第8話 勘違いから始まる事もある

「自分はこの世界を支配している悪いやつを退治してルシフェル様の本当の力と姿を取り戻さないといけないっス。その為にもみんなには協力してほしいっス。さっき殺そうとしたのは大目に見て欲しいっス。ほんの冗談だと笑って許してほしいっス」

「あたしとまー君は別にいいんだけどさ、お姉様がどう思うかが大事よね」

「本当に申し訳ない事をしてしまったと思ってるっス。その事は凄く凄く反省しているっス。出来る事なら何でも協力するので、自分にも協力をお願いしたいっス」

「私もそこまで根に持つ方じゃないからいいんだけどさ、この世界を支配している悪いやつってどんなやつか知ってるのかな?」

「自分は噂でしか聞いたことが無いっスけど、何でも別の世界で神を殺してこの世界を乗っ取った大悪人らしいっス。そんな大悪人に自分が今の姿で勝てるかは微妙だと思うんですけど、自分を信じて行動していけばどんな悪にだって負けないはずっス。幸い、この世界では何度死んでも生き返れるみたいなんで問題無いはずっス」

「君が何度も生き返れるとしたら、その大悪人も何度でも生き返るんじゃない?」

「確かに、それは考えていなかったっス。でも、悪は滅びるっていうから大丈夫っす。きっと主がお守りくださるはずっす」

「その大悪人の事は何か聞いているのかな?」

「それ以外だと、やたらと女に執着していて、その女の為にいくつかの世界を滅ぼしたとも聞いているっス。滅ぼされた世界の人は可哀そうっス」

「本当、可哀そうな世界がいくつもあるのね。ルシファーはどう思う?」

「さあ、本当にそんな世界が実在したのかも怪しいと思うね。ここに居たら不思議な事もたくさんあるけれど、世界自体を壊すような恐ろしい力は見たことも聞いた事も無いかな」

「だってさ、その噂って真実じゃなくてかなり尾ひれがついているんじゃないかな?」

「そんなことはないっス。主は今まで一度も嘘をついたことはないっス。自分はそれだけは絶対に信じているっス」

「でもね、君が探している大悪人って、ルシファーの事だよ」

「ちょっと、それは唐突過ぎて意味がわからない冗談っス。お姉さんは何を言っているんっスか?」

「私も詳しくは知らないんだけどね、ルシファーがこの世界を統一したらしいよ。それまでは暴力が支配している世界だったみたいなんだけど、圧倒的な力を持っているルシファーの前では反逆することは無意味だと世界中が気付いたみたいね。そこから先はルシファーに逆らうものを殺して回るような忠誠心の強い悪魔が跋扈する世界になっているのよ。あなたはその悪魔たちに殺されるかもしれないけれど、リンネが生き返らせてくれるから大丈夫よ。黙って死んでも生き返らせてもらえるからね」

「それが本当だとして、ルシフェル様がこの世界を支配している目的って何なんっスか?」

「それは特に決めていないかも。気付いたらそうなっていたってだけだね。俺に逆らおうとしなければいたって平和な世界だよ。ミカエルたちがいた天界よりもある意味では平和なのかもしれないくらいさ」

「それが本当だとしたら、自分は殺されてしまう事になると思うんっスけど、この世界で殺されても生き返れるなら平気っすね」

「あ、この世界で生き返らせてくれるのは神様らしいんだけど、お前の言ってる主とは違う神様だからね」

「ルシフェル様は何を言っているんっスか。主以外に神様なんているわけないっス。そんなモノまがい物の邪神っス。邪神にも神って入っているけど、神は主だけっス。訂正してほしいっス」

「そう言われてもね。この世界には八百万の神々がいるんだし、自分の中の常識だけで考えない方がいいと思うよ。固定観念を壊さないとさ」

「もう、さっきからルシフェル様が何を言っているのか理解できないっス。自分はそんなの認められないっスよ」

「もうわかったから、落ち着け。わかったからさ」

「それなら良かったっス」


 ミカエルが安堵した瞬間、ルシファーの大鎌がミカエルの首を刎ねたのだった。刎ねられた首は私の目の前に転がってきたのだけれど、眼球だけが何かを探しているように忙しなく動いていた。口が動いて何かを言おうとしているのだけれど、私にはその口から洩れる音を聞き取ることは出来なかった。


「いや、そんな目で見なくてもいいだろ。説明するのが面倒になっちゃったんだよ」

「面倒だからって、首を刎ねることはないだろ」

「大丈夫、リンネが生き返らせてくれるからさ」

「ちょっと、天使の後始末まで私にやらせないでよね。天使とか初めての経験だし、やるけどさ」


 リンネはミカエルの周りを飛びながら何かを探しているようだったのだけれど、その探し物はなかなか見つけられるものではないようだった。何を探しているのか聞いてもわからなかったのだけれど、ミカエルを生き返らせようと他の神も集まってきているのが気になった。気になってはいたけれど、ルシファーがリンネを見守っているので誰もミカエルに近付けないのだった。


「おかしいな、こんなに見つからないものなのかしら」

「そいつはパンツをはいているからそれが原因じゃないか?」

「なんで天使がパンツをはいているのよ?」

「そんなの俺が知るわけないだろ。いいから探せよ」

「全く、私だって頑張っているっていうのに。ちょっと、サクラ、あんたも手伝いなさいよ。私にはソレを動かすことが出来ないんだからね」


 私がいやいや近付くと、可愛らしいイラストの描かれたパンツを脱がすように指示された。それは無理でしょ。どうして私がこんなかわいい子のパンツを脱がせないといけないのよ。みさきに代わって貰えないかな?


