第14話 街の中でのヒトトキ
サクラ達が統一法王庁の中で何かをしているのだけれど、俺たちはその中に入ることが出来なかった。無理をすれば入ることは出来ただろうけれど、この世界の大半を敵に回してしまいそうな感じがするので、それを実行することはなかった。無理にでもやろうと思えば出来たのだけれど、それをしなかったのはサクラの為になると思ったという事もある。
俺はあの場所でサクラに会ってから一人になることが無かったので、束の間の孤独を楽しもうと思っていたのだけれど、天使狩りに遭いそうになっているミカエルに頼まれて一緒に行動することになってしまった。案内された部屋から出て数歩の時点でミカエルは何者かに襲われてしまったのだ。この街では天使と言えば狩るべき対象として認識されているらしく、今は幼い子供の見た目になっているミカエルですらその対象になっていたのだった。反撃をすればここの住人くらい何とでも出来そうなのだけれど、人との共存を望むミカエルはそれを良しとしなかったのだ。住人はそのような事は全く感じていない様子だったのだけれど、それでもミカエルは攻撃が止んだことで満足そうだった。
ミカエルと二人でこの街を散策でもしようと思っていたのだけれど、みさきとあさみの二人も俺の側を離れようとはしなかった。それはなぜだろうと持っていたのだけれど、単純に考えて二人はこの街で使える金を持っていなかったのだ。二人には半日と言わずに一日は遊べそうなくらいのお金を渡したのだけれど、それでも二人は俺の側から離れようとはしなかった。
「どうした、もっと金が欲しいのか?」
「そういうわけじゃないけど、あたしはこの世界に来てからずっとまー君と一緒だったし、一人になるのがちょっと不安って言うか、お兄様も悪い人じゃないって知ってるからそばに居たいな。みたいな感じなの」
「お前もか?」
「私は一人でも平気なんだけど、君達と離れたら合流できないんじゃないかって思っちゃってさ。ほら、私って一人でいた時間が長かったからちょっとだけ不安になっちゃうんだよね。君達を信用してないわけじゃないんだけど、何となく一人になるのが不安だったりするんだよね。ルシファー君は一人でも平気かもしれないけど、女の子は孤独に耐えられないんだぞ」
「ちょっとあさみ、その言い方はあたしでも引くわ。ずっと孤独だったんじゃないの?」
「私はあなた達に会うまでは少し孤独だったかもしれないけど、それはみさきが今言う事じゃないよね」
「そうかもしれないね。ごめん、言い過ぎたかも」
「そんな、私こそ感情的になりすぎちゃったかもしれないわ。ごめんね」
「謝らなくていいのよ。あたしはあさみに会えてよかったと思うよ。まだ何もしてないかもしれないけどさ」
「私もみさきに出会えたのは奇跡だと思うよ。ずっとあのまま歌う事だけでこの世界を彷徨っていたかもしれないしね」
「あさみ!!」
「みさき!!」
俺はいったいこの二人に何を見せられているのだろうか。考えても仕方ないのだけれど、隣を見るとミカエルも俺と同じような感想を持っていそうだった。
「ねえ、あたしは喉が渇いたんだけど、お兄様は乾かないかしら?」
「俺は別に渇いていないけど、何か飲みたいのか?」
「あら、奢ってくれるなら頂こうかしら。あさみも一緒に頂きましょうよ」
「私まで頂いていいのかしら、それなら遠慮せずに頂くわ」
「別にいいんだけどさ、いい感じのところが無かったら鉄の男に小屋でも作ってもらってそこで何か飲むことにするか。ミカエルも遠慮しなくていいよ」
「自分もいいんっスか?」
「ああ、お前が俺に借りを作ることになるわけだけど、それでも良いなら好きな物頼んでいいぞ」
「ありがたいっス。堕天使になったとしてもルシフェル様は自分の知っているルシフェル様っスね」
「お前たちの為ってわけでもないけど、たまにはゆっくりする時間も大切だろうからな。それで、良い店は見つかりそうか?」
「ちょっと待ってくださいっス。自分は人間の飲食物は口にしたことが無いからわからないっスけど、あそこの店はいい感じじゃないっスか?」
「ミカエル君、あそこは大人の男の人が行くような店だよ。飲み物を飲むような店じゃないんだよね」
「そうなんっスか。自分にはイマイチ人間の区別がついていないんですまないっス。でも、皆さんの事は区別つくっスよ」
「そんな感じなんだな。私も天使の区別がつかない時があるんだけど、それは単純に勉強不足だと思うんだよね。でも、ミカエル君ならどこに居ても見つけられる自信があるんだぞ」
「へえ、自分はそこまでの自信が無いから羨ましいっス。正直に言うと、あさみが仲間になってからはあさみとサクラの区別がつかなかったっス」
「あら、あたしは他の二人と違ってミカエル君の印象に残りやすかったのかな?」
「はい、女の人なのにお胸が男の人みたいだったから区別ついたっス。それに、踊り子の人は他にも何人か見たことあるっスけど、みさきみたいに動きやすそうな体をしている人は他に見たことが無かったっス。みさきは凄いっス」
「ミカエル君、それ以上口を開くと後悔することになるけど良いのかな?」
ミカエルに向けられているみさきからの殺気はミカエルが襲われた時とは比べ物にならないくらい狂気を帯びていた。俺も少しだけ後ずさりしてしまうほどの狂気だった。それを見ているあさみはなぜか嬉しそうにニコニコしていた。それも少し不思議な感じだった。
「あさみも笑いるみたいだけど、何かおかしいのかな?」
「いや、そう意味じゃなくて、本当に仲が良いんだなって思ってさ」
「どこがそう思うのかな?」
「だって、みさきが可愛いからミカちゃんもそんな冗談を言えるんじゃない」
「冗……談?」
「みさきの可愛らしさを表現しようとしたけど、ミカちゃんは照れ臭くてそれを直接言葉に出来なかったんじゃないかな。完全に失敗してるみたいだけどね」
「そ、そうなのかな。それならミカエル君も素直に褒めてくれていいんだけどね」
「え、自分はそんなつもりでは、うっ」
ミカエルが何か言いかけていたけれど、それを止めようと駆け寄ったあさみがミカエルの腹部を鈍器のような物を思いっきり叩きつけていた。俺の角度からは見えているけれど、みさきの角度からはあさみが影になってその様子はわからなかったと思う。どこから取り出したのかわからない鈍器は何かの楽器のようであった。楽器なのに音が出ないのもどうかとは思ったけれど、楽器を使ってミカエルを攻撃しているのもどうかと思ってしまった。
腹部を強打されたため、ミカエルはあさみに抱き着くような形で前傾していたのだけれど、それを見たみさきは少しテンションが高くなっていた。
「ねえ、二人がいつからそんな関係だったの?」
「そんな関係って?」
「やだな、あさみは急にミカエル君に駆け寄ってったし、ミカエル君はそんなあさみを受け入れて抱きしめてるじゃない。もう、先に言ってくれたら良かったのに」
「ああ、そうね。言わなくてごめんね。でも、ミサちゃんとまさ君みたいなベストカップルではないかな」
「ベストカップル?」
「ええ、私が今まで見てきた中でも一番素敵なカップルだと思うわよ」
「そんなに素敵かな。自分では自覚ないけどなぁ」
「うん、凄い素敵だと思うよ。他の人達も嫉妬出来ないくらいお似合いすぎると思うし、いつ見ても美男美女だしね」
「そんな事無いよ。あさみだって可愛いんだし、すぐに良い人出来るって」
「私も、まさ君みたいな素敵な彼氏欲しいわ」
「ちょっと待って、その言い方って、まー君を狙っているって事じゃないよね?」
「待って待って、そんなつもりじゃないって。まさ君にはミサちゃんが一番似合っているし」
「一番ってことは、あさみは自分が二番目に似合ってるってことなのかな?」
「そうじゃないって、そんなつもりじゃなくて、私は本当に二人がお似合いだと思っているよ。どちらかが欠けてもそれはダメだと思うし、二人じゃないと変だって」
「何かごまかしているような気がするんだけど、本当にまー君の事興味ないのかな?」
「無いって、本当だよ」
「そんなに言い切るってことは、まー君に魅力がないって事かな?」
「違うよ。まさ君は魅力的だと思うけど、私の器ではとてもじゃないけどその魅力を受け止めきれないんだよ。世界中探しても、異世界中探してもミサちゃんとまさ君のカップル以上のカップルは見つけられないと思うんだけどね」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。ベストなんて言葉じゃ足りないくらいベストだよ」
「ええ、そんな風に思っていてくれたなんて、ちょっと恥ずかしいな」
「二人が幸せなら私達仲間も幸せだからさ、もっと幸せになれたら嬉しいな」
「ちょっとやめてよね。あたしだって幸せになりたいけどさ、そんなに人前でイチャイチャしてもいいのかな?」
「ミサちゃんとまさ君なら大丈夫だよ。関係ない他の人達も祝福してくれるんだぞ」
何だかよくわからない間にみさきとあさみが揉めそうになっていたけれど、いつの間にか二人の仲は戻っていた。あさみは人の懐に入り込むのが上手いようだが、それは仲間内でも十分に役に立つ能力と認定されるだろう。俺たちが一緒のパーティーを組むまでの間にそう言った技術を磨いてきたのだろう。アレよりも少しでも早かったり遅かったりするとみさきを宥めることはもう少し難しくなっていただろう。
そんな様子をいつまでも見ているわけにもいかないので飲み物を買いに行く事にした。他の人達が何を飲みたいのかも知らないし、とにかく美味そうな飲み物をいくつか買うことにしよう。サクラと正樹がいつ戻ってくるのかわからないため、二人の分は買っていないのだ。しかし、俺が思っているよりも二人の戻りが速かった場合は俺の分の飲み物を二つ分けてあげることにしよう。
飲み物をテイクアウトした俺であったけれど、どれも美味しそうで絞り切れなかったため、売上上位十種類を購入してみた。一人で十種類の飲み物を持つのは大変だろうと思っていたけれど、いつの間にかついてきていたミカエルに手伝ってもらう事で、飲み物を運ぶのは幾分楽になっていた。
飲み物を持って二人の前に戻ると、先ほどよりも二人は仲良くなっているようだった。二人の視線は俺でも飲み物でもなくミカエルに向かっているようだった。
「ねえ、ミカちゃんはお姉さんと良い事してみようか?」
「そうだよ。ミカエル君もたまには息抜きしておかないとね」
「これから私とミカちゃんは仲良くしていくんだぞ」
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