第37話 死刑から始まる事

 ルシファーの手によって再び命を与えられた天使は自分に命を与えてくれたものが神ではなく堕天使だったことに若干の戸惑いを覚えているようだった。しかし、それはほんのひと時の話であって、ルシファーに死刑が宣告されたことを知ると自らの手でルシファーを処刑することを希望した。この天使が言うには「私に命を与えてくれた代わりに、あなたの命を奪うことにしよう」とのことだ。全くお話にならない提案だったとは思うのだけれど、私以外の人達は賛成していたし、ルシファーもなぜかそれに賛成していたのだった。最も、ルシファーはこの程度の天使に殺されることなどないと自信満々に答えていたのだ。


 処刑の方法はいたってシンプルで、この天使がひたすらルシファーを攻め続けるというものだった。私はこの天使の事を何も知らないのだけれど、アイカが調べてくれたところによると、四大天使の一人に数えられるくらいの大物だそうだ。それほどの天使であればさすがのルシファーも死んでしまうのではないかと思っていたが、その心配は杞憂に終わるのだった。


「なぜ、あなたは、私の、攻撃を、まともに、受けているのに、傷つかないのだ!!」

「それは、君の攻撃が貧弱だからじゃないかな」

「私の、攻撃の、どこが、貧弱だと、言うのだ」


 かれこれ数十分は攻撃が続いているのだけれど、ルシファーの体に傷が出来ることは無く、攻撃している天使の方が疲労しているようにも見えた。それだけ攻撃してもルシファーにこの天使の攻撃が届いているようには見えなかったのだが、気付いた時には攻撃していた天使の方が傷付いているように見えた。


「ねえ、あなたの仲間ってどういう構造してんのよ。あんなに攻撃されたら人間同士だって死んじゃうんじゃないかな?」

「私も詳しくはわからないけど、ルシファーが攻撃されて気付いていているところは見たことないかも」


 私はいつの間にか近くに来ていた運命の巫女とルシファーの異常な頑丈さについて話し合っていた。あさみはルシファーに向かって気持ちを鼓舞させようとテンポの良い歌を歌っていたし、アイカは攻撃している天使と攻撃を受けているルシファーを熱心に観察していた。


「どうして、私の、攻撃が、効かないんだ。私は、これでも、四大天使の、一角を担う、存在で、あるんだ、ぞ!!」


 天使は息も絶え絶えになりながらも攻撃を止めることは無かった。もっとも、攻撃されているルシファーは全く相手にしていない様子で、気付いた時には仮眠をとっているのだった。ルシファーは本来眠る必要もないのだけれど、よほど退屈だったと見える。もちろん、攻撃している側も、天使や堕天使が睡眠を必要としていないことは知っているので、ルシファーのその行為が挑発としか受け止められずにいて、より一層攻撃は激しさを増しているのだけれど、ルシファーにその攻撃が効くことはついになかった。

 首を切り落とそうとしても、どんなに研いである刃物を使っても皮膚一枚着ることも出来ず、大きな鉄球で潰そうとしてもルシファーにあたった鉄球の方が砕けてしまったりもしていた。ほかにも火や水で攻めても効果はなく、魔法を使って真空状態にしたところでルシファーには何の影響もなかったのだ。


「どうして、どうして私の攻撃が効かないのだ。こうなったら、貴様の仲間を先に殺してやる!!」


 天使の持っていた剣がルシファーではなく私たちに向かってきた。私は戦うことに慣れていないので驚いて動けないでいたのだが、それはあさみとアイカも同じだった。私は二人をかばおうと思っていたのだけれど、一瞬の事過ぎて体が反応できずに脳だけが動いていた。


 飛んできた剣はルシファーが空中で受け止めてくれたので私たちに被害はなかったのだけれど、ルシファーは天使が私たちを狙った攻撃に対して怒りをあらわにし、今まで一切抵抗していなかったことが嘘のようにその剣を使って天使の手足を切り落としていた。もちろん、天使は斬られる傍からその身を再生させて抵抗もしていたのだけれど、ルシファーの攻撃速度の方が回復を上回っていくと、天使はそのうち抵抗することも諦めて回復することに専念しているようだった。それでも、ルシファーの攻撃の方が早かったようで、ひたすら切り刻まれている天使はそのまま血煙となって消えてしまった。

