第19話 捕まえた天使に拷問してみた

 必要な情報を手に入れるために天使に優しく尋ねてみたのだけれど、私達が欲しい情報は何も提供されることはなかった。幸いと言っていいのかわからなかったけれど、捕まえたこの天使は睡眠も食事も必要とはせず、じっくりと話を聞くことが出来るのだった。

 私達は交代で尋問をする事にしたのだけれど、誰の問い掛けにもこの天使は口を開こうとはしなかった。ルシファーとミカエルが少しだけ説得をする時間が欲しいというので一週間ほど時間を与えることになった。その間は何をしていたのかはわからないけれど、私達は各々好きな時間を過ごすことになった。正樹とみさきは二人で近くにある町まで買い物に行っていたらしいのだけれど、予定の一週間が過ぎようとしている時まで戻ってくることはなかった。私はあさみとアイカと一緒に行動していたのだけれど、三人とも実年齢が近い事もあって元の世界の思い出話に花が咲いていた。主に、愚痴や悪口になってしまったのだ。嫌な思い出がたくさん出てきてしまったけれど、何となくあの時に戻りたいという気持ちになってしまったのだったが、それは他の二人も同じように見えた。


 あれから一週間が経過したのだけれど、以前とは打って変わって天使は私達の問い掛けにも素直に答えてくれるようになっていた。ルシファーとミカエルの二人が何をしていたのかはわからないけれど、私達にとって有益な情報が手に入るのならば問題はないだろう。

 みんなで一斉に尋問したところで上手くいくとは思えなかったので、二人一組で順番に尋問をする事になった。組み合わせは公平に決めたいという事でくじ引きになったのだけれど、私の最初のパートナーは正樹になってしまった。最初のと言うか、私は他の全員と組むことになっていて誰からになるかという順番を決めていただけのようだ。私はそんな事は聞いていなかったのだけれど、我々の中でも神に近い位置にいる私と正樹が最初の尋問者に相応しいという事になっていたみたいだ。


「これから中で行われることはみさきには言わないでくださいね」


 天使の待つ部屋の中に二人で入って行くときにそう言われたのだけれど、私はそれに否定も肯定も示さなかった。部屋の中に入ると、何かあった時の為にルシファーが待機してくれているのだけれど、基本的には手も口も出してこないそうだ。入り口の扉を閉めると私の耳元で正樹が囁いてきたのだが、その内容よりも耳元にかかる吐息に驚いてしまって飛びのいてしまった。


「サクラさんって本当に純情なんですね。もしかして、耳が弱いだけなのかもしれないけど、僕がいましたことはみさきには言わないでくださいね。あと、これからする事も言っちゃダメですよ」

「う、うん。でも、次からは急に耳元で喋ったりしないでね」


 正樹は私に向かって微笑むと、そのまま天使の方へと歩いて行った。私もそれに続いていったのだけれど、何をしたらいいのかわからなくて正樹の少し後ろから見守る事にした。


「天使さんはお名前なんて言うんですか?」

「私には名前などありません。ただの下級天使です」

「下級天使には名前が無いのですか?」

「はい、というか、天使に個人名はありません。人間でいう役職名のような物ならありますが、私達に個体を区別するような名前はありません。そもそも、個体を区別する事も無いのです」

「それって、同じ位にいる者は平等だって事ですか?」

「そう言う事です。我が主は個体ごとに優劣をつけるようなことはしません。それに、私達は人類と違って極端に成長したり衰えたりもしませんので、生涯にわたって与えられた役割を全うするだけです」

「その役割ってのは重要なんですか?」

「はい、私達に与えられた役割はとても重要です。ですが、それは必ずしも私がやり遂げなければいけないものではなく、私達の誰かが一人でも達成できればいいと思っています」

