第9話 処刑
この世界では命の重さは紙よりも軽いので、ちょっとした罪でも簡単に死刑になってしまう。簡単に死刑になるというよりも、死刑が一番軽い刑罰なのだ。ただ、この世界の神も寿命で亡くなったものは生き返らせることが出来ないので、ある程度の年齢になると死刑は選択されることが無くなる。それと同時に、この世界では殺人罪は軽犯罪としてとらえられている場面が多々感じられた。実際にこの目で何度か見てきたのだけれど、街中ではあまり見かけないものの、一歩街道へ出るとちょっとしたいざこざで命のやり取りを行っている場面に遭遇することが多い。私達も何度か絡まれた事はあったのだけれど、そんな時はルシファーが全て解決してくれていた。時々みさきも表立って戦ってはいたけれど、神官の正樹と巫女の私は不思議と戦闘に巻き込まれることはなかった。もしかしたら、神職に携わる者には戦闘を仕掛けてはいけないという決まりがあるのかもしれない。
私達があてもない冒険をしている時に立ち寄った、とある国の外れにある小さな町の中央広場に処刑台が設置されているのを見かけた。この処刑台は数百年は使われていないようだったのだが、今では処刑台を新たに造る事も無いので珍しいらしく観光客もそれなりにいるようだった。世界に残されている処刑台は両手で数えられる程度だという事だが、この町にある処刑台はその中でもとりわけ目立たない存在であったらしい。実際に使われた回数はわずかに三回だけと言われていて、ちゃんとした資料は残されていないので確かめることは出来ず、それが本当なのか疑う者もいたらしいのだけれど、ここに処刑台があるという事実だけでも人を集めるきっかけにはなっていた。
他に何か目立つような産業や名物も無いようなこの町では、処刑台がシンボルであり産業の目玉でもあった。今では使われることのない処刑台ではあるのだけれど、数年に一度の補修作業の時以外は人が入れないようになっているのだった。
この世界の神は人を生き返らせることで自らの信徒を増やしているのだから、自前の処刑台があれば罪人がいるたびに信徒を増やすチャンスだと思うのだが、処刑台で殺された者を生き返らせるのはそれに適した神がいたらしい。生き返らせた罪人を自分の世界へと連れて行き、その世界で生が果てるまで労働を強いていたとの事だ。ある時、その神が忽然と姿をくらませたこともあってか、この世界では罪人を処刑するといった事が無くなった。
今では信徒の数が少ない神が優先的に罪人を生き返らせるとになっているのだが、自らの信徒に罪人を入れたくない場合はそれを断ることも出来ている。神に罪人を割り振っているのはもともとルシファーが行っていたそうなのだが、その権利を神官や巫女といった神職の者に与えたそうだ。私と正樹もいつかはその仕事をするかもしれないのだけれど、戦闘向きではない神官や巫女のほとんどは私達と違って冒険はせず、この世界の中心にある統一法王庁で何らかの仕事をしている事が多い。私達のように冒険をしている者も多少はいるのだけれど、一つのパーティーに二人の神職がいるという事はあり得ないようだ。それだけルシファーの戦闘能力が長けているという事でもあるのだが。少なくとも、この世界においてルシファーに単独で勝てる者はおらず、熟練のパーティーが複数集まって連携もそれなりに出来ないと勝負になる事も無いくらい、ルシファーは強いのだ。私はそう聞いている。
「ねえ、この世界で処刑されなくなったのってルシファーが関係してたりするの?」
「いや、俺は関係ないと思うよ。俺がここに来た時点では処刑は行われていなかったけれど、その時は人間よりも悪魔とか天使の方が多かったかもな。処刑されていたのも人間ではなくて悪魔や天使だって話だよ。人間はわざわざ殺さなくても勝手に死んでいたし、あの時代の人間はとても弱くて、誰かを裏切ったらみんな死ぬような時代だったからね。食べ物も自分たちで作ることが出来なかったはずだよ」
「それをあなたが変えてくれたのね。何がきっかけだったの?」
「きっかけか、特にこれってのは無いんだけど、悪魔や天使を狩っていたらいつの間にか人間が増えてたって事かな。人間は天使や悪魔と違って学習能力が高いから、与えた技術や知識をいかんなく発揮してくれたよ。それがここまで人間種だけが発展してきた理由かな。お前達人間種の中には獣人とかもいたんだけど、それぞれの長所を生かしていく事でさらなる発展も遂げられていたね。普通だったらそこで種族間の争いなんてのもあるんだろうけれど、この世界ではそれが起こらなかったのさ。なんでだと思う?」
