第23話 天使討伐

 二人の天使が私達の質問に答えてくれるようになったのはある程度遊んであげたからだった。


 この世界に来ている天使は他にもいるらしいのだけれど、役職付きの天使は誰もこちらには来ていないそうだ。そもそも、今はルシファーの悪影響でこの世界と天界との往来がほぼ不可能な状態になっており、先遣隊として何人かの天使がこの世界に降り立ったようなのだが、ルシファーがこの世界を唯一神の物から創りかえてしまったのでそのままやってくることも出来ないのだ。無理矢理にでもやってこようとすると体のどこかが欠損してしまったり、体の器官に重大な障害が発生することが多いとの事だ。この天使のようにほぼ五体満足で行動出来ているのは奇跡らしい。それでも、毎日のように何人かの天使がこの世界へとやってきてはいるものの、めぼしい成果は得られていないとの事だった。


「じゃあ、私達が天使を狩ろうとしても探すことから始めないといけなかったわけね。そもそも、天使がいないんじゃ探しようも無さそうなんだけど、何かいいアイデアあるかな?」

「あさみに天使を呼ぶ歌を作ってもらうってのはどうかな?」

「どんな歌が天使を呼び寄せるのか知らないけど、アイカはそこのところ詳しいの?」

「私が提案しといてなんだけど、そんなのは知らないわ。讃美歌とかを歌っていればいいんじゃないかな」

「うーん、そう言うのは歌った事無いんだけど、そもそもが神を讃える感じだろうし、ホイホイやってきてくれるかしらね?」

「それなんだけどさ、俺が天使の良そうな場所を歩いていれば勝手にやってくると思うよ。だって、俺が唯一神を弱らせた張本人だし、きっと俺に恨みとかあるんじゃないかな?」

「そう言えば、この天使もルシファーに恨みがあるみたいなことを言っていたわよね。それで決まりでもいいんだけど、天使にやられたりしないかな?」

「俺なら大丈夫だよ。天使ごときにやられるわけ無いし、大天使が来ても問題ないさ」


 今日のルシファーはやけに自信満々だった。いつも自信に満ち溢れているとは思うけれど、今日はいつも以上に自信たっぷりな様子だった。

 すっかり忘れていた事ではあるが、アイカは十分に天使の事を調べることが出来たのだろうか?


「ねえ、アイカは満足できるくらい天使を調べることが出来たのかな?」

「えっと、色々とわかったことがあるんだけど、それがこの個体だけの特性なのか天使特有のものなのかがわからないんだよね。ミカエル君を調べても変わらない部分もあれば、全然違う部分もあるし、全くわからなくなったって言うのが今の状況かな」

「だろうね。ソレならもっと天使を捕まえないといけないんだけど、この天使の話が正しいとするなら、その状況に持っていくのは難しいかもね」

「それは私もわかってはいるんだけど、天使を集める簡単な方法も無いし、今は天使を見つける方法を探さないといけないわけね」

「あ、それなら簡単だと思うよ。この天使とミカエル君と共通する信号が出ているし、それは若干だけどルシファー君からも出ているわけね。それはきっと天使特有の通信手段だと思うんだけど、それを探し当てることが出来れば天使を探すなんて造作もない事だと思うわよ。ま、しばらくはその装置にミカエル君かこの天使を括り付けておく必要があるんだけどね」


 そう言って天使を見ていたアイカではあったけれど、アイカに見つめられると天使とミカエルは遊んでもらいたい犬のように愛くるしく懇願していた。その様子を見て当然のようにアイカはその二人を優しく責めてあげていた。あのスライムがまとわりついている限りあの二人に自由はやってこないのかもしれない。ただ、状況によっては私が悪魔を呼んで何か違う事をしてしまうかもしれないのだ。その可能性は極僅かではあるけれど、今後の様子によっては変化することもあるだろう。


 そろそろスライムが消えてもいいような時間だとは思うのだけれど、目の前にいる天使は相変わらずスライムと戯れていた。ここに来るまでの数時間でもスライムは乾燥して死滅してしまうと思うのだけれど、乾燥などという概念が無いと言わんばかりにプルプルとしていた。