「それが出来なければどうなりますか?」

「それはわかりません。なぜなら、私達はそれをやり遂げる者が出るまで何度も繰り返すだけなのです。だから、出来ないという選択肢も結果も無いのです」

「つまり、今あなたがこうして捕まっている状況でも大勢に影響はないという事ですか?」

「そうだと言いたいところですが、現状は私が捕まっている事は大きなマイナスだと思います。この世界にやってくることが出来る者も限られておりますし、五体満足で出てくるものもほぼいない状況でありますので、私のように向こうの世界とほぼ変わらないものが捕まっているのは大きな損失だと思います」

「じゃあ、ここから解放されたとしたらどうしますか?」

「一度捕まった私が戻ったところでスパイだと疑われてしまうと思いますので、結果的には自分の命を落とすという選択をすると思います」

「それは良くないな。君が死んだとしても君の仲間も神も悲しまないとは思うけれど、こうして知り合った僕やそこに居るサクラさんはもちろん、外にいるみさきやあさみさんやアイカさんだって君が死んじゃったら悲しむと思うよ。この世界では死んだ人は生き返らせることが出来るみたいだけれど、君はこの世界の神々の意志に反する唯一神の遣いなんだし、きっとこの世界の神々には生き返らせてもらえないんじゃないかな。それでも君は良いのかもしれないけれど、敵かもしれないけど君が死ぬことは僕達にとっては悲しい事になるんだよね。それにさ、君が死んだところで君の主は何とも思っていないだろうし、君の仲間だって無関心だろう、そんな仲間の為に全てを捧げるのは君にとっては価値のあることなのかな。君達にとって価値のある事はこの世界では無価値だったりするんだよ。一度捕まったくらいで命を落とす事も無いと思うけど、死にたいと言うなら僕は止めないよ。サクラさんだって君の意志を尊重すると思うし、自分で死ぬことが出来ないのならそっちにいるルシファーさんが苦しまないようにしてくれると思うよ。それでもさ、生きることにもう少し執着してもいいと思うんだよね。君の主が君の命を切り捨てたとしても、君が生きていればどこかで役に立てることもあるはずさ。死んでしまえばそのチャンスも無くなっちゃうわけだし、生きているうちに君の主にとって有益な情報を手に入れておくのもいいんじゃないかな。君の主はこの世界を再びその手に取り戻したいって話だろうし、君がこの世界に詳しくなっておいても損は無いと思うよ。さあ、もう少しだけ頑張って生きてみようよ」

「そうですね。短絡的に死を選んだとしても得られる情報は何もないですし、生きていればそれなりにこの世界の事を知ることも出来るかもしれませんね。……わかりました。もう少し生きることに努めてみます」

「そうか、それは良かった。じゃあ、僕はこれで失礼するけど、次にやってくる人も君のためを思っている事は間違いないから安心してね。僕達は仲間の天使ちゃんを見てもらえばわかる通り、天使に対して特別憎んだりしているわけではないんだから大丈夫だよ」


 正樹は天使に優しく微笑むと、私の隣にきて再び耳元で囁いた。


「僕はいったん下がるけど、皆の番が終わったらまた戻ってくるよ。その時からが本番だからね」


 私は年下の少年が囁くその言葉の意味を正しく理解していなかったのだけれど、その吐息が耳にかかるたびに力が抜けているように思えていた。順番が回って正樹の番になった時には私ではない他の誰かがペアを組んでいるといいなと少し思ってしまった。

 正樹が部屋を出て少し経った頃にアイカが部屋の中に入ってきた。その手には見慣れた辞書を持っているのだけれど、眼鏡越しに見える目は一点を見つめて集中しているようだった。


「私達はもともとこの世界の住人じゃないんだけど、それはあなたも同じことですよね?」

「はい、そうです。あなた方はこの世界に転生させられたと思うのですが、私達天使は自分の意志でこの世界へとやってきています」

「自分の意志でという事は、自由にやってくることが出来るという事ですか?」

「いいえ、自由にやってくることは出来ません。今の私のように五体満足でやってこられるものは多くないです」

「それは何か理由があるのですか?」

「一番大きな要因は、私達がこの世界に必要とされていない存在だという事です。あなた方はこの世界に必要とされて呼ばれているので、以前にはなかった特別な力が与えられていると思います。その逆で、私達はこの世界に必要とされていないため、この世界にやってくる過程で何かを失うことが多いのです。基本的には体のどこかが失われることが多いです。その部位によっては生命活動を維持する事も不可能になる事もあります。ですが、私達はこの世界を再び我が主の下に戻すためにやってくるのです」

