第26話 女子高生と男子高生
「ねえねえ、この世界に転送されるときに意識があるってどんな感じなの?」
「……誰?」
「質問に質問で返しちゃダメでしょ。でも、今回は特別に教えてあげるわ。私は運命の女神様よ。これからあなた達を転生させる儀式を始めるんだけど、この儀式を認識するなんて非常識なんだよね。せっかく苦痛の無いナイフを与えたのに使い方を間違えるんだもん。でもさ、君って彼女の為にあのナイフつかったんでしょ?」
「一応、そうですけど」
「いいね、それっていいよ。大事な人を守るために自らの命すら投げ出すってなかなか出来ないよ。そう言うのって、お姉さん……好きだな。じゃあ、儀式を始める前に注意点をいくつか伝えるね」
「あ、お願いします」
「よろしい。では、お伝えします。転生する先は選べません。チートアイテムやチートスキルなんてのもありません。それと、どの世界になっても君が想像しているような正義と悪といったような構図も成り立たないと思うよ。いくつかある転生先の一つだけが、所謂神の支配する天界なんだよね。それ以外の世界は悪魔だったりそれに近いものが支配している世界なのよ」
「それって、勢力の弱くなっている神の手助けをして世界を取り戻せって感じですか?」
「いいえ、その必要はないわ。あちらの世界は神の手ではなく魔王やそれに近い存在によって安定している状況なのよ。君がその魔王達を倒して世界を新しく支配してもいいんだけど、そうなると神の勢力と戦う事にもなるのよ。もしも、神の勢力に加わりたいとしたら、一度死んで神の力で蘇る必要があるんだけど、そこまでする価値も無いと思うのよね」
「つまり、僕は転生した先で何をすればいいんですか?」
「君達がする事なんて何もないわよ。好きに生きて好きに楽しめばいいわ。その結果で何が起きようとも私はそれを見ているだけですからね」
僕が思っていた異世界とは違うみたいだけれど、せっかくだから今までできなかった事を試してみるのも良いかもしれない。
「そうそう、もう一つ何だけど、君達が行く世界は唯一神とは違う神がたくさんいるんだけど、その神々の力で寿命以外で死んでも生き返ることが出来るからね。それも、何度だって大丈夫よ。あと、肉体は全盛期の状態で再構築されるからね。君達の場合は全盛期がまだ来ていないようだからそれまでは成長し続けるかもね。じゃあ、そろそろ始めようか」
僕はよくわからない儀式を体感し続けていたけれど、この儀式が何なのかさっぱりわからなかった。
僕が再び目を覚ました時には隣にみさきが横たわっていた。一瞬、死んでいるのではないかと思ったけれど、寝息が聞こえてきているので大丈夫そうだった。
僕らがやって来た異世界で何をするかはこれからゆっくりと決めることにしよう。
みさきが起きるまでに何かいい言い訳でも考えておかないと唯が本当に嫌われてしまうかもしれない。それだけは避けないといけないのだ。空から看板が降ってくるって話がいいのかもしれないな。ちょうど台風もきていたし、みさきも納得してくれるだろう。
「みさき。……みさき。……みさき、大丈夫かい?」
「え、まー君どうしたの?」
「良かった、ずっと反応が無かったから心配してたんだけど、無事でよかったよ」
「あれ、あたしは寝ちゃってたのかな?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、とにかく大丈夫でよかった」
「ん、唯ちゃんは?」
「唯はいないよ」
「先に帰ったって事?」
「先に帰ったって言うか、僕達が違う世界にきちゃったって事かな」
「ちょっと待って、それって意味がわからないんだけど、どういう事?」
「えっとね、ちょっと色々あってさ。僕もちょっと混乱してて上手く説明できるかわからないけど聞いてもらえるかな?」
この感じだと唯に何かをされたというのは気付いていないみたいだ。看板が落ちてくることはあるかもしれないけれど、いかにもありそうな話なのでみさきも信じているようだ。
正直に言って考えはまとまっていなかったんだけど、話しているうちにどうにかなるだろう。なるべく誰も傷つかないようにしたかったんだけど、そう上手くいくとは思えなかった。それでも僕はみさきが落ち着けるように努力するだけだ。
「えっと、あたしが落ちてきた看板の下敷きになって死んだって事?」
「うん、そう言う事になっているんだよ」
「ここは死後の世界ってことなの?」
「死後の世界ではないんだよね。ほら、異世界転生って言葉は知っているよね?」
「聞いたことくらいはあるけれど、それが関係あるの?」
「その異世界転生がみさきに起こったんだよ。これって凄い事だよ!!」