 最初に聞いた話だと、スライムは持って一時間くらいとの事だったけれど、今では半日近くもスライムが存在しているように思えていた。本当は最初のスライムが無くなってから追加でスライムを投入する予定だったのだけれど、今か今かと待ちわびている時にはもう、追加のスライムは袋の中で水分も無くなり粉のようにカサカサになっていた。その粉は確実に人体に影響が出そうだったので私はなるべく触れないように離れていた。


「じゃあ、アイカが作ってくれた天使を見つける装置を使って頑張ろうね」


 私の言葉で会場にいたみんなは一体になったような気がする。何人かいる天使の達の討伐に向けてやるべきことは他にもあったと思われる。


「やっぱり、それなりの設備が整った場所じゃないと本格的なのは作れないかもね。私が想定している状況よりはいくらかましなのだけれど、その分天使に出会うのは試練なのよね」

「もともと、統一法王庁に一泡吹かせたいという気持ちもあったんだけれど、今ではそれもどうでもよくなったかも」

「アイカはこれから統一法王庁に戻るのかな?」

「私は戻らないよ。一度出たらもう他人みたいなとこがあるんだけど、私が今戻ってもゲスト扱いだとは思うよ。それでも一緒に戻りたいかな?」

「私はそれについては何も言えないけれど、アイカがしたい事をすればいいんじゃないかな?」

「私がしたい事なんだけど、思いっきりショッピングかな」

「私達って職業を決められた時に服装は固定されたんだけど、ショッピングって何が欲しいのかな?」

「ほら、あの二人をもっと楽しませる何かがあればいいんだけどね。私が自分で使いたいとかは思っていないからね。思っていないんだからね」


 私にとってどうでもいい事に拘るようだったんだけど、あの二人の天使を見ていると自分も試したくなっただけなんじゃないかと思ってしまうよね。アイカは誤魔化すのも上手そうだけど、あのスライムはウイルスに対する耐性も持っているらしく、中から破壊するのはやめておこうと思った。

 ちょうどその時、天使の様子が変化したと思ったところ、そのまま羽が天から舞い降りてきて、天使を包みこむと、その羽が無くなったと同時にあの天使も綺麗に消えていた。


「あれ、天使がどこかに行ったみたいだけど犯人はこの中にはいないよね?」


 アイカは少し怒り気味に見えたけれど、その口調は優しい物であった。もちろん、私達はそのような計画も立てていないし天使を消すことなんて出来るわけもなかった。一体どうしたのかと思っていると、ルシファーが私達の疑問に答えてくれた。


「天使って言うのは本来なら唯一神の為だけに存在しているような物なんだけど、中には自分の私利私欲のために行動する者もいるんだよね。そんな奴を野放しにしておくと唯一神に反旗を翻すものが出てくるかもしれない。それは俺みたいなやつの事なんだけど、俺が生み出されてから唯一神に反逆するまでの間に生まれた天使には関係ないんだけど、比較的新しく生み出された天使は私利私欲のために行動し続けると、その存在を抹消されてしまうように作られているんだよね。今回の場合はあの天使が快楽の海に浸かり過ぎていたのが原因で抹消されたんだと思うよ。俺も実際にこの目で見るのは初めてなんだけど、ほぼ間違いないと思うね」

「ちなみになんだけど、あの天使って戦闘力的にはどうなのかな?」

「そうだね。君達が単独で戦っても誰も勝てないくらいには強いと思うけど、協力すればそれなりの被害で済むような相手だと思うよ。俺は全く苦にも思わないんだけどね」


 あの天使がまだ生きている状態で連れて帰ることが出来ればよかったのだけれど、姿どころか痕跡も残らないくらい綺麗に消えてしまってはどうすることも出来ないのだった。新しい天使を探すことも出来るのだろうけれど、次に天使を見つけられるのはいつになるのかもわからない。

 私はその事も考慮してみんなに提案すると、ミカエルも含めて私の意見に賛同してくれた。


「いや、自分はいったい何をしていたのかって聞かれても、忘れましたって言う事にするっス。だから、皆さんも内緒にしていただけるとありがたいです」

「黙ってるのもいいんだけど、あの状態を見たのは私とあさみとアイカだけなんだし、って、ルシファーも見ていたわよね。そんな感じだから黙っててもいいと思うよ」

「本当にありがたいっス。かつては数億の天使を引き連れていた者としては、あんな醜態を晒してしまって立つ瀬が無いっスよ」

「人間だって天使だってたまには余計な事も必要になってくるさ。ソレに向かっていくか自制していくかは自分が決めればいいと思うよ。私が言えるのはこれくらいだけど、ミカエルは皆の為に色々してくれていたし、たまには休息も必要だと思うよ」


