第25話 高校生男子、嘘をつく
朝食をとりながら天気予報を見ていると、今日の夜から日曜深夜まで台風が直撃するかもしれないと言っていた。僕の住んでいる町はほぼ台風が直撃することが無いのだけれど、数十年に一度くらいの割合で直撃するらしい。僕はもちろん台風を体験したことはないのだけれど、母さんも父さんも台風の経験はそれほど多くないみたいだった。妹の唯ももちろん台風は経験していないはずなのだけれど、マンガやゲームで予習をしているようで得意げに解説をしていたのだった。
「もう、唯ちゃんはお口ばっかり動かしてご飯も食べなきゃダメでしょ。それに、正樹もさっきから手が止まってるみたいだからちゃんと食べなきゃみさきちゃんを待たせることになっちゃうよ。まだ台風が来ていないからって、あんまりゆっくりしていたら風が強くなって困るんだからね」
「ねえ、お母さんは今日買い物に行ったりするの?」
「台風が来るのがわかっているのに、買い物なんて行くわけないでしょ。何かあった時の為に水曜日までの買い出しはしてあるのよ。何もなければそれでいいんだけど、何かあってからでは後で困る事になるからね。そうそう、困る事といえば、最近ご近所でワンちゃんが誘拐される事件があるみたいなんだけど、二人は何か聞いたりしてるのかな?」
「私は聞いたこと無いけど、お兄ちゃんはどうなの?」
「僕もそういう話は聞いたことないかも」
「ご近所の奥さんが行っていたんだけど、三丁目の方で犬が誘拐されているのかわからないけど、突然いなくなる事件が多発しているみたいなのよね。唯ちゃんのランニングコースも近いみたいだし、変な人とか見かけたら気付かれる前に逃げなきゃダメだよ」
「うん、私も変な人と関わるの怖いからすぐに逃げるよ。でもね、何かあったらお兄ちゃんが助けてくれると思うんだよね」
「あ、ああ。何もないのが一番だけど、何かあったら僕が何とかするよ」
「二人とも本当に気を付けてね」
朝食を取り終えて自宅を出たのはいつもとほぼ変わらない時間だった。いつものように外に出ると、門扉のところにみさきが立っていた。今日はみさきと愛ちゃん先輩の二人のようだった。いつからか忘れたけれど、彼女のみさきが僕の家まで迎えに来てくれるようになっていた。何時から待っているのかちゃんと見てないのだけれど、いつもより少し早く家を出てもみさきが待っていたのだ。さすがに、投函された直後の新聞を回収に行った時はいなかったけれど、病気の時以外は毎回みさきが僕の事を待っていてくれているのだ。
教室に着くと、数人のクラスメイト達は台風の話題でソワソワしているようだった。僕は意識して聞いているわけではないのだけれど、クラスメイトのその会話を聞いて始業の時を待っていた。
「なあ、風が強かったらスカート捲れたりしないかな?」
「その可能性は高いと思うよ。ここから校門の方をしばらく見てようぜ」
「ここからだとちょっと遠いけど、上手く良い風吹いてくれ」
「神様お願いします」
神様にそんな事を頼むなよと思っていたけれど、他の男子たちもその中に加わりだしていた。その光景を見ていると僕の方がおかしいのではないかとさえ思ってしまったのだ。僕は人としては正常だと思うけれど、良いか悪いかは別として思春期の男子としては正常な行動を取れていないような気がしていた。ま、僕には大事な彼女がいるから問題ないのだけれどね。
今日の授業自体は台風の影響もあって少しだけ短縮授業になったのだけれど、部活や委員会のある生徒は数名校舎に残るようだった。ただし、今日の部活は16時までに切り上げるようにと言われているようだったので、僕達帰宅部の生徒が普段帰っているような時間には全員強制的に帰宅させられるようだった。
特に部活にも委員会にも所属してない僕はさっさと帰る事にしたのだけれど、隣のクラスはまだホームルームが終わっていないようだった。みさきは隣のクラスなのだけれど、台風が近づいて短縮授業になっているのだからホームルームも短くして欲しいと思ってみたりした。
何をそんなに熱く話し合っていたのかはわからないけれど、何とかみさきも解放されて一緒に帰ることが出来るようになった。いつもならここに女子が四人くらい加わってくるのだけれど、今日は部活やら委員会やらが逆に忙しいらしい。そんなわけで、僕は久しぶりにみさきと二人で家に帰ることが出来たのだった。
