第15話 歌や踊り

「エミリは今すぐ戦いたいのです。お姉さんの仲間は本当に強いのでございますか?」

「うん、とても強いんでエミリさんはびっくりしちゃうかもしれないよ。それでもいいのかな?」

「そんなに強いんならエミリも本気で戦えそうです。ユウキも猫沢もエミリより強い人はたくさんいるって言ってたから楽しみです。強い人と戦えるの嬉しいです」

「でもね、私の仲間が戦いたくないって言ったらごめんね」

「その時は仕方ないです。エミリもワガママ言いたくないんで我慢するです」


 いつの間にかエミリさんを連れて行く流れになっていたのだけれど、本当に良かったのだろうか?

 それにしても、司祭が戦いを好むというのはこの世界でも珍しい事なのだろうか。私のイメージする司祭は闘いとは縁遠いのだが、他の二人を見た限りでもエミリさんは特別なような気がしていた。それにしても、こんなに小さな体で好戦的なのは少し心配になってしまう。


「ねえ、ユウキさんと猫沢さんの他の司祭の人ってどこかに行っているの?」

「ん、二人の他はエミリだけです」

「えっと、12人の司祭がいるって聞いていたんだけど?」

「それは、エミリが10人分って事です。他にいた人達は皆エミリと戦ってどこかに行っちゃいましたです」

「そうだったんだ。じゃあ、今は三人だけで活動しているのかな?」

「エミリたちの他にも色々と手伝ってくれている人はいるです。と言うか、エミリたちはほとんど何もしてないです。たまに話を聞いたりするだけです。エミリはその話がわからない事ばっかりですが、頑張って聞いてるです」

「そうなんだ、それは大変だね」


 私は司祭が何をしている人なのか知っているわけではないけれど、エミリさんから聞いた話は普通の司祭とは違うような印象を受けた。そもそも、司祭や神官は戦わないのではないかと思ってみたけど、私の知っている宗教とは違う世界の宗教なのだからそういうものなのかもしれない。


 そのまま正樹とエミリさんと三人で街の方へと出て行くと、すれ違う人すれ違う人がエミリさんに気さくに話しかけていた。まるで自分の子供の用に話しかけている人もいれば、本当に尊敬している先生に話しかけているような感じの人もいた。小さな子供にしか見えないエミリさんの多面性がそんなところからも感じることが出来た。

 そのまま大通りを歩いていると、カフェのテラス席で休んでいるみんなの姿を発見したのだった。私が気付いたと同時にみさきも気付いたようで、私達に手を振っていた。と言うか、正樹に向かって手を振っているようにしか見えなかった。


「なあ、あの人がエミリと戦ってくれる人ですか?」

「一応ね。戦えそうなのは手を振っている女の人と、その奥にいる男の人だよ」

「へえ、二人同時に戦うのは難しいかもしれないですけど、どっちかずつなら大丈夫かもしれないです。あの二人がエミリと戦ってくれるといいです」

「多分大丈夫だと思うけど、ちゃんと二人に聞いてみないとね。お姉さんの方はここにいるお兄さんに聞いてみたら大丈夫だと思うけど、あっちのお兄さんの方は戦ってくれないかもしれないよ」

「あのお兄さんは戦わなくても大丈夫です。エミリも自分の実力位わかってるです。あのお兄さん相手だったら何回生き返ったって勝てないのわかるです。強さの次元が違うと言うか、同じ空間にいるだけで体が締め付けられる感じがしてしまうです。出来る事ならこれ以上近付きたくないです」

「そんなに怯えなくてもあのお兄さんは怒ったりしないから大丈夫だよ。普通に仲良く接していたら怖くないからさ」

「そういう意味じゃなくて、エミリは自分と相手の力の差がわかるです。あのお姉さんが一人だったらエミリは絶対に負けないですけど、あのお姉さんと横にいるお姉さんが二人一緒だったらエミリは負けるかもしれないです。それくらいあのお姉さん達の相性はいいみたいです。それとは別に、あのお兄さんにはエミリとお姉さん達が協力しても勝てないと思うです。もしかしたら、エミリが今まで戦ってきた人の力を全部合わせても勝てないかもしれないです。というか、あのお兄さんって人間じゃないですよね?」

