第18話 天使狩り
天使を呼び出す必要があったのだけれど、その方法は誰も知らないのだ。学者であるアイカさんが調べてみても、その方法はわからなかった。天使を討伐することが当面の目標ではあるのだけれど、それを行うにも天使に出会えなければ意味が無いのだった。そんな私達の悩みを解決する方法は意外な事だった。
「堕天使ルシファーがこの神殿に何の用だ」
何か天使に出会うヒントでもないかと遺跡と化している神殿跡に訪れた時、急にそれが起こった。天使に出会うためのヒントを探しに来ていたのに、天使そのものに遭遇したのだ。これは私も驚いたけれど、みさきもあさみもアイカも驚いていた。正樹とミカエルは驚いていなかったのだけれど、ルシファーは特に何も感じていないようだった。
「我が主の意に背いた罪を今その身で知るといい!!」
突然現れた天使は私達の事など目にも入っていなようで、ルシファーに向けて高密度に錬成された多重魔法を放った。ルシファーに触れた魔法は周りの光を収束していきそのままルシファーの体を巻き込んで爆発した。
「え、いきなり、なんで?」
私は突然の出来事で言葉も出ないし思考もまとまらなかった。他のみんなを見てみても似たような反応だったけれど、正樹とミカエルは相変わらず何も感じていないような様子だった。
舞い上がっていた土煙が晴れてくると、その中にルシファーの姿を見ることが出来た。その体は傷一つなく、あれだけの爆発の中心に居たはずなのに多少の土埃がついている以外は変化もなかった。変化は無かったのだと思ったけれど、その背中には十三枚の羽が綺麗に輝いていた。
ルシファーが攻撃してきた天使を睨むと、その天使は再び魔法攻撃を繰り出そうとした。だが、その魔法は発動する事も無く、一瞬で目の前に移動したルシファーに両手を掴まれてそのまま私達の方へと連れてこられた。
ルシファーに掴まれた天使はどこか照れ臭そうに俯いていたのだけれど、私達の目の前までくるとわからない言葉で何かわめいていた。
「えっと、ルシフェル様に触れられて興奮しているみたいなんっスけど、この人達にもわかる言葉で話して欲しいんっスけど?」
「バカじゃないの、堕天使ルシファーに触られたからって興奮なんてしてないよ。ってか、あんたミカエル様に似ているけど、誰なの?」
「自分はミカエルっス。本人っすよ」
「そんなわけないでしょ。ミカエル様って私より体も大きくて戦闘力だって比べ物にならないくらいだったし。そっかそっか、ミカエル様に憧れて近付こうとしている駆け出しの天使なのね。うんうん、その気持ちはわかるよ。わかるけどさ、私の目は誤魔化せなかったね。残念残念」
「いや、そいつはミカエル本人だぞ」
「は?」
「だから、そいつはミカエル本人だって」
「なんでミカエル様がこんなちんちくりんになっているのよ」
「こいつを殺した後に命を与えたからかな」
「ホント何言ってんの。それじゃあ、生き返らせるのに失敗したって事じゃない。私達の戦力を削ぐためにそこまでするんだ。そっか、そうしないと私達に勝てなくなっちゃうもんね」
「それは違うっス。ルシフェル様は自分たちを生き返らせてくれたんじゃなくて、新しい命を与えてくれたっス。それによってある程度は自分で行動出来るようになったっス」
「え、ミカエル様も主を裏切るってことですか?」
「違うっス。自分の中でも主は絶対っス。ただ、人類を救済する手段はもっとたくさんあってもいいだけだと思うだけっス。意にそぐわない人達でも説得すれば考えを改めてくれると思うっス」
「あなた、本当にミカエル様ですか?」
「これがその証明っス」
そう言ってミカエルは自分の背中を天使に見せると、その天使は納得している様子だった。しかし、何かを深く考えているようで、私達の方を一瞬だけ見た後に再びミカエルの方に体を向けた。
「ところで、ミカエル様は何で堕天使ルシファーと一緒に行動しているんですか?」
「それなんっスよ。自分はまたルシフェル様と一緒に主にお仕えしたいっス。そのためにもルシフェル様を元に戻したいんで一緒に行動しているっス」
「甘いですよ。一度でも主に背いたらその罪は消えません。それに、いつまでも私の手を掴むのはやめていただきたいのですが」
「いや、君の攻撃は全く効かないし一切効果が無いんだけど、環境に良くなさそうだから警戒はしているんだよね。攻撃しないって言うなら話すけど、約束できるかな?」
「わかりましたよ。わかりました。攻撃なんてしませんから手を離してください。いいですか、私は天使なんですし一度した約束は守りますよ」
「それならいいんだけどさ、じゃあ、無駄な抵抗はしないでね」
心配そうに集まってきた私たちの見ている前でルシファーはその手を天使から話したのだけれど、その天使が一歩後ろに飛びのくと、両手を広げてルシファーに向けた。
「ははは、バカだなお前は。私は約束は守る。契約は守る。だが、堕天使や悪魔との契約など無効だ。そんな契約は不成立だ。せめてもの情けで苦しまずに殺してやるよ」
「やめといたほうがいいと思うけど、そんな事しても無駄だからさ」
「余裕ぶってんじゃないよ。私達がお前を殺すために開発したこの魔法を食らってみろ。この魔法は悪を滅して無に帰すのだ。ははははは、その自信を一瞬で打ち砕いてやるわ」
ルシファーの体に向かってどこからか無数の羽が舞い降りていた。その羽の一枚がルシファーの体に触れると魔力を吸収しているように見えた。その羽が一枚二枚と次々にルシファーの力を奪っているようなのだが、ルシファーはその場を動こうとはしなかった。