「今日って何だかいつもより蒸し暑くない?」
「うん、何だかジメジメしてて嫌な感じだよね」
「台風の影響ってこっちまであるんだね」
すっかり忘れていたけれど、風が強くなるなら傘よりもカッパを用意しておいた方が良かったような気がしていた。先ほどから道路に小さなゴミが飛来しているのを見ているので、風に飛ばされそうなものが家の外に出ていたら回収しなくてはいけないなと思っていた。
「台風ってあんまり経験無いんだけど、まー君って台風が怖かったりする?」
「そうだね。僕もあんまり経験無いと思うけど、風が強い日はあんまり好きじゃないかな」
「わかる。あたしも風が強いと髪とか乱れるからあんまり好きじゃないな」
「みさきはどんな髪型でも可愛らしいけどね」
みさきは時々髪型を変えているのだけれど、変えても戻しても可愛いみさきには違いなかった。僕が見てきた人間の中でも確実に一位だと言えるくらい可愛いのだけれど、家庭科の中で料理だけが苦手だというとんでも無い弱点があるのだった。
「週末なのに台風でどこにも出かけられないって辛いよね。みさきも家に閉じこもるのかな?」
「うん、急ぎの用事も無いし、アブなそうだったら家にいるかもしれないな」
「そっか、それならオンラインでまたゲームをやろうよ。唯もみさきと遊べるの嬉しと思うからさ」
「じゃあ、みんなでまた盛り上がろうね」
台風の影響で土日は外に出られないと思うので、今までもちょこちょことやって来たゲームを三人で楽しむのも良いかもしれない。みさきのお姉さんが参加してくれたら人数も揃っていいのですが、あのお姉さんは進んでゲームをやりそうには見えなかった。
ん、みさきの後方に見えるのは僕の妹の唯じゃないか。どうしてこんなところにいるのかは疑問だけど、目が合ってしまったからには無視をすることも出来なくなってしまった。
「あれ、お兄ちゃんとみさき先輩じゃないですか。これから二人でどこかに行くの?」
「今はみさきを送っているところなんだけど、唯はどうしてここにいるの?」
「ちょっと友達のコイバナに付き合ってたんだよね。私って恋愛にちょっと詳しいから頼りにされちゃってさ。お兄ちゃん達には悩みとかなさそうだけど、何かあったら私に相談してもいいだからね」
唯に悩み相談をしたとしても解決することが出来るのだろうか?
逆に悩み事を他人に言いふらしているんじゃないかという疑惑がわいてしまいました。
「ははは、僕達なら大丈夫だよ。悩みがあったとしても唯に相談する前に解決しちゃうからね。みさきは僕よりもしっかりしているし、唯も頼っていいんじゃないかな?」
「何言ってんの。私はお兄ちゃんよりもみさき先輩の事詳しいかもしれないんだよ。私が陸上始めたのだってみさき先輩の影響なんだからね。同じ高校に行って一年だけでも一緒に部活したかったんだけど、みさき先輩は今陸上やってないですもんね」
「ごめんね、ちょっとした理由があって陸上から離れているんだよね。それに、陸上以外でも一緒に遊べることもあるからさ」
「そうですよね。別に強制じゃないですし、私も来年の夏で引退なんですけど、思うように記録も伸びないんですよね。みさき先輩みたいに綺麗に早く走れると気持ちよさそうですよね」
「ところで、唯は家に帰らないの?」
「私もみさき先輩を送りたいの。お兄ちゃんだけ送るなんてズルいもん」
それにしても、風がだんだんと強くなってきているように思えた。みさきの家まで行くときは向かい風で、僕の家に帰るまでは追い風になるようなので、その辺は帰り道で楽が出来るのだと思っていた。
唯が付いてくるのは良いのだけれど、唯が僕に抱き着いたり甘えてくるとみさきはちょっとだけ不機嫌になるのだ。それは僕じゃないと気付かないくらいの反応だと思うのだけれど、僕はソレを可能な限り無くす方向で向かっているのだ。
「お兄ちゃん、私のスカートが風で捲れちゃうかもしれないんだけど大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。唯はスカートの下にジャージを履いているんだろうし、捲れたって問題ないだろ」
「そういう問題じゃないの。パンツが見えるかどうかじゃなくて、スカートが捲れたら恥ずかしいのよ。お兄ちゃんは乙女心が全く分かってないみたいだね。もう、私のカバンをちょっと持っててよ」