「ねえ、みさきが代わりにやってくれない?」

「お姉様のお願いでもお断りです。もちろん、まー君もダメです」


 天使のパンツを脱がせるのに男の力を借りてはいけない予感がした。小さい子だから平気だと思っていても、何の拍子で変なスイッチが入らないとも限らないのだ。私はなるべくなら仲間内から犯罪者は出したくなかった。と言っても、世界を支配している者がいたり、身内を殴り殺す者もいるのだし、なるべく人目に付く犯罪は避けるようにしたいと思った。


「早く、急がないとこの子の魂が抜けちゃうわよ」


 リンネに急かされているのだけれど、私はどうしてもパンツを下ろすことが出来なかった。それをやってしまうと本当にダメな人間になってしまうように思えたのだ。


「もう、さっさとしなさいよ」

「無理だよ。私が恥ずかしくなっちゃう」

「いいから脱がしてよ。どうしてもって言うならあんたの体を勝手に操っちゃうよ」

「わかったから、わかったよ。それじゃあ、この子のパンツ脱がせるよ」


 私は意を決してパンツに手をかけると、一気にその手を下までおろした。下したのだけれど、そこにはあるべきものは何もなかった。何かがあった形跡もなかったのだ。私は思わずじっくり見てしまったのだけれど、そこには本当に何もなかった。


「ねえ、何もないの?」

「天使なんだから何もついてないでしょ。見たかったの?」

「そんな事は無いけど。興味はあるかも」

「イヤらしいわね。そんな事より、こいつを生き返らせるからちょっと離れててね」


 いつもながら生き返らせる儀式は何を言っているのかわからなかった。それでも決まっている事は全てこなしているのが何となくわかった。一通りその儀式が終わると、見たことのない新しい儀式が始まっていた。


「アレは一度で生き返れなかった人専用の儀式だね。天使とか悪魔とか人間よりも命が魔法よりなものを生き返らせるときにやるみたいだよ。ミカエルはああ見えても天使の中では一二を争うくらい強いんだからね。今の姿はそう見えないんだけどさ」


 私はその説明を聞いた時に思ったのだけれど、ルシファーが死んだ時はどれくらいの儀式を行うのだろうか?

 きっと、ルシファーは私が死ぬまで先に死ぬことはないのだろうが。


「さあ、生き返るわよ。その眼を見開いて見守りなさい」


 ミカエルの首がいつの間にか元に戻っていたのだけれど、立ち上がる時は自分の意志で直立出来ない感じだった。少しだけバランスが取れていない様子だったけれど、すぐにそれは解消された問題になっていた。


「自分は死んでたみたいっスけど、その時の事は何も覚えていないっス。思い出そうとしても記憶の中にあるとは思えないっス。それにしても、リンネ様が自分を生き返らせてくれたのはありがたいっス。他の神様たちよりリンネ様の方が自分は崇拝できると思うっス。でも、それでも、自分の一番は主っス。そこだけは譲れないっス」

「今回はお前の主以外にも神がいるってのを知って貰いたかったからな。どうだ、神の存在は感じられたかな?」

「存在は感じなかったけど、リンネ様が自分を助けてくれたのは理解できたっす。これからもよろしくお願いしたいっス」


 ミカエルのパンツを持ったままの私だったけれど、そのパンツをどうしたらいいのかがわからない。汚れ一つないとはいえ、パンツを長時間持っているのはどうかと思う。いっそのこと本人に聞いてみようか?


「ねえ、このパンツをはかなくてもいいのかな?」

「それは可愛いから履いていただけなんだけど、良かったら差し上げるよ。君には無理なサイズかもしれないけどさ」

「そんなのは自分が良くわかってるわ。これからずっとパンツ履かないままで過ごすのかな?」

「自分は別に履かなくても平気っす」

「いや、それは同じ女としてそれはどうかと思うよ」

「自分は女でも男でもないっス。上位の天使は性別とかないっす。そんなの邪魔なだけっス」


 私はまた一つ賢くなったのだろうか?

 その答えはいつか分かるのだろう。今はまだその時ではないのだろう。みさきと正樹は何をしているのかと思っていたのだけれど、二人は見つめ合って抱きしめているだけだった。何をするだけでもなく、ただ抱きしめ合っているだけだったのだ。それ以外は何もしていないのだ。

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