箱が運ばれてきた。入口のドアを全部開放してギリギリ通れるくらいの大きさだったのだけれど、一瞬布が引っかかって箱が見えたのだが、細かい装飾が施された豪華なつくりに見えた。


「これはつい先日その役目を終えて亡くなられた天使様のご遺体であります。亡くなられてから数年経ちますが、腐敗もしておらず変化も見られません。この状態のご遺体にも命を与えることが出来るとおっしゃいますか?」

「簡単ですね。俺より力の劣るものだったら苦も無く行えます」

「この天使様はその命のすべてを使いこの地に強力な結界をお作りいただけました。そのような天使様はあなたよりも力が劣るといいたいのですか?」


 冷静だと思われていた裁判官もルシファーの発言には少し気分を害したようだった。私もそんな言い方はしなくてもいいんじゃないかなと思っていたし、死刑を言い渡されているのだからもう少し下手に出てもいいのではないかとさえ思っていた。


 ルシファーは天使の眠る棺の前に歩みを進めると、そこにかけられている布をめくって蓋についている窓を開けて中の様子を確認していた。

 そのまま窓から中に手を入れると、何事もなかったかのように自分の座っていた席へと戻っていった。

 ルシファーは生き返らせるといったものの、その行動は布をめくって棺の窓を開けて中を確認して手を入れただけだった。何か儀式のようなことをしたわけでも魔法を使ったわけでもなく、ただ手を入れただけで、それは何もしていないように見えた。


「これから命を与えるのですか?」

「それならもう終わってますよ。あとは、こいつが戻ってきたいかどうかにかかっていますね」

「どういう意味ですか?」

「こいつは死んでから時間が経っているみたいなので、命を与えても生きていると理解して体を動かすことが出来るか脳が認識してくれるかどうかにかかっていますよ」


 ルシファーの言葉に反応するように棺の中から壁を叩く音と、低いうなり声が聞こえていた。その声は少しずつ理解できる言葉になっていたのだが、それは天使とは思えないほど恨みのこもっている言葉であった。


 棺の蓋は頑丈に止められているらしく、中から叩いても開かないようだったのだ。周りにいた人達が棺の中の天使に声をかけてから、蓋を止めている釘を抜いていたのだが、半分も抜き切らないうちに蓋が半分に割れて大きく飛んでいた。

 中から出てきたのは天使には違いないみたいだが、力も強そうな武闘派の天使に見えた。私はこんな天使もいるのかと思っていた。


「貴様は堕天使だそうだが、堕天使というからには天使であった過去もあるのであろう。しかし、私は貴様のような天使も堕天使も知らぬ。一体何者ぞ?」

「何者と言われても、唯一神を自称する神の手によって生み出されて、それが耐えられなくなって反乱した堕天使です」

「唯一神?」

「君は誰によって生み出されたのかな?」

「何を言っているのだ。我々天使は神官と巫女の手によって生み出されるものぞ。神を自称するものが生み出すことなどできるわけもなかろう。そもそも、自由に命を与えることなど出来るわけもない。そんなことが出来るとしたなら、それが神であるともいえようぞ」

「じゃあ、俺が神ってことになるね」

「貴様は何を言っているのだ?」


 天使とルシファーのやり取りに割り込む形で運命の巫女が天使に耳打ちをしていた。はじめは理解していないようだった天使ではあるけれど、結界を張るために命を落としたことを思い出した後は大人しくなっていた。


「つまり、あなたは私に新しい命をくれたということですか?」

「うん、この人たちに頼まれたからね」

「堕天使なのに天使に命を与えたってことですか?」

「そうなるね」

「堕天使に命を与えられた私も堕天使になるのですか?」

「それは違うんじゃないかな?」

「違うんですね。よかった、私も堕天使になってたらと思うと死んでも死に切れませんよ」


 色々と誤解や思い違いはあったようだけれど、ルシファーがこの天使を生き返らせてくれたことが死刑回避に繋がるのだと思えた。


「皆さん、静粛にお願いいたします」


 裁判官の透き通る声が響き渡ると、ざわめいていた場内も一瞬で静寂に包まれた。生き返った天使でさえも真っすぐに前を見つめていた。


「それでは、私から一言申し上げさせていただきます。被告人はその能力を使い、この周辺の結界を作ってくださった天使様に再び命を与えてくれました。そのことによって今後数世紀によって平和は約束されたものでしょう。それ以外にもその偉大な力によって救われる者は数知れないと思います」


 裁判官の声は暖かい日差しのように心を包み込むようだった。心なしかその眼差しも慈愛に満ちているようではあった。


「では、判決を言い渡します。被告人堕天使ルシファーを死刑に処す」

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