 この時にはすでに傍聴者も逃げていたのだけれど、裁判官とその他の職員たちはその場に残っていた。理由はわからないけれど、その場に残っていた人たちも怒り狂ったルシファーの手によって切り刻まれてしまったのだ。私はその光景を直視することが出来ずにいたし、あさみも涙をこぼしながら嗚咽していた。あとで知ったことではあるが、アイカはその時の光景を脳裏に焼き付けるようにじっと見つめていた。



 ルシファーによる惨殺ショーは観客のいないまま終了したのだけれど、ルシファーの気が落ち着いたころを見計らって新しい裁判官がやってきた。裁判官は先ほどまでの裁判官達と少し色合いの異なる服を着ていたのだが、私たちに向かって頭を下げるとそのまま語り掛けてきた。


「我々は本来中立であるべきなのですが、あなたが殺した裁判官のように思想が偏ったものがいたことをお詫び申し上げたい。私たちにとって天使は非常に重要なパートナーではあるのだけれど、それに妄信的に従うことは避けなれればならないと私は思っている。行き過ぎた天使への忠誠心によってあなたに死刑を宣告したものもいました。しかし、その者は判決を言い渡し、刑を確定させることなくこの世を去りました。原因はわかりませんが、彼がこの世を去ったのは紛れもない事実です。よって、予備裁判官として待機していた私が彼に代わって判決を言い渡します。被告人ルシファーは冤罪被害にあったものとみなし、ここに無罪を言い渡す。以上」

「それって、ルシファーは自由にしていいってことですか?」

「そうです。ルシファーさんは自分の責任において好きに行動していただいて結構ですよ。それに、一つ感謝を申し上げます。私の代わりに彼らを裁いていただいてありがとうございます」


 裁判官が全員ルシファーの手によって殺されたことによって、代理でやってきたこの裁判官はルシファーに対して深く頭を下げていた。人の気配を感じて傍聴席を見ると、この裁判官と同じような服装の人達も私たちに向かって深々と頭を下げていた。


「本来なら彼らは私たちの手で裁くべきでしたが、彼らの不当判決によって多くの方が人生を狂わされてしまったり、中には冤罪によって命を絶たれるケースも存在しました。しかし、我々には彼らを追い詰めるだけの証拠も意見を言える地位もありませんでした。あなたが行った行為は完全に犯罪行為だとは思うのですが、あれだけ長い間一方的に攻められ続けたことで正当防衛も成立するでしょう。正当防衛が成立しなかったとしても、彼らを殺した凶器はあの天使の持っていた剣ですし、天使が彼らを殺した後にあなたが天使を殺したようにも見えますしね。あなたが今回の件で感謝されることがあったとしても裁かれることは無いでしょう。それくらい、彼らは好き勝手にやり過ぎたのですよ」

「俺には関係ない話だけど、君たちがそれでいいなら俺はいいんだけど、この世界で魔法を使う方法ってあるのかな?」

「魔法ですか、それなら運命の巫女様に聞くのが一番だと思いますよ」

「運命の巫女ってあいつだよな?」


 ルシファーが私たちの方を指さしていた。そして、そのまま私たちを手招きした。それに従うように私たちはルシファーのもとへと歩みを進めたのだ。

 ルシファーは珍しく私以外の人間をまじまじと見つめていたのだが、何もわからないといった表情で裁判官の方を見ていた。


「なあ、運命の巫女が魔法を使えるようにしてくれるのか?」

「いいえ、そうではなくて、魔法を使えるかどうかを判断してくれるのです」

「そういうもんなのかね。じゃあ、判断してくれよ」


 突然呼ばれて行ってみれば、全く予想外の話になっていた。私は二人の話に驚いてはいたけれど、運命の巫女はそれを知っていたかのように行動すると、ルシファーの後ろに回って頭を両手で包み込んだ。

 頭を包み込んでいる両手はほんのりと淡く輝いているのだが、その光がルシファーに吸収されるように落ちていくと、ルシファーは何かを感じ取ったようだった。


「そうかそうか、俺はこの世界では魔法を使うことはできないのだな。だが、それはどうでもいいことだ。魔力を外に出せない分だけ体は丈夫になっているし、今まで持てなかったような属性の武器も使えるようになっているしな。今日は何だか気分もいいし、何かやってほしいことがあったら何でも言ってくれよ。お前もサクラと同じ巫女だし、裁判官のあなたには命を助けられたからな」


