第16話 天使と知識

 エミリは何度も何度もみさきに謝っていたけれど、みさきはそこまで気にしていないようだった。もともと戦闘が得意なタイプではないからなのだろうけれど、戦う事にそれほど拘りを持っていなかったからだろう。エミリの話では、みさきだけだとそれほど脅威は感じていなかったらしいのだが、その攻撃にあさみの歌が加わると攻撃のリズムとテンポが変化している上に的確に急所を狙う攻撃になっていたそうだ。なぜかみさきの攻撃はあさみの歌よりもテンポが速くなっていくようで、歌に合わせて避けていると攻撃を裁けなくなってしまっていくとの話だった。みさきはあさみの歌に合わせて攻撃をしているだけなのだと思っていたけれど、そのリズムに慣れてくると勝手にアレンジして打撃を増やしていくとも言っていた。ルシファーも似たような事は言っていたと思う。


 結局、エミリはみさきと一度戦っただけで満足できたようで、最後までみさきに謝罪をしていたのだった。あの戦いを見ていた人達の中にみさきの強さを理解できた人はほとんどいなかったと思うけれど、エミリが帰った翌日に統一法王庁から『二級闘士』の称号がみさきに付与されたのだった。二級闘士の称号はそれほど位の高いものではないのだけれど、統一法王庁から認められているという事実の影響力は私が思っているよりも大きい物であった。一番大きな変化は、天使であるミカエルと住人が普通に会話をするようになったことだ。ミカエルは人類に対してそれほど偏見も持っていないというのがわかると、街の人達も普通に接してくれるようになっていった。


「自分は天使ってだけで白い目で見られたりもしてたっスけど、みさきのお陰でそれが無くなったっす。次はみさきの力で我が主に抱かれている誤解も解いて欲しいっス」

「ミカエル、それは無理だと思うぞ。俺はこの世界の人間よりもあの神について理解しているけれど、あの神が人類と理解し合うなんて不可能だ」

「ルシフェル様は何を言っているっスか。理解し合うんじゃなくて人類が我が主の事を理解すればいいんっスよ。我が主が人類の事を理解する必要なんてあると思いますか?」

「あのね、ミカちゃんが何を言いたいのかあたしにはわからないけれど、理解し合おうという気持ちが無くて、一方的に自分の事を理解しろだなんて勝手すぎないかな?」

「何言ってるっスか、この世界のもとを創ったのは我が主なんですよ。創造主なんだからその意向に従うべきっす」

「この世界を一から創りかえたのは俺なんだけどな」

「確かに、今の世界に作り替えたのはルシフェル様かもしれないけれど、何もない無から作り出したのは我が主なんっス。それは紛れもない事実っス」

「そんな事はどうでもいいんだけど、これからどうしようか決めましょうよ。今のところ、何をするかも決まってないんだしさ」


 私が止めなければミカエルの暴走はいつまでも続いていただろう。正樹はその事にも全く関心が無いようだったし、あさみは楽しそうに鼻歌を歌っている。本心はどうかわからないけれど、ミカエルを窘めようとしていたみさきだって面倒に思っていそうだった。

 統一法王庁から頂いた書簡を見ていると、二級闘士として行うべきことが書かれていたのだった。


一、二級闘士たるもの弱者を救済せよ

二、二級闘士たるもの唯一神一派を討伐せよ


「唯一神が弱者だったらどうするんだろうね?」

「我が主が弱者なわけないじゃないっスか!!」

「でも、ルシファーには負けてるんだよね?」

「それはルシフェル様が強かっただけで、我が主が弱者って事にはならないっス」

「それについてはルシファーはどうお考えかな?」

「そうだな、俺が戦ったのはあくまでもアレの一部でしかなかったと思うけど、本気でやり合っても負けないんじゃないかなとは思うよ」

「ルシフェル様は色々取り込んでいるからそう思ってるだけっス。二番目に強い人が一番強い人に負けたって弱者とは言わないっス」

「お子様天使なのに面白い事を言うんだね。天使ってもっと高圧的で会話も成り立たないのかと思ってたよ」


 いきなり街の住人が話しかけてきたのかと思っていたら、その人は明らかに服装が住人のそれとは違っていた。どこからどう見ても学者といった出で立ちの女性は自身の眼鏡を少し上にあげながら私達をじっくりと観察していた。その眼は私達の力量を測るかのように鋭い物であった。


