第35話 クマ退治

 道なき道を歩いていると、先ほどよりも強い獣臭があたりに充満していた。どうやら、この近くに俺の探している魔物はいるようだ。

 俺は特に警戒せずに歩いていたのだけれど、確実に俺を狙っている殺気は感じていた。相手は俺に対して不意打ちをしようとなど考えていないようで、臭いの強い方へと歩いていくと、俺の眼前に先ほどのクマよりも二回りは大きいクマが立ちふさがった。

 お互いに目を逸らさずに見つめあっているのだけれど、クマの鼻息は荒く、口からは涎が絶え間なくあふれ出ていた。おそらく、俺を食おうとしているのだろうが、あの大きな体では俺を一人食べたくらいでは満足できないのではないかと思ってしまった。普段は何を食べて生きているのか気になってしまう。

 やはり、目の前のクマは先ほどのクマと変わらずに木々を薙ぎ倒しながら突進してきたのだけれど、俺が避けたタイミングに合わせて右手を振りぬいてきた。逆に良ければよかったと考える間もなく、俺はクマの右手をもろに受けてしまったのだ。ダメージはほとんどないのだけれど、突進を避けるために跳んだタイミングだったため、受けたダメージ以上に吹っ飛んでしまった。ちょっと不格好な形で着地をしたのだけれど、クマはその巨体では考えられないほどのスピードで旋回すると、体勢を整える前の俺の右肩に噛みついてきた。

 だが、噛みつかれたとしても俺は慌てることなく左手をクマの喉元に突き刺すと、そのまま腕を頭の方へと押し込んでいった。角度的には脳まで届きそうにもなかったけれど、クマは痛みを感じたからなのか反射反応を示したのかわからなかったが、俺の肩から口を話して頭を左右に激しく振り出した。

 腕がクマののど元に刺さったままの俺は頭の動きに合わせて左右に振られてしまったのだけれど、首の骨を持っていたためか飛ばされることは無かった。逆に、骨をつかんでいた俺が左右に振られることによってクマ自身の首の骨が外れてしまったようで、俺を振り払う前にクマはそのまま息絶えてしまった。

 クマを倒したのは良かったのだけれど、俺は倒れてきたクマの巨体の下敷きになってしまったので身動きが取れなくなってしまった。腕を抜こうにも力が入らず、どうしたものかと考えていたのだけれど、俺にはどうすることも出来ないようだ。右手もクマの体の下敷きになっていて動かせないし、足も当然下敷きになっているので動かせない。このまま助けが来るのを待つべきなのかと考えていたけれど、遠くから見たらクマが寝ているように見えるかもしれないのでそれも期待できないかもしれない。

 クマに突き刺している左手の肘から先は何とか動きそうなので動かしてみると、少しずつ突き刺した場所が大きくなっていった。どうにかしてもう少し大きくできないかと試行錯誤してみると、左手が割と自由に動くようになった。ここは俺の創り替えた世界ではないのでうまくいくか不安だったけれど、自由になった左手に力を込めて魔法を使ってみたのだけれど、反応は何もなかった。魔法がだめならと思ってナイフを取り出そうとすると、それは上手くいった。魔法は使えなくなっているけど、俺の持っていた武器は取り出すことが出来るようだ。

 俺は取り出したナイフをクマの舌に切れ目を入れてそこを掴むと、渾身の力を入れて体を引き上げた。体自体は動きはしなかったのだけれど、クマの顔が少しだけ浮いたので、下敷きになっていた右手を動かすことが出来た。動くようになった右手でクマののど元に開いた穴を広げると、そのまま状態をクマの体内に侵入させた。

 クマの舌に突き刺したナイフを慎重に手探りで探したのだけれど、なぜかどこにもないようだった。仕方ないので俺はそのままクマの口内を這うように進んでいって、閉じている口を大きく開けさせることにした。クマの口は顎が外れる感触と大きな音がして俺は無事に外に出ることに成功した。

 外の光を浴びてクマの口の中も見渡せるようになったのだけれど、ナイフはどこにも見当たらなかった。切り裂いた舌の傷はそのままだったのだけれど、なぜかどこにもナイフは見当たらなかったのだ。