 私の言葉を聞いて、ミカエルはその眼を涙で滲ませていたのだけれど、私をじっと見据えると、その涙をこぼさずに力強く微笑んでくれた。

 これ以上この部屋にいても仕方がないので、いったん外に出てみさきと正樹のもとへと向かう事にした。どこからか風に乗って焦げ臭いにおいが漂っていたのだけれど、その臭いのもとは私達がお世話になっている宿泊施設が燃えている臭いだった。


「あれ、なんで私達が戻る場所が燃えているの?」


 私は誰に尋ねるでもないのだけれど、そう呟くと頭上から聞き覚えの無い声が答えてくれた。


「なんだ、貴様たちはあの中にいなかったのか。それならそれでいいのだけれど、我々が主に代わって貴様の命をもらい受ける」


 空を飛ぶ馬に乗った甲冑を着込んだ集団が私達に向かって飛んでくるのは理解していた。理解しているのだけれど、目の前で燃え盛る建物といきなり頭上からやってくる甲冑の集団が何なのか理解出来ずにその場に固まってしまった。このままではやられてしまうと思ったのだけれど、私が痛みを感じる前に別の衝撃が私を襲った。私は固く目を閉じていて何もわからなかったのだけれど、ルシファーが私に優しく話しかけてくれた声を聞くと、すぐに安全になったのだと理解していた。なぜそう思ったのかは説明できないけれど、ルシファーの声は私に安らぎを与えてくれていた。

 目を開けてあたりを見回すと、相変わらず建物は燃えているのだけれど、ルシファーの足元には先ほどまでなかった甲冑の人達と馬が積み重なるように倒れていた。


「大丈夫だよ。こいつらはまだ殺してないからさ。さっきの天使はこいつらがいることを知らなかったみたいなんだけど、こいつらはさっきの天使と違って色々知っていそうだから、さっきの部屋を借りてもいいかな?」

「いいけど、何をするの?」

「ちょっとだけ優しく尋ねるだけだよ。でも、俺とミカエルの二人だけにしてもらってもいいかな?」

「それは構わないけど、私達は今夜どうしたらいいのかな?」

「泊まる場所なら他にもあると思うし、デートから戻ってきたあの二人に聞いてみたら知ってると思うよ」


 横たわる甲冑の集団をミカエルと二人で運んでいるルシファーであったけれど、一瞬だけ見えた横顔はとても嬉しそうな様にも見えた。


「ねえ、今の顔見た?」

「うん、あんなに嬉しそうな顔をする事もあるんだね」


 私のその言葉に何人かが意外だというような反応を示していた。


「ちょっとちょっと、アレが楽しそうな顔に見えたの?」

「え、私にはそう見えたけど」

「私は逆に、あんなに恐ろしい顔は見た事無かったわ。とんでもない事を考えているマッドサイエンティストだってあんな表情は出来ないと思ったわ」


 感じ方は人それぞれだと思うのだけれど、もしかしたら私は皆と見えている物が違うのかもしれない。それはそれでいいのだけれど、あの甲冑の集団の事は後でルシファーに聞いてみよう。

 それにしても、今日は何だか精神的に疲れた一日だったと思うんで、少しでもゆっくりお風呂に入りたいと思っていた。正樹にどこかいい旅館なりホテルは無いかと聞いてみると、路地裏を抜けた先にホテル街があるという事を教えてもらった。なぜホテル街がある事を知っているのか、なぜ二人は火事の被害に遭わずにいたのか、疑問は多々あるのだけれど今日は思っていた以上に疲れていた。

 私はそれ以上何かを考えることもせず、ゆっくりしたいと思っていた。ルシファーの膝を枕にして眠るのが一番安眠できそうだと思ったけれど、いつ帰ってくるかわからないルシファーを待つことは出来そうにもなかった。

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