第10話 踊り子と歌い手

「ねえ、あの処刑台って勝手に上がったら怒られるのかな?」

「そうだろうね。僕は上がりたいとは思わないけど、みさきは行ってみたいのかな?」

「ううん、あそこから見えるのはどんな景色なんだろうって思うけど、何となく怖い感じがして嫌かも」

「あそこで何人か死んでいるんだろうけど、そこまで気にする事でもないんじゃないかな。それに、処刑台の下で死んだ人の方が多いみたいだよ」

「どこにも書いていないのに、そんな事がわかるの?」

「僕は神官だからそう言うのも見えたりするんだよね。サクラさんも巫女なんだし見えるのかな?」


 急に私に振られてしまったけれど、私は当然見えたりはしない。というか、この世界は死んでも生き返れるんだし、私がいた世界に比べて死んだ後の無念とか怨念とか思いは強そうな気がしている。そんな強そうな思いも感じ取れないのってダメな巫女なのかもしれない。そもそも、巫女の仕事って何なんだろう?


「大丈夫。あいつは適当な事を言ってみさきを怖がらせようとしているだけだよ。みさきはみさきで怖がる振りをしているんだろうけど、どっちもどっちでお似合いじゃないかな」

「そういうものなの?」

「ああ、そういうモノさ」

「って、ルシファーは見える側なの?」

「俺は見える側ていうか、そっちの世界にも詳しいからね」

「そうなんだ。でも、怖いから詳しい話はしないでね」


 私は怖い話自体は好きなのだけれど、その後に一人になるのが怖い派の人間だった。いつもなら怖い話をした後にトイレに行くのも少し躊躇してしまうのだけれど、この世界でもそういう話を聞くのは少し怖かったりする。人が死んでも生き返れる世界だとしたら、幽霊なんていないと思っていたのに実際はいるっぽいってのがちょっと嫌だったな。


「この世界にいる悪霊とか怨霊って他の世界から飛ばされてきたり、そうやって作られた悪意のある存在だから気にしなくてもいいと思うよ。その辺のやつらって神聖な場所やそれに関わる人が苦手なんで、巫女と神官がいるこのパーティーには手を出してこないと思うんだよね。手を出してくるとしたら、助けて欲しい時だけじゃないかな」

「その時は正樹にお願いすることにするわ」


 みさきの怒っている声が聞こえてきたのはそんな時だった。いつもは冷静なみさきが怒っているなんて何かあったのだろうと思い、声の聞こえる方へと行ってみると、みさきと正樹の間に見慣れない女の子が立っていた。

 年齢はみさきとそれほど変わらなそうだったけれど、みさきが可愛い系だとしたらその女の子は綺麗系だった。綺麗系でどこか妖艶な魅力を持っている大人な感じがしていた。もしかしたら、私と一緒で実年齢よりも若くなって転生してきた人たのかもしれない。


「まー君から離れなさいよ」

「へえ、あなたはまー君って言うのね。私はあさみって言うのよ。最近こっちの世界に来たんだけど、何もわからないので色々と教えて欲しいな。いいでしょ?」

「教えて欲しいんだったら案内所でも行けばいいでしょ。まー君から離れなさいよ」

「案内所ってどこにあるのか私はわからないんだけど、まー君なら知ってそうだし一緒に行きましょ」

「ちょっと待ちなさいよ。なんでまー君がお前みたいな女と一緒に行かなきゃいけないんだよ」

「何言ってるのよ。私はこの世界に来たばっかりなのよ、一人で心細いしいい男に案内してもらった方が良いに決まってるじゃない」

「確かに、そうかもしれないけど、まー君はあたしと付き合っているのよ。だからベタベタしないでよ」

「あら、そんな貧相なお体の彼女でまー君が可哀そうね。よかったら、私と付き合わないかしら」


 あさみさんという女はその豊満すぎるお胸を正樹の腕に押し付けると、上目遣いで甘えた声を出していた。普通の男の子だったらデレデレして彼女に怒られるパターンだろうと思って見ていたんだけど、正樹は普通の男の子じゃなかったみたいだった。


「ごめんなさいね、僕はみさきの事が好きなんであなたとは付き合えません。それに、この世界に案内所なんて無いと思いますよ。みさきもあんまりからかっちゃダメだよ。この人はずっと一人で寂しいんだよ」


 関係ない私が正樹の言葉に傷付いてしまった。ずっと一人という言葉は私の胸の奥に突き刺さる。本当に私に向かって言ってないよね?