「なるほど、それでは、他に特に聞きたい事も無いので、貴方の体について調べさせていただきますね。まずは、その装甲を全てとってしまいましょうか」


 アイカさんがそう言うと、余りて慣れていない様子で甲冑を外そうとしていた。私も甲冑の外し方など知らないので手間取っていたのだけれど、見かねた天使が自ら甲冑を脱いでくれて助かった。


「申し訳ない。私は甲冑というものを身につけたことが無いもので、どうやって外せばいいのかわからなかったです」

「こちらこそお手間をかけてしまい申し訳ないです。言っていただければ甲冑も脱ぎますので。あ、それは人間の方がつけても魔力を吸い取られるだけで戦闘には不向きだと思いますよ」


 私は天使の脱いだ甲冑を興味本位でつけてみようかと思っていたのだけれど、天使のその言葉で躊躇してしまい、結局はその甲冑を身につけることはしなかった。


「あの甲冑はそんな効果もあるんですね」

「ええ、我が主は用心深い性格ですので、神の子以外に自分の戦闘用具を利用されたくないみたいですね。それなので、敵対勢力に我が主が与えてくれた武具が渡ることはないのです。使うにしても自信への負担の方が大きくなってしまいますからね」

「へえ、それは恐ろしい事で。では、サクラさんも見ている事ですし、さっそく始めさせていただきますね」


 そう言ってアイカが取り出したのは一冊のノートとメジャーだった。何をするのかと思って見ていると、天使のサイズを一通り測り始めていた。それがいったいどういう意味を成しているのかわからないけれど、とにかくアイカは天使のサイズを測りに測っていた。


「ちくしょう。なんで天使の方が私より胸が大きくてウエストが細いんだよ。インナーシャツの厚さがどれくらいかわからないけれど、それでも負けてるってどうい事だよ。事前に聞いていたみさきのサイズも負けているし、私はどうしたらいいんだよ」

「知らんがな」

「へんっ。サクラは立派な物がついていらっしゃるからいいですよね。転生する前もそうだったのかしらね。ヤダヤダ、こうなったら次のみさきに託しておくわ。またやってくるけど、それまでは死んじゃダメよ」


 アイカは少しだけ怒っていた様子で部屋から出て行ってしまった。その後にやって来たみさきは天使に全く興味が無いらしく、正樹がこの中で何をしていたかといった事だけが気になるようだった。あさみもこれと言って天使に聞きたいことはないらしく、運命の出会いというものがあるのか相談をしていた。この天使曰く、運命の出会いは偶然ではなく必然であり、タイミングを逃したとしても別のタイミングがいくつもやってきて最終的には結ばれるらしい。結ばれた後の事は二人の気持ち次第という事で、そのまま運命が続くのか別れるかは本人次第との事だ。


 一通り終わってそろそろ本日の尋問は終わりにしようと思っていたのだけれど、最後に正樹が部屋に入ってきた。


「ごめんなさい。最後にちょっとだけ時間を頂いてもいいですか?」


 正樹は手に持っていた二つの袋の口をそれぞれ天使の左右の腕にはめると、その口を堅く縛っていた。袋は二の腕まですっぽり覆っていたのだけれど、その中身が何なのかはわからなかった。


「ねえ、アレって何なの?」

「アレは袋ですよ。中身はちょっと特別な感じですけど、明日また僕の番になったら外しますね」


 袋の中身はわからないけれど、私達が部屋を出ようとしたときに、今まで聞いた事も無いような天使の絶叫が聞こえてきた。私は気になって振り返っていたのだけれど、正樹は全く気にしていない様子で部屋から出て行ってしまった。

 あの袋の中身が何なのかは明日になればわかるのだろうが、その答えを知るのは何か恐ろしい気がしてならなかった。

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