「そうだ、観念してその場を動くなよ。お前の力を使って主の意志に背くものを成敗してくれるわ」
「なんてことをしてるんっスか。このままだったらルシフェル様の力が無くなってしまうっスよ」
「いいじゃないですか。手始めに、この狂っている世界に秩序を取り戻してあげますよ。ミカエル様だってその方がいいと思っていらっしゃるんでしょ?」
「確かに、この世界は規律といったモノは存在していないかもしれないっスけど、ルシフェル様の絶対的な力のお陰で秩序は保たれているっス」
「何を言っているんですか、我が主がもたらすもの以外は邪道です。そんなものを認めてはなりません。心は幸福感に満たされていないのですよ。人類は怠惰な生き物なのですよ。我々がしっかり管理しないと再び失敗をするだけですよ」
「そんなことないっス。人間は我々と違って成長していくことが出来るっスよ。それによって自分たちの見つけられなかった幸福を見つけることも出来るはずっス」
「どうしたんですか、ミカエル様も堕天してしまったんですか?」
「そんなことないっス。自分は今でも主を信じているっス」
「おかしいですね。私の知っているミカエル様はそんな事言わなかったと思うんですが、堕天使ルシファーの影響を受けているんじゃないですかね。あなたもあの堕天使と同じ目に遭ってもらいますよ」
ミカエルもルシファー同様羽に覆われているのだけれど、その羽はミカエルの体に触れることが無かった。
「その羽がミカエル様を避けているという事は、その心も力も清いままなのですね。清いままだとしたら、どうしてそのような考えに至るのか納得できないです。なぜです?」
「それは自分でもわからないっス。ただ、この人達と一緒にいると何となくそう思えたっス」
「そうか、ミカエル様を惑わしていたのは堕天使ルシファーではなくお前達だったんだな。その命で償いきれると思うなよ」
天使は私達の方へと歩いてきたのだけれど、私達の近くに来る前に顔面を殴られて吹っ飛んでしまった。
「どんな技なのか気になってくらってみたけれど、たいしたことないじゃないか。それに、サクラに手を出そうとするなよ。殺すぞ」
「なんで、なんでお前は平気なんだ?」
「なんでって言われてもさ、お前の技は効かないって言っただろ?」
「そんなのは理由になってない。答えろ、私の魔法は対悪魔ように開発されたんだ。悪魔の力を吸い尽くして滅殺するんだ。悪魔のお前は死ぬはずなんだ」
「ごめん、俺は悪魔じゃないよ」
「そうっス。堕天使になっているだけで悪魔ではないっス」
「へ?」
「確かに、俺の中にいた悪魔たちは多少弱ったかもしれないけど、そんなに影響はないかもな。もしかして、お前の力が足りてないんじゃないか?」
「そんなことはないはずだ。あんなに実験を繰り返して悪魔を消滅させることも出来たのに。お前は何かいかさまをやっているんだ」
「一つ聞きたいんだけど、その実験ってどこでやったんだ?」
「我々の住む世界だ。そんな事もわからんのか」
「あ、それが原因だろ。あの世界は悪魔にとってきついからな」
「どういうことだ?」
「ああ、自分が説明するっスね。自分たちがもともと住んでる世界は神界とでもいえばいいと思うんっスけど、その世界の大気は悪魔にとって猛毒といえるっス。神聖な力に満ち溢れているから仕方ないっスけど、そんな中にいたら悪魔は弱ってしまうっス。そんな弱った状態の悪魔の力を吸収したら存在そのものが消えてしまってもおかしくないっス。つまり、この世界では弱らせることは出来ても存在を消滅させることまでは出来ないっス」
「そんな、私の力ではなくてあの世界の力だと言うのか?」
「そうっスね。君は弱くないし、サクラさん達は手も足も出ないと思うっスけど、それでもその魔法で消滅させることは出来ないと思うっス。この世界ではその程度の魔法でしかないっス」
自信満々でルシファーに対峙していた天使ではあったけれど、今は両肩も落ちて自信は一切ないようだった。切り札と思っていた魔法が思っているよりもずっと効果が無いというのはショックが大きいのだろう。それは仕方ない事だが、ルシファーはどれだけ強いのかも気になってしまった。
「ねえ、学者としてあの天使を調べたいんだけど良いかな?」
「え、良いと思うけど、ミカエルとルシファーにも聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「あたしはわからないけど、まー君はどう思うかな?」
「そうだね。僕も調べるのは賛成だよ。どこを攻めれば簡単に壊れて、どこが丈夫なのかは調べる価値もあるよね」
「私はどっちでもいいわよ。皆についてきているだけだしね」
結局のところ、天使の事は色々と調べる事にしたのだけれど、正樹の確認したいことは残酷すぎるという事で却下することになった。そもそも、この天使だけを調べただけで全ての天使がそうだとは言い切れないだろうからだ。
見た目では完全にわからなかったけれど、この天使は女性のようだった。ほぼ平らな胸だったのだけれど、それを知ったみさきとアイカさんは一転してこの天使の擁護をし始めていた。最初のうちは気丈にふるまっていた天使ではあったけれど、その胸の大きさを指摘されると、途端にしおらしくなってしまった。
なぜか、みさきとアイカさんと天使は私とあさみを睨みつけていた。睨みつけているのだけれど、その視線は私達の顔に向いてはいなかった。
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