「うん、あのお兄さんは堕天使だよ。職業を決めてもらうときにそう言われていたからね」

「堕天使ってあのお兄さんはもともと天使だったんですか?」

「どうなんだろう。詳しい話は聞いたこと無いけど、ミカエルの話を聞いたところによると、そうだったっぽいけどね」

「ミカエルって大天使の名前です。私もその大天使と戦ってみたいです。どこに居るですか?」

「エミリさんが見ている堕天使のお兄さんの隣にいる小さい子だよ」

「アレがミカエルですか?」

「うん、アレがミカエルだよ」

「エミリが倒したい大天使があんなのだったなんて拍子抜けです。なんであんなに弱そうなんですか。天使が少なくなってきたとはいえ、あの程度で大天使だなんてエミリは悲しくなってきました」

「あのね、本当にこれは聞いた話なんだけど、あのミカエルは一度堕天使のお兄さんに殺されてしまったんだけど、その時に力の大半を失ってしまって生き返った時にはあの姿になってしまったんだってさ」

「それなら仕方ないです。エミリはあのお姉さん達で我慢するです」

「エミリはあのお姉さん達と戦いたいって言うなら、僕が協力してあげるよ。あのお姉さんは僕の彼女だし、君には負けないと思うからね」

「お願いしますです」


 私達は皆と合流するとみんなにエミリさんを紹介して、エミリさんにはみんなを紹介した。その流れでみさきにエミリさんと戦ってほしいとお願いしてみたのだが、正樹が説得する事も無く岬はその申し出を受けてくれた。自分の力を試してみたいのかと思っていたけれど、みさきはエミリさんと遊んであげる感覚でいるようだった。

 実際にエミリさんがどれくらい強いのかわからないけれど、あれだけ自信満々なのだから相当強いのではないだろうか。みさきはその事を知らないし、私自身も半信半疑だったりする。


 街の中心部から少し離れた場所にある闘技場で戦う事になったのだけれど、そこまで移動している間にも街の人達はエミリさんに声援を送っていた。エミリさんがよほど人気なのかこの街には他に娯楽が何もないのではないかと思うくらいの人が闘技場に押しかけていた。あまりにも人数が多すぎたためか、最初に使おうとしていた学校の体育館位の大きさの会場ではなく、大規模な大会を開けるのではないだろうかと思えるような場所に移動することになってしまった。


「こんなに見ている人がいるなんてあたしちょっと緊張してきたかも。そもそも、あたしって戦闘向きじゃないと思うんだけどね。あたし達ってか弱い女の子だからまー君に守って貰わないといけないのに、人前で戦っちゃってもいいのかな?」

「大丈夫じゃないかな。それに、戦っているみさきの事をしっかり応援させてもらうからね」

「ありがとう。まー君が応援してくれたらあたしは実力以上の力を出すことが出来ると思うわ」

「ケガだけはしないように気を付けてね」

「うん、戦いが終わったら一杯褒めてね」


 みさきは正樹に笑顔を向けて手を振りながら舞台へと上がっていった。そこに少し遅れてエミリさんがやってくると、詰めかけていた観衆が一斉に声をあげた。応援している者、罵倒している者、何を言っているのかわからないけれどとにかく叫んでいる者。多くの人達の声が会場全体を包み込んで地鳴りのように響いていた。


「お姉さん一人じゃなくてもう一人のお姉さんと協力していいですよ。その方がエミリもちゃんと戦えると思うです」

「あさみと協力しろって言われたって、あさみは歌う事しか出来ないじゃない。いや、他にも出来る事はいっぱいあるけど、戦闘に関しては歌う事しか出来ないじゃない」


 同じことを二回言ったけれど、そんなに大事な事だったのだろうか?


「エミリが見たところだと、お姉さん達は協力し合った方が強い力を出せるです。エミリも相手が強い方が嬉しいです。お姉さん達は協力し合った方がいいです」


 あれ、この子も同じことを二回言ったけど、そんなに大事な事なの?


「まあいいです、お姉さんがそれで良いなら始めるです」

「あんまり乗り気じゃないけど、まー君のお願いだから戦ってあげるね」


 みさきは独特のリズムで踊りながらも、エミリさんの隙を見つけては攻撃を繰り出していた。攻撃を繰り返しているのだけれど、その攻撃は全て空を切り、まるで二人は激しい踊りを踊っているようにしか見えなかった。その後もみさきだけが攻撃を繰り出しているのだけれど、エミリさんも独特のリズムを刻んでその攻撃を全て避けきっていた。エミリさんの動きはそれほど早くないと思うのだけれど、みさきの攻撃は全て予知しているかのように避けていた。


「今のお姉さんじゃエミリに勝てないです。あのお姉さんに歌を歌ってもらうといいです。その方がエミリも見ているみんなも楽しめますです。早く歌ってもらうといいです。……あ」