 相変わらずクマの返り血でべとべとになっている俺ではあるけれど、もう一体のクマを探すことにしよう。もしかしたら、仲間を二匹も殺されて警戒しているのではないかと思っていたのだが、俺の心配をよそにクマは俺の目の前に現れた。

 俺の戦っている様子を見ていたのかわからないけれど、三体目のクマは立ち上がることも前足を振りぬいて攻撃することもなく、ただひたすらに体当たりを繰り返してきた。

 さすがに五メートル近くありそうなクマの突進を受け止めることはできずにいて、避けるだけしかできなかったのだけれど、クマは全く疲れる様子もなく俺に向かって何度も何度も突進を繰り返してきた。

 この程度の攻撃を避けることは難しくないし、俺が負ける心配はないだろう。ただ、クマの体力が落ちて行動が鈍くなるまで待つのはしんどいと感じたので、何かいい方法はないかなと思っていると、先ほど取り出すことが出来たナイフの事を思い出した。俺は自分が一番使い慣れた武器を取り出すことに成功して、クマの突進に合わせてそれを振りぬいた。

 相変わらず手ごたえはないのだけれど、突進してくるクマの頭蓋骨ごと脳を刈り取ることが出来た。しかし、突進してくるクマがその場で止まることもなく、大鎌を振りぬいた俺は無防備な体勢のままクマの最後の体当たりをもろに食らってしまった。当然俺はその衝撃で吹き飛ぶことになったのだけれど、持っていた大鎌が手から離れた瞬間に消えていったのが見えた。どうやら、俺が取り出した武器は手から離れると消えてしまうようだ。


 さて、のど元に大穴が開いたクマと頭を半分刈り取って脳が露出しているクマの処分をどうしようかと考えていると、遠くの方から先ほどの男の声が響いてきた。俺はそれに返事を返すと、集団の足音は駆け足に代わったようで、こちらに向かっていることが分かった。

 俺に向かって高台から話しかけようとしているのは見えたのだけれど、そこに集まった人達が息をのんでいるのが遠目にも理解できた。きっと、このクマの大きさに驚いてるのだろう。俺は皆に向かって手を振ると、集団は恐る恐る俺に近づいてきた。クマの死体に驚いているようだけれど、もう完全に死んでいると伝えると、みんながそれぞれクマの観察を始めていた。


「なあ、あんたは魔法も使えなさそうなのに素手でこいつらをやったというのか?」

「ああ、色々あったけれど、こうして無事に倒すことが出来たよ」

「しかし、あんたはいつも返り血を浴びて真っ赤になっているな。遠目で見たときは出血がひどくて瀕死の重傷かと思ったぞ」

「そうなんだよ。この世界では俺の魔法が使えないみたいなんだよな。どうにかして魔法を使う方法はないものかな?」

「俺は魔法の事は詳しくないんだけど、いなくなった巫女を探し出して聞いてみるのが一番じゃないかな。それよりも、あっちの方から水のせせらぎが聞こえているので、その血を洗い流してきた方がいいと思うぞ」


 俺はその言葉に従って、水辺を探して歩いて行った。ほんの少し歩いただけで湖にたどり着いたのだけれど、あまりにもきれいな湧き水だったので、この汚い血を洗い流すことにためらってしまった。が、そんなことも言ってられないので、俺は来ていた服を脱いで手に持ち、そのまま水の中に突っ込んで洗うことにした。

 普通の湧き水なのかと思っていたのだけれど、服の中に染み込んだ血もみるみる落ちていき、俺についていた返り血も苦労なく落とすことが出来た。不思議なことに水の中に溶け込んだ血は無色透明になっていて、流れている水を汚すことは無かった。

 俺はきれいになった服の水分をある程度落とすと、半乾きにもなっていない状態で身に纏った。少しだけひんやりしていたけれど、水で洗っただけの服はスッキリとした着心地だった。

 さて、みんなのもとに戻ろうかと思っていると、湖の対岸にある木の陰から足が出ているのが目に入った。一体何があるのだろうと思って近づくと、そこには人間一人と獣人三人が横たわっていた。すでに息はしていなく、動く気配はなかったのだけれど、着ている服がサクラと似ていたので、この人が運命の巫女なのだろうと思った。すでに死んではいるので確かめることはできないのだけれど、俺は一応命を与えることが出来るか試してみることにした。