 ルシファーは本当に機嫌がいいらしく、そう言うと高笑いしていた。それを聞いても裁判官は苦笑いを浮かべるだけだったのだが、運命の巫女は何かしてほしいことがあるようだった。


「あの、この国にはもう一人の巫女がいるのですが、その人の代わりにサクラさんをください」

「あのさ、何でも言ってくれと入ったけれど、俺の気分を害するようなことは言わない方がいいと思うよ」

「すいません、無理だとはわかっていたんだすけど、一応ダメもとで言ってみました。本当にしてほしい事なんですけど、私の先代の巫女を探し出してほしいのです。手がかりなんて何もないんですけど、出来ればお願いしたいです」

「手がかりも無いんじゃ無理じゃないかな。悪いけど、何か小さいヒントでもなければ無理だと思うよ」

「そうですよね。この話は忘れていただいて結構ですので。先代の残したものなんて使い道のわからない魔道具だけなんですしね」


 運命の巫女はそう言って筒状の者を取り出すと、それをクルクルと回しながら覗いていた。それを見たルシファーは不思議そうに運命の巫女を見下ろしていた。その筒状の者をルシファーに手渡すと、ルシファーも同じようにクルクルと回し始めていた。


「なあ、これってその先代が作り出したのか?」

「そう聞いているけど、何かわかりましたか?」


 ルシファーはその筒から目を離そうとはしなかった。クルクルと回しながら何かを発見したようで、少し嬉しそうに運命の巫女を手招きしていた。

 ルシファーは運命の巫女にその筒を渡すと、ルシファーと同じような動きをさせていた。しばらく経つと、運命の巫女は声にならない声の悲鳴を上げていた。


「こんなところにいたんですね。でも、生きている気配がないんですけど、どうしたらいいのですか?」

「俺は命を与えることが出来るけど、それは直前まで生きていたものに限られるんだよ。この巫女が最近死んだかどうかだってわかっていないし、試してみたところでこのサイズの小人が一人世の中に出回るだけになるし、どうにかしてこの中からちゃんとした形で小さい巫女を取り戻せるのかという話だ」

「見つけた時にはもう手遅れだったってことですね。先代の巫女が残してくれた資料の翻訳をしてもらいたかっただけなんでどうでもいいんですけどね」


 資料の翻訳という言葉を聞いたアイカの反応は異常に早かった。普通の人の何倍も知識欲のあるアイカにとって未知の言語で書かれた文献は興味をそそられる対象であったのだ。


「あの、その資料って私に見せてもらうことって可能でしょうか?」

「本来なら部外者に見せることも存在を知らせることもダメなのだけれどあなたたちなら問題ないわ。こっちに来てもらってもいいかしら」


 運命の巫女はそういうと、アイカを連れて建物の中へと入っていった。しばらくして運命の巫女だけが出てきたのだが、聞いた話によるとアイカは中で文献や資料を読み漁っているらしい。


「あなたたちの仲間の人って凄いのね。何の資料も見ずにスラスラと読んでいたわよ。ちょっと残念そうな声も出していたけど、結果的には何の問題もなかったみたいです」


 それから少しの時間が過ぎて、アイカは私たちの元へと戻ってきた。そもそも、何かをやるにしても一人ではすぐに限界を迎えてしまうだろう。私たちにできることがあれば何でも言ってもらえると嬉しい。


 息を整えながらアイカは嬉しさと悲しさを混ぜ合わせたような声で私たちに報告をした。


「先代の文献と資料ってのを見たんだけど、全部日本語で書かれてた。私がこの世界で目にする文字も使われていなかったし、完全に日本語で書かれていたよ」

「それってどういうことなの?」

「この世界に私たちと違う方法で来ていた日本人が過去に存在したということだよ」

「そんな事ってあり得るの?」

「さあ、私にはわからないけど、十分可能性はあるんじゃないかな?」


 私たち以外にもこの世界に来ている人がいたという事実。その人はいったいいつどこからやってきたのだろうか。その答えは書庫にしまわれている先代巫女の残した文献や資料をすべて読み漁ってもわからなかった。

 先代の巫女と私には何か共通点があるのだろうけれど、今の私にはそれが何なのか想像もつかなかったのだった。

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