それぞれの転生

第24話 女子高生、ひっそりと死ぬ

 夕方の街並みを彼氏と一緒に歩くのは好きだった。他にもカップルらしき人達はたくさんいたのだけれど、あたし達が一番幸せなんだと思う。だって、こうして一緒にいられるだけで嬉しいんだからね。

 この日も一緒に下校していたのだったけれど、いつもと違う事があった。それは、あたしの友達も先輩達もお姉ちゃんも学校に居残りしなくてはいけない用事があるらしく、あたしは久々に彼氏のまー君と二人だけの下校時間を楽しむことが出来た。家に帰るまでの短い時間だけど、一緒にいられるのは嬉しいんだよね。それに、あたしの家はまー君の家と逆方向なのに送ってくれるなんて優しいよね。


「今日って何だかいつもより蒸し暑くない?」

「うん、何だかジメジメしてて嫌な感じだよね」

「台風の影響ってこっちまであるんだね」


 あたし達が済んでいる町は滅多に台風がやってこないのだけれど、時々近くまでやってくることがあるのだ。十五年生きてきて台風が直撃したことなんて一回くらいしかないけれど、その時は小さかったと思うのでただただ怖かったことしか覚えていなかった。


「台風ってあんまり経験無いんだけど、まー君って台風が怖かったりする?」

「そうだね。僕もあんまり経験無いと思うけど、風が強い日はあんまり好きじゃないかな」

「わかる。あたしも風が強いと髪とか乱れるからあんまり好きじゃないな」

「みさきはどんな髪型でも可愛らしいけどね」


 二人で歩く帰り道ももう少しで終わってしまうのだけれど、明日からは土日で休みなので台風の影響が弱くなれば会うことが出来るんじゃないかな。そう思っているんだけど、天気予報を見ている限りでは、台風が抜けるのは月曜になってしまうらしい。電話もメールも出来るのは嬉しいけど、やっぱり直接会いに行きたいなって思っちゃうよね。


「週末なのに台風でどこにも出かけられないって辛いよね。みさきも家に閉じこもるのかな?」

「うん、急ぎの用事も無いし、アブなそうだったら家にいるかもしれないな」

「そっか、それならオンラインでまたゲームをやろうよ。唯もみさきと遊べるの嬉しと思うからさ」

「じゃあ、みんなでまた盛り上がろうね」


 まー君の妹の唯ちゃんはいい子なんだけど、ちょっとブラコン気味なのが気になるのよね。まー君が一緒にいる時はいい子のままなんだけど、あたしと二人っきりになるとマー君との仲良しアピールがちょっと多すぎる気がしているのよね。あたしは恋のライバルとは思っていないんだけど、唯ちゃんはそう思っているのかもしれないなって思っちゃうこともあるんだけど、そんな事気にしてても仕方がないよね。唯ちゃんはまー君の恋人ではなく妹なんだからさ。


「あれ、お兄ちゃんとみさき先輩じゃないですか。これから二人でどこかに行くの?」

「今はみさきを送っているところなんだけど、唯はどうしてここにいるの?」

「ちょっと友達のコイバナに付き合ってたんだよね。私って恋愛にちょっと詳しいから頼りにされちゃってさ。お兄ちゃん達には悩みとかなさそうだけど、何かあったら私に相談してもいいだからね」


 唯ちゃんはまー君の腕に抱き着きながらそう言うと、私の方をチラッと見た。明らかなライバル心を向けられているのだけれど、あたしの心には余裕があるのだ。


「ははは、僕達なら大丈夫だよ。悩みがあったとしても唯に相談する前に解決しちゃうからね。みさきは僕よりもしっかりしているし、唯も頼っていいんじゃないかな?」

「何言ってんの。私はお兄ちゃんよりもみさき先輩の事詳しいかもしれないんだよ。私が陸上始めたのだってみさき先輩の影響なんだからね。同じ高校に行って一年だけでも一緒に部活したかったんだけど、みさき先輩は今陸上やってないですもんね」

「ごめんね、ちょっとした理由があって陸上から離れているんだよね。それに、陸上以外でも一緒に遊べることもあるからさ」

「そうですよね。別に強制じゃないですし、私も来年の夏で引退なんですけど、思うように記録も伸びないんですよね。みさき先輩みたいに綺麗に早く走れると気持ちよさそうですよね」

「ところで、唯は家に帰らないの?」

「私もみさき先輩を送りたいの。お兄ちゃんだけ送るなんてズルいもん」


 きっと悪気はないんだと思うけど、せっかく二人だけの時間だったんだから邪魔してほしくなかったな。邪魔ではないんだけど、もう少しだけ二人の時間を楽しみたかったな。ああ、もう少しでいいから二人だけの時間を過ごしたかったよ。



「みさき。……みさき。……みさき、大丈夫かい?」

「え、まー君どうしたの?」

「良かった、ずっと反応が無かったから心配してたんだけど、無事でよかったよ」

「あれ、あたしは寝ちゃってたのかな?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、とにかく大丈夫でよかった」