「え、じゃあ、まー君はどうして同じ場所にいるの?」
「えっとね。怒らないで聞いて欲しいんだけど良いかな?」
「あたしがまー君に対して怒る事なんて無いと思うけど、約束するよ」
大丈夫だと思うけれど、一応確認はしておいた方がいいだろう。とにかく、みさきを納得させることが出来ればいいのだから、慎重に言葉を選んでおかなくちゃな。
「あのね。僕は目の前で起きたことが理解出来ていなくて、他の人の制止を振り切ってでも看板をどけようとしたんだけど、人力では無理だったんだよ。しばらくして、警察の人が集まってたんだよね。その後に重機が来て看板をどけたんだけど、そこにはみさきのカバンしかなかったんだよ。僕と唯の目の前で看板に潰されたと思ったみさきの体はどこにもなかったのさ。僕達の他にも目撃者は何人もいたんだけど、みさきの体はどこにもなかったんだよ。地面には血痕一つなかったみたいだしね。僕と唯は警察の人に色々と聞かれたんだけど、何も答えることが出来なかったし、その時点では何も理解していなかったんだよね。家に帰って部屋に鍵をかけて閉じこもっていたんだけど、どういうわけか部屋の中に唯が立っていてね、二人で涙が出なくなるまで泣いていたんだよ。台風も近付いていたし出歩く用事もなかったからね。唯はずっと『私のせいでみさき先輩が。ごめんなさいい。』って何度も何度も繰り返していたんだけど、僕は何を言っているかわからなかったんだ。みさきがいなくなったショックもあったんだけど、唯の言っている事もショックだったんだよね」
「謝っているって言っても、看板が落ちてきたのは唯ちゃんのせいじゃないと思うんだけど。帰り道に唯ちゃんがいなくてそのまま真っすぐ帰ってたとしたって、看板が落ちてきたかもしれないしね」
みさきは頭も良くて物分かりもいいから助かるな。この流れだと唯が自分にした事だって気付くことはないだろう。それにしても、みさきは唯の事を信じてくれているんだな。
「違うんだよ。唯の話では、僕の事を取ったみさきの事を憎んでいたらしいんだよ。でも、尊敬する憧れの先輩でもあるからその気持ちをどうしていいかわからず、部活が終わるたびに裏山にある廃神社でお参りをしていたんだってさ。みさきがこの世界から消えますように、ってね。最初は看板が落ちてきた不幸な事故だと思っていたんだけど、看板の下にみさきがいなかった事で自分の願いが叶ってしまったと思い込んだらしいんだよね。実際に、みさきの体はどこにも無かったんだけどね。それで、唯は自分のせいだって泣いて泣いて泣きわめいていたんだよ。ここからはもっと信じられないことが起きるんだけど、聞いて欲しいんだ」
「うん、あたしには看板が落ちてきたとかの記憶はないんだけど、まー君の言う事だから信じるよ。で、何が起きたのかな?」
「外はまだ風が強かったんだけど、雨はおさまっていたんだよね。そこで、僕は唯が行っていた廃神社に行ってみたんだけど、そこにはなぜか小さな女の子が一人で遊んでいたんだよ。何となく、話しかけない方がいいように思えて無視してたんだけど、僕にその子が話しかけてきたんだよ。で、ここに来た理由とかを話していたら、いつの間にか僕の左右に一つずつ鳥居があって、どちらかに行けと言われたんだよね。向かって右に行けばみさきのいる世界に行けて、左に行けば元の世界に戻れるってさ。それで、みさきのいる世界に来たってわけさ」
「ちょっと、あたしが怒る要素ないじゃない」
「一応ね。それにしても、僕達ってこの世界で何をすればいいんだろうね?」
「さあ、二人で楽しく過ごしていけばいいんじゃないかな?」
「そういうわけにもいかないかもしれないけど、とにかく情報を集めてみよう」
「待って、ちょっと知らない世界で不安だからそばにいて欲しいな」
「うん、じゃあ、ここがどこなのか見ていようね」
何とかうまくごまかせたとは思うけれど、みさきは僕の話よりも向こうからこちらを見ている二人組が気になっているようだった。男女のカップルに見えるけれど、付き合いたてなのか他人なのかわからないくらいよそよそしい感じに見えていた。なぜかみさきは女の人の方をじっと見つめていたのだけれど、どこかで会った事があるのだろうか?
男の人の方はいかにも転生してきましたといった様相なのだが、みさきはイマイチ興味が無いようだった。そう言えば、みさきは僕の数少ない友達にも興味を示していなかったのを思い出したので、みさきは僕以外の男には本当に興味が無いのだろう。
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