唯が持っていたスクールバックを受け取ると、唯は少しだけ前を歩いていたみさきの方へと駆けだしていった。そのまま唯がみさきに体当たりをする形になってしまったのだけれど、唯がみさきに当たった瞬間にみさきの体が消えてしまった。
「え、どうして、みさきは?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
唯が謝っているのも理解出来なかったけれど、みさきが消えたことの方が理解出来なかった。僕の目の前で急に姿を消したみさきではあったけれど、何度も何度も謝り続けている唯が何かしたのは間違いなさそうだった。ただ、それは手品みたいなものではなく、もっと超能力や魔法といった者に近いように思えた。
「なあ、みさきはどうしたんだ?」
「ごめんなさい。私が悪いんだよ。どうしよう、お兄ちゃん」
「唯が何かしたのか?」
「私のせいだよ。本当にごめんなさい。ごめんなさい」
このままでは会話が成り立たないと思った僕は唯の頬を軽くであるけれど叩いた。唯は突然の衝撃に戸惑っているようだけれど、何とか会話は出来そうだった。
「なあ、何をしたのか教えてくれよ」
「えっと、なんて言えばいいのかわからないけど、信じてもらえるかな?」
「それを言ってもらわないと信じることも出来ないと思うんだけど、どうなんだ?」
「あのね、これを見てもらいたいんだけど」
そう言って唯が差し出したのは一本のナイフだった。刀身は黒く鈍く光っているのだけれどその切れ味はとても鋭そうに見えた。そのナイフを僕に渡した唯は涙を浮かべながらまた謝罪の言葉を繰り返していた。
「おい、ちゃんと説明しなきゃわからないぞ」
「あ、ごめんなさい。えっと、そのナイフなんだけど、それで刺すと、違う世界に転送される、そんなナイフだって聞いてるの」
「にわかには信じられないけど、実際にみさきが消えているんだから信じないわけにはいかないよな。もしかしてだけど、他の人で試したりしてたのか?」
「試してないよ。……人では」
「それって、近所のイヌとかでためしたりしてないよな?」
「…………。」
「答えなくてもいいよ。違う世界に転送されるって、どこに行くのかは知っているのか?」
「わからないよ!!」
「わからないのに使ったのか?」
「知らないよ!!」
「どうして、こんな事したんだ?」
「だって、だって、みさき先輩がお兄ちゃんを、私のお兄ちゃんをとるんだもん。私は悪くないよね。ね?」
「いや、どんな理由だって人を刺していいわけないだろ。いったい誰から貰ったんだ?」
「知らない人。裏の神社にいたら貰った」
「知らない人からこんな危険な物を貰ったのか?」
「そうだよ。お兄ちゃんの為だと思ったし、喜んでもらえるかな?」
「喜ぶわけないだろ。みさきに何て伝えればいいんだよ。唯が逆恨みで刺したなんて言えないだろ。どうするんだよ」
「大丈夫だよ。みさき先輩はもういないし、代わりに私が一緒にいてあげるからね」
「唯の気持ちは嬉しいけど、俺はそれに応えることは出来ないな」
「え、お兄ちゃん?」
僕は受け取っていたナイフをじっくりと見ていたのだけれど、おもむろにその刀身を腹に突き刺した。思っていたよりも痛くないものだなと思っていたのも束の間、じわじわと痛みが広がっていって、その場に立っていることも出来なくなってしまった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。なんで?」
「お前の代わりに、みさきに、謝りに、行ってくるよ」
「ダメだよ、このナイフを使うときは刺された事に気付かれないようにしないとダメなんだよ。それじゃないと痛みを認識したまま転送されちゃうって話だよ」
「それを先に言えよ」僕はそう言いたかったのだけど、あまりの痛みに声を発する事も出来なかった。視界がぼやけてしまっているのだけれど、痛みがひどいせいでそれどころではなかった。
痛みに耐えきれずに目を閉じて歯を食いしばって耐えているのだけれど、何度も僕を呼ぶ声が聞こえてきていた。みさきとも唯とも違う女の声が聞こえていた。
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