 エミリさんはみさきの攻撃を全て避けながら話しかけていたのだけれど、その途中で繰り出した初めての攻撃である右フックがみさきの左頬に綺麗にヒットしていた。踊りながら攻撃していたみさきにとっては思いがけないところから飛んできた右フックが綺麗にカウンターヒットしてしまった形になり、みさきはその場に腰から崩れ落ちてしまった。意識ももうろうとしているようだが、思わぬ形で攻撃をしたエミリさんもなぜか動揺しているようで追撃はしていなかった。みさきは意識が混濁しているように見えるのだけれど、そのまま倒れ込むようにエミリさんに抱き着いてこれ以上攻撃を食らわないようにクリンチの体勢になっていた。


「あのままだったらミサちゃんやばいかもしれないね。マサ君も固まってないで声出して応援しなさいよ。私も応援歌歌うからさ、他のみんなも黙ってないで応援しなきゃダメだぞ」


 あさみのその言葉を聞いた正樹は声が涸れても気にならないのかというくらいの声を張り上げて応援していた。ルシファーはいつも通りで応援なんてしていなかったけれど、ミカエルはその眼に涙を浮かべながら応援していた。それはなぜなんだろうか?

 私も声が出る限り応援していたのだけれど、ここから見てもみさきの目は焦点が合っていないように見えるのだ。そんな状況で闘いを続けるなんて無理な話だと思うし、ましてやそれを踊りながらこなすなんて不可能だろう。そう思っていたのだけれど、みさきは応援しているあさみの歌声に反応して、あさみの歌のリズムに合わせてゆっくりと攻撃をし始めた。


 みさきの攻撃は速さも力強さも無いのだけれど、エミリさんが完全に避けたと思ったところからも伸びていたのか、攻撃が徐々に当たりだしていた。不思議なもので、無意識の中でもあさみの歌声に反応して攻撃を繰り出しては、そのうちの何発かが当たるようになっていった。威力は全然ないのだけれど、みさきの攻撃が当たるたびに、エミリさんを応援していたはずの観客も歓声を上げていた。

 試合時間もルールも何も決めていないこの試合を止めるにはどちらかが負ける事しかないのだけれど、今のみさきは意識は無いものの攻撃はやまないのだ。完全に意識が飛んでいるので負けと言われればどうしようもないのだけれど、戦っているエミリさんの動きを見ると、みさきの意識が完全に戻るまでは回避行動に専念しているように思えた。観客もそれを十分に理解しているためか、回避に専念しているはずのエミリさんにみさきの攻撃が当たるごとに大きな歓声をあげるようになっていた。威力は無いけれど、確実に攻撃を当てている今の姿は凛々しくも勇ましく見えていた。


 あさみの歌が一瞬止まったのと同時に、舞台の上のみさきは意識を取り戻したようだった。


「ちょっと、あたしの意志とは関係なく動いていたんですけど?」

「ごめんごめん、ミサちゃんが意識を失っていたほんの一瞬の間から歌で応援させてもらってたよ」

「意識を失った一瞬でそんなことするなんて怖いわ。でもね、あさみの歌声を聞いて体を動かすのって、なんか気持ちいいかも」

「さあ、私とミサちゃんの力を合わせてちびっこ司祭ちゃんを倒しちゃうぞ」


 あさみが歌う歌がテンポの速い激しい歌に代わったのだけれど、それと呼応するかのようにみさきの攻撃も激しく力強いものになっていた。先ほどみたいに当てることが出来ればエミリさんはひとたまりもないだろう。それくらい激しい攻撃が続いていた。それなのに攻撃がエミリさんに当たることはなかった。それどころか、徐々にできていた小さな隙を見つけたエミリさんが再び右手を振り抜くと、今度はみさきの顎先を綺麗にかすめた。みさきはそのまま膝から崩れ落ちると、今度は歌に反応することも出来なくなっていた。


「ごめんなさいです。あそこまで強くなるなんて思っていなかったです。ついつい力を入れてしまったですけど、こうしなかったら私がやられていたです。最後の攻撃は、ちょっと怖かったです」


 そう言ってから観客に頭を下げているエミリさんがいた。その横で動かなくなっているみさきに向かって正樹は誰よりも先に駆け寄っていた。私も駆けだしたい気持ちはあるのだけれど動くとが出来なかった。そんな私よりも先に動いていたのはルシファーだった。

 みさきを見たルシファーは私に向かって親指を立ててきたのだけれど、それが大丈夫という合図なのかリンネを呼んで生き返らせたという合図なのかはわからなかった。わからなかったけれど、私の横で大声を出して泣いているミカエルを見ると、私も少し泣きそうになってしまった。


 あさみはなぜか子守唄を歌っていた。

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