「ごめんなさい。興味深い話をしていたので、あなた方の話に割り込んでしまいました」

「いえ、それは構わないのですけど、どちら様ですか?」

「紹介が遅れましたが、私は統一法王庁の司祭様から派遣されました学者の愛華と申します。主に、この世界の研究をしております。お困りの事がございましたら何なりとお尋ねくださいませ」

「は、はあ。派遣ってどういうことですか?」

「私は統一法王庁内で文献を全て読み漁っていたのですが、それだけでは知識欲を満たすことが出来ず、外に出て実地調査をしたいと思っていたのです。そんな時にちょうど皆さんがいらっしゃいまして、司祭の方に無理を言って私を派遣するようにお願いしたのです。皆さんにとっても私の知識は役に立つと思いますし、私も皆さんと一緒に行動することで得る知識は無限の可能性が広がっていると思うのです。あ、私の同行を許可していただけるのでしたら、統一法王庁を通して各法王庁から資金援助を得ることが出来るのですが、いかがでしょうか?」

「うーん、正直に言うと、金銭面で困っていたことはないんだよね。どこからかルシファーがお金を持ってきてくれるから、最低限の食事と寝床は確保できているからさ」

「そうなんですか、それは結構な事だと思いますが、私の知識と各地に散らばる法王庁が協力的になる事はプライスレスっしょや」

「それは魅力的なんですけど。……もしかして、アイカさんって転生者ですか?」

「どうしてそう思うのですか?」

「いや、だって。他の学者の方と服装も違うし、話し方も何だかこの世界の言葉ってよりも方言が混ざっている感じですし」

「そうなんですよ。私も転生者なんですけど、学者になってしまったばっかりに誰も仲間になってくれずに孤独に旅をする事になってしまったんです。戦闘能力が皆無だったので私を仲間に入れてくれる人は誰もいなかったのですが、勇気を出して外に出てみると、戦闘能力なんて関係ない世界だったじゃないですか。魔物なんて襲ってくるどころか、学者の私を見つけると勉強を教えろとうるさいくらいで。今では人類の友人よりも魔物の方が知り合いが多いくらいですし。そんな時に法王庁の方と知り合って多くの事を学び、三年くらい前に統一法王庁で働くことになったんです。詳しい話は次の機会にでもゆっくりお伝えいたしますね。そんなわけで、私も仲間に入れて欲しいっしょや」

「私一人で決められることでもないですし、みんなに相談してみない事には」


 そう言って私が振り向くと、アイカさんの仲間入りを拒否しているような人は誰もいなかった。それもそうだろう、現状でこの世界を一番理解しているルシファーですらこの世界の事をどれだけ知っているか怪しいものだ。文献だけとはいえ、この世界の事を詳しく知っているし、学者という職業柄ももっと多くの知識を得て私たちを助けてくれる可能性が高いはずだ。


「わかりました。これからお願いします。派遣って事ですけど、期間はどれくらいですかね?」

「期間?」

「ええ、派遣の契約期間です」

「それは司祭の方から何も聞いてないんですけど。契約書とかも無いしどうしましょう?」

「じゃあ、アイカさんの知識欲が満たされるまでにしましょう」

「それって、実質終身雇用じゃないですか、良いんですか?」

「私達もお互い特に契約しているわけではないですし、同じ転生者同士仲良くやっていきましょうよ」

「本当に助かるわ。私の見立てによると、ルシファーさんがいれば危険な目に遭う事はまず無いっしょ」

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