 結果的に、命を与えることに成功し、四人は無事に新しい命を手に入れたのだけれど、完全に戸惑っている様子だった。


「あの、私達って、どうなってるんですか?」

「さあ、俺が気付いた時にはみんなそこに横たわっていたけど、何かしてたのかな?」

「えっと、待ってくださいね。そうだ、思い出しました。私たちはあの魔物を倒すために自らの命を差し出して天使様を召喚して戦ってもらおうと思ってたんです。でも、なんで私たちは生きているんでしょう?」

「それなら、俺が新しい命を与えたんだよ。あと、クマも三匹倒したよ」

「すいません。話の流れが全く理解できないんですが、クマを倒したのって本当なんですか?」

「ああ、本当だよ。この道をあっちに戻ったらクマの死体が転がってると思うし、どうせ街に戻る道だし一緒に行こうか」

「ええ、私たちの呼んだ天使様も気になりますし、一緒に行きましょう」


 俺は巫女と獣人を引き連れてクマと戦っていた場所に戻っていったのだけれど、相変わらずクマの死体はそのままだった。俺が倒したクマの死体を見た四人は言葉を失っていたみたいだけれど、巫女が指さした方を見ると俺も驚いていた。


「あの木にぶら下がってるのって、私たちが呼んだ天使様ですかね?」

「たぶんそうだと思うけど、俺はあれに気付かなかったな」

「私たちが命を賭して呼んだ天使様も勝てなかったみたいですね。そんな魔物に勝ったあなたはいったい何者なのですか?」

「俺は堕天使だよ」

「何言っているんですか、そんなわけないじゃないですか。天使様が勝てない相手に堕天使が勝てるわけないですよ。だって、堕天使って堕ちた天使ってことですよね」


 俺はこの女の笑っている顔を始めてみたわけなのだが、なんだかその笑っている様子が無性に腹立たしくなった。こんなことなら助けなければよかったなと思っていたけれど、助けてしまったものは仕方ない。この人たちも使ってクマを運ぶことにしよう。


 俺たちはクマの近くに移動してみんなの相談に加わると、今いる人数では同時に二体を運ぶのは無理そうだという話になっていた。かといってこのまま死体を放置してしまうと、より強い魔物を呼び寄せることになってしまうかもしれないので、どうにかして結界の張ってある街の中へと移動させる必要があった。最初に倒したクマはもう運び出しているそうなのだが、その人たちが戻ってきたとしても、同時に二体を運ぶのは難しいとのことだ。


「運ぶのが難しいというのなら私たちもお手伝いいたしますよ。私の仲間は力もありますし頼っていただいて構いません。むしろ、この魔物に対して何もできなかったんですし、協力させていただきたいと思っているくらいです。契約は倒すことのみでしたが、それを果たすことが出来なかったんですし、それくらいのお手伝いをさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「そうかい。手伝ってくれるならうれしいけど、死体を運ぶのなんて獣人のあんたらのプライドを傷つけたりしないかな?」

「我々でしたら問題ありません。プライドの高い我々ではありますが、この魔物に対して何一つ有効な手段をとることも出来ませんでした。この魔物を討伐することも出来なかったうえに、この場に放置することこそ我々のプライドが許しませんので、お手伝いさせていただきたいと思います」

「そいつは助かるよ。じゃあ、せめて、あんたたちが前を歩いてくれよ」


 最初のクマを運び終えた人達が合流すると、残された二体の死体も街へと運ぶことになった。獣人の人の協力もあってそれぞれにかかる負担は少なくなり、数トンはありそうな巨体であっても苦労することなく街の中へと運び込むことが出来た。


「本来なら我々が請け負った任務ではあったのだが、我々の代わりに魔物を討伐していただきありがとうございます。何か礼をしたいのですが、我々にできることは何かないでしょうか?」

「それなら、一つお願いがあるのですが」

「なんでしょうか?」

「俺も魔法を使えるようになりたいのです。ここに来る前は魔法も使えたのですが、なぜかこの世界では使えないので困っているのです」

「あなたは魔法を使ったことがあったのですね。それでしたら、我々の所属する神宮にお越しください。きっとお役に立てると思いますよ」

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