第7話 この車はそんなに速く走れない
車に乗って三日ほど経ったのだけれど、私達はそれほど遠くまで移動出来ていなかった。車だから移動も楽だろうと思っていたけれど、私達が乗っているのは鉄の男であってくるまでは無いのでスピードなんて出ているわけもなかった。それに気付いたのは先ほど歩いている少年に抜かれたのを見たからだったのだ。
「ねえ、もしかして、この車って遅いのかな?」
「遅いって言うか、ほとんど進んでないよね」
「どういうこと?」
「三日前にいたところがここからでも見えるよ」
ルシファーはいつも冷静なのだけれど、私は窓から身を乗り出して後ろを見てみると、三日前にいたあの町が歩いて行けるような距離にあったのだった。夜にしか外に出ていなかったとはいえ、これしか移動していなかったことに気付かなかったのはどうしてだろう。乗り物酔いがひどいはずの私が全く酔わなかった理由が、そもそもそれほど動いていなかったからなのだろうか。そんな事はどうでもいい。目的も特にないのだからいいものの、何かを頼まれていたとしたらこれは致命的なミスになりかねない。どうにかして早く移動する手段を見つけないといけない。
「ねえ、この車ってもう少し早く走れないのかな?」
「お姉様は速い車の方が好きなのですか?」
「そんなに好きじゃないけど、これは遅すぎないかな?」
「確かに、牛車みたいにゆっくりですよね」
「みさきは牛車に乗った事あるの?」
「平安時代じゃあるまいし、あるわけないじゃないですか」
「乗った事あるみたいに言うなよ。紛らわしいな!!」
「でも、この子は今よりも速く走れるのか聞いてみますか?」
「お願いするね」
この鉄の車は中の会話は聞こえ無いようになっているらしく、呼びかける方法が独特だった。ハンドルもシートも何もないこの空間にある壁を思いっきり蹴っ飛ばす必要があった。蹴る必要があるのかは疑問だけど、みさきは壁を思いっきり蹴り続けているのだった。鉄で出来ているのでなかなか衝撃が届かないのか、呼び止めるまでしばらく時間がかかってしまうのだけれど、それをやる事によってみさきのダンスの腕前が伸びているようにも見えたのだった。ある一定のダメージが蓄積して車は止まるのだけれど、肝心な時にすぐに止まれないのは不便に思える。どうにかならないかな。
「ちょっと話してくるね」
そう言ってみさきは外に出て行ったのだけれど、すぐに戻ってきたのだった。本当にみさきの言う事は素直に聞いてくれるんだなと思ったのだ。みさきに忠実すぎて他の人の言う事は