「それってルシファーがこの世界のルールを決めたからでしょ?」
「それもあるんだけど、一番の理由は、人類だけが倒すことのできる生物が現れたのさ。そいつを倒すのは人間だけでも獣人だけでも有翼人種だけでも竜人だけでも魚人や魔人といった者たちだけでも単独では倒せなかったのさ。それらの人種が力を合わせないといけなかったって話さ。そいつからは攻撃をしてこないので急ぐ必要は無いのだけれど、対策を何もせずにそいつに触れると命だけではなく存在そのものも消されてしまうらしいな。存在が消えてしまうと生き返らせることも出来なくなってしまうし、神だってそいつには抵抗することも出来なかったみたいだぞ。もしかしたら、処刑台の神はそいつにやられてしまったのかもしれないな」
「それって、ルシファーでもどうにもできないの?」
「俺はどうにでも出来るぜ。出来るけどやらないだけさ」
「なんで?」
「俺は、正直に言うとこの世界の発展は俺の手が入っていないところで起こって欲しいと思っているのさ。その方が俺も嬉しいからな」
「で、話は変わるけど、この案内看板の最後に書かれている統一法王庁ってのはルシファーが関係してるの?」
「そいつは俺が関わっていないよ。俺が関わっていない事の中で一番この世界に影響力を持っている事柄だな。最初は戦う事の出来ない神職に選ばれた転生者たちが集まっていただけなんだけど、数が多くなっていくうちに少しずつ世界に対する影響力も増していってな、今ではどの国にも属していないけれどどの国にも強い影響力を持っている組織になっているんだよ。それを真似して傭兵国家を樹立したものもいたのだけれど、戦闘にしか興味のない者の集団だったためか、設立後数年で内部崩壊してしまったのさ。みんな戦闘が好きな集団だったし、誰も内政を気にかけていなかったってこともあるんだけどね。その名残で今でもちょっと大きい町に行けば、手の空いている冒険者を傭兵として雇うことが出来る場所があるんだぜ。ま、法王庁の出張所みたいなものもたくさん世界には存在しているんだけど、力のあるものはなぜか統一法王庁から遠くにある出張所に派遣されているみたいだよ。中央の統一法王庁はどちらかと言うと、新人や能力の低い者の教育所としての役割の方が多いみたいだよ。と言っても、本当に強い十三人は中央に残って色々な採決をしているようだよ」
「その強い十三人が力を合わせればルシファーより強かったりするのかな?」
「それは無いね。サクラもそうなんだけど、神職は戦闘というよりも神にどれだけ近付けるのかといった事が強さになるんだよ。神職の強さは神の力をどれだけ使えるかといったものに起因するんだけど、この世界にいる神程度じゃ俺は傷一つつかないと思うよ」
「たいした自信だね。それはそれでいいんだけど、私達も神に近付けるように努力した方がいいのかな?」
「何言ってるんだよ。サクラもあいつも俺がいるから必要無いだろ。一応、この世界では一番強いんだからな」
「ごめん、ちょっと言いにくいんだけど、この世界ではあんたは神として認められていないのよ。神の条件がいくつかあったと思うんだけど、あんたはそれを満たしていないわけ。そもそも、神がそんなに簡単に命を奪う事なんて許されないのよね。それに、正樹は私が生き返らせたことによって私の信徒になっているし、あんたのお陰で私の信徒数はうなぎ上りよ。ただ、自作自演っぽい事もしているけれど、それはそれで数字には反映されない事なのよ。だから、サクラは私の信徒になればいいじゃない」
「リンネは良い人だと思うし、問題はないんだけど、私はまだ死にたくないかな」
「大丈夫、巫女であるあなたは死ななくても改宗出来るのよ。私の信徒になってね」
「うん、それは別にいいんだけど、今の信徒の数って何人くらいいるの?」
「ざっとだけど、二百万人くらいかな」
「え、そんなにいるの?」
「そうだよ。ルシファーのお陰で増えたのさ」
「増え過ぎでしょ」
「そうなんだけどね。ちょっと前のルシファーはこの世界の仕組みを知っているからか、人を殺すことに何の躊躇もなかったわ。最初から無かったかもしれないけどね」
「そんな事言っても、俺は俺に襲い掛かってきたやつをやってただけだからね」
広場の中央には今は使われていない処刑台が設置されていた。この世界では命の重さは紙よりも軽いという事だけれど、出来る事なら死なずに天寿をまっとうしてみたい。それがどんなに難しい事かはわからないけれど、少なくとも処刑台に登らされるような事はしないように気を付けよう。
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