「ん、唯ちゃんは?」

「唯はいないよ」

「先に帰ったって事?」

「先に帰ったって言うか、僕達が違う世界にきちゃったって事かな」

「ちょっと待って、それって意味がわからないんだけど、どういう事?」

「えっとね、ちょっと色々あってさ。僕もちょっと混乱してて上手く説明できるかわからないけど聞いてもらえるかな?」


 あたしたちは唯ちゃんも含めて一緒に歩いていたのだ。そこまでは覚えている。だけど、そこからの記憶は途切れて今の状況に至っている。何があったのかまー君が説明してくれたけれど、それを理解することは出来なかった。


「えっと、あたしが落ちてきた看板の下敷きになって死んだって事?」

「うん、そう言う事になっているんだよ」

「ここは死後の世界ってことなの?」

「死後の世界ではないんだよね。ほら、異世界転生って言葉は知っているよね?」

「聞いたことくらいはあるけれど、それが関係あるの?」

「その異世界転生がみさきに起こったんだよ。これって凄い事だよ!!」

「え、じゃあ、まー君はどうして同じ場所にいるの?」

「えっとね。怒らないで聞いて欲しいんだけど良いかな?」

「あたしがまー君に対して怒る事なんて無いと思うけど、約束するよ」

「あのね。僕は目の前で起きたことが理解出来ていなくて、他の人の制止を振り切ってでも看板をどけようとしたんだけど、人力では無理だったんだよ。しばらくして、警察の人が集まってたんだよね。その後に重機が来て看板をどけたんだけど、そこにはみさきのカバンしかなかったんだよ。僕と唯の目の前で看板に潰されたと思ったみさきの体はどこにもなかったのさ。僕達の他にも目撃者は何人もいたんだけど、みさきの体はどこにもなかったんだよ。地面には血痕一つなかったみたいだしね。僕と唯は警察の人に色々と聞かれたんだけど、何も答えることが出来なかったし、その時点では何も理解していなかったんだよね。家に帰って部屋に鍵をかけて閉じこもっていたんだけど、どういうわけか部屋の中に唯が立っていてね、二人で涙が出なくなるまで泣いていたんだよ。台風も近付いていたし出歩く用事もなかったからね。唯はずっと『私のせいでみさき先輩が。ごめんなさいい。』って何度も何度も繰り返していたんだけど、僕は何を言っているかわからなかったんだ。みさきがいなくなったショックもあったんだけど、唯の言っている事もショックだったんだよね」

「謝っているって言っても、看板が落ちてきたのは唯ちゃんのせいじゃないと思うんだけど。帰り道に唯ちゃんがいなくてそのまま真っすぐ帰ってたとしたって、看板が落ちてきたかもしれないしね」

「違うんだよ。唯の話では、僕の事を取ったみさきの事を憎んでいたらしいんだよ。でも、尊敬する憧れの先輩でもあるからその気持ちをどうしていいかわからず、部活が終わるたびに裏山にある廃神社でお参りをしていたんだってさ。みさきがこの世界から消えますように、ってね。最初は看板が落ちてきた不幸な事故だと思っていたんだけど、看板の下にみさきがいなかった事で自分の願いが叶ってしまったと思い込んだらしいんだよね。実際に、みさきの体はどこにも無かったんだけどね。それで、唯は自分のせいだって泣いて泣いて泣きわめいていたんだよ。ここからはもっと信じられないことが起きるんだけど、聞いて欲しいんだ」

「うん、あたしには看板が落ちてきたとかの記憶はないんだけど、まー君の言う事だから信じるよ。で、何が起きたのかな?」

「外はまだ風が強かったんだけど、雨はおさまっていたんだよね。そこで、僕は唯が行っていた廃神社に行ってみたんだけど、そこにはなぜか小さな女の子が一人で遊んでいたんだよ。何となく、話しかけない方がいいように思えて無視してたんだけど、僕にその子が話しかけてきたんだよ。で、ここに来た理由とかを話していたら、いつの間にか僕の左右に一つずつ鳥居があって、どちらかに行けと言われたんだよね。向かって右に行けばみさきのいる世界に行けて、左に行けば元の世界に戻れるってさ。それで、みさきのいる世界に来たってわけさ」

「ちょっと、あたしが怒る要素ないじゃない」

「一応ね。それにしても、僕達ってこの世界で何をすればいいんだろうね?」

「さあ、二人で楽しく過ごしていけばいいんじゃないかな?」

「そういうわけにもいかないかもしれないけど、とにかく情報を集めてみよう」

「待って、ちょっと知らない世界で不安だからそばにいて欲しいな」

「うん、じゃあ、ここがどこなのか見ていようね」


 まー君と二人っきりになりたいなって思っていたんだけど、こんな方法もあるんだって知らなかったな。唯ちゃんには悪いけれど、このまままー君と二人で生きていくね。それにしてもさっきからあたしたちを見ているスタイルの良い女が気になるな。もしかして、まー君の事狙っているのかしら?

 もしそうだとしたら、殺しちゃうかもしれないよ。

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