「ちょっとちょっと、私はこの世界に来て一人だったってのは認めるけど、ずっと一人だったわけじゃないのよ。あっちの世界では彼氏がいたこともあるし、こっちでも言い寄ってくる人は何人かいたんだからね」

「本当なの?」

「本当よ。ここまで来るのだって言い寄ってきた変な男から逃げるためだったんだからね。本当に当てもなく逃げてきてここまで来たんだけど、ここがどこかわからなくて困っているのよ。それなりに人もいるみたいだから仕事には困らないけど、それでも安定した仕事じゃないんで不安は尽きないわ。って、こんな話はどうでもいいわね。見たところあなた達はお金に困っていなそうだし、私が安心して暮らせるようになるまでまー君を借りるわよ。それでいいわよね」

「良くないわよ。変な男に付きまとわれたのは気の毒だと思うけど、今のまー君は正にその状況じゃないの。自分がされて嫌な事は人にしたらダメでしょ。まー君だってそのお胸を押し付けられて気分を害しているわよ」

「そこはそうでもないかな」

「まー君は後で話があるから黙っていて。とにかく、付きまとわれて困っているなら何とかしてあげるから、あそこにいるサクラとルシファーにお願いしてみなさいよ。あたしはまー君と仲良く過ごさなきゃいけないから手伝ってあげられないけどね」

「あら、まー君の仲間もいい男じゃない。ちょっと聞くけど、あの二人は付き合っているの?」

「さあ、そんな素振りはないんで付き合ってはいないんじゃないかしら。でも、あそこにいる小さい子は完全にフリーだから大丈夫よ」

「フリーって言ったって子供じゃない。さすがにあれはまずいでしょ」

「あなたなら大丈夫よ。私はこれからまー君に女の価値は胸の大きさで決まらないってのと、胸の小さい事の素晴らしさを教えてくるわ。ほら、まー君も行くわよ」


 哀れな男のまー君はみさきちゃんに連れられてどこかへと言ってしまいました。今日はどこかで美味しい物でも食べることにしよう。


「あのぉ、さっきみさきさんから紹介されたんですけどぉ、私とお付き合いしてくれるって本当ですか?」

「それは嘘だね。俺はお前とは付き合わないね」

「そうは言っても、あなたも私の事は嫌いではないですよねぇ?」

「興味ないですね」

「あらあら、おかしいわね。私の言葉がまるで届いていないわ。何だか、普通の人と違う感じもしてるし。もしかして、あなたって人間じゃなかったりします?」

「人間ではないですね。俺もミカエルも人間ではないです。それが何か?」

「なんだ、人間じゃないなら興味ないからいいや。私って異種間での恋愛に興味持てないんですよね。この世界にいる人間も私達とは何か違うような気がしているし、好かれるのは嬉しいんですけど本能が拒絶してしまうんですよね。それってどうしてだかわかりますか?」

「私ですか?」

「ええ、お姉さんもこの世界の人に言い寄られた事とかあるでしょ?」

「私は無いですけど」

「そんな暴力的なスタイルなのにですか?」

「ええ、無いです」

「私から見てもその胸はおかしいと思うし、ウエストだって細いし、ヒップだって豊満じゃないですか。それなのに誰も言い寄ってこなかったんですか?」

「本当にないです」

「あ、そう言えば巫女になる人って……ごめんなさい」

「謝らないでください。私の方が悲しくなってしまいます」


 何だかわからないけれど、私とあさみさんはお互いの身の上話をして盛り上がってしまった。お互いに見た目は若くなっているけれど、実年齢は似たような感じだった、私の方が少しだけお姉さんだったけどね。そんな事もあって、しばらくの間は一緒に行動する事にした。私だけの意見ではなくルシファーとミカエルも同意してくれたのだから、あの二人が反対しても多数決の原理で断ることは出来ないはず。本当は全員一致が望ましいんだけどね。


「へえ、あさみさんって吟遊詩人だったんですね。あっちでも歌手だったんですか?」

「歌手じゃないけど、歌うのは好きだったな。あ、サクラさんの方がお姉さんなんだし敬語じゃなくていいですよ」

「歌手じゃなかったんだ。今度歌ってね。それと、お姉さんって言ったって少しだけなんだからあさみさんも敬語じゃなくていいよ」

「そうですね。みさきちゃんほど年は離れてないもんね。でもさ、あの二人って本当にラブラブなんだね。ちょっと羨ましいな」

「基本的には初々しくてほほえましいんだけど、時々生々しいんだよね。あの年齢で巫女になれないってのはちょっとどうかと思うけど、あさみはどう思う?」

「うーん、そこは普通なんじゃないかな?」

「あ、普通なんだ」

「そうそう、みさきちゃんって踊り子なんでしょ?」

「え、踊り子……うん、踊り子だよ」

「じゃあさ、機会があったら私の歌で踊って欲しいかも。あそこにステージあるからそこでやってみたいよね」


 あさみが指差した先にあるステージは例の処刑台だった。ステージには違いないけれど、それは人生最後のステージになる場所だろう。


「あそこって処刑台だよ。そんなところで踊るのは不謹慎でしょ」

「へえ、あそこって処刑台だったんだ。知らなかったな」

「看板にも書いているじゃない。看板見てないの?」

「え、看板はわかるけど、サクラはこの世界の文字が読めるの?」

「あさみは読めないの?」

「うん、さっぱりわからないから適当にごまかしてた」

「そっか、普通は読めないものなのかな?」

「ああ、話す言葉が理解出来ても文字が読めるかどうかは別だからね。サクラたちは俺が読めるようにしてあげたんだけど、君も読めるようにしてあげようか?」

「そんな事できるんですか?」

「俺にとっては簡単な事さ」


 ルシファーがあさみの頭に手を置くと、その手がゆっくり離れていき、頭と手の間に何か光が行き来しているようだった。時間にして数秒だったと思うのだけれど、その光が美しくて見とれてしまっていた。


「どうかな、もう大丈夫だと思うんだけど?」

「ちょっと看板見てきますね」


 あさみは勢いよく看板に向かっていったのだけれど、その手はなぜかミカエルの手を握っていた。二人で看板を見て何かを話しているようだったけれど、ここからは少し離れているので会話の内容までは聞こえてこなかった。


「ありがとう、この世界の文字が読めるようになっていました。今まで苦労してきたこともあったけど、お陰でこれからはその苦労も少なくなりそうです」

「あさみって、最近この世界に来たって言ってたけど、本当は結構前でしょ?」

「なんでですか?」

「最近は文字が読めないのって大変だから、こっちに来た時に文字も読めるようにさっきのやつをやる事になっているんだよね。それが変わったのって結構前だったと思うんだけどね」

「そう言えば、この世界に来てどれくらい経つかわからないかも」

「でも、こっちの世界に来た時点で肉体的な成長は止まっているんだし、一番理想的な年齢で止まっているから安心していいと思うよ。それに、鍛えていた人は実際よりもいい体になっている事があるんだよ」

「へえ、そんな事もあるんですね。子供が転生してきたら成長とかどうなるんですか?」

「この世界は転生者にとって都合のいい世界になっているのさ。老化はしないけれど成長はしていくっていう素晴らしい世界だね」

「じゃあ、あたしの胸も成長するかもしれないって事ね」


 いつの間にか戻ってきていたみさきが目を輝かせてルシファーに尋ねていた。ルシファーはみさきと目を合わさずに謝っていた。


「さっきは貧乳の素晴らしさを教え込むって言ってたじゃない」

「あたしは貧乳じゃないよぉ」


 私の余計な一言でみさきは泣き崩れてしまった。そんなみさきを見る私の目は他の人にどう映っているのだろうか?

 周りを見てみると、私だけではなくあさみもルシファーもミカエルも気の毒そうな目で見ていたのだけれど、正樹だけは嬉しそうな顔をしているのが印象的だった。

 この短時間で何をされてきたのかが気になるけれど、それは聞かな方が良さそうだと心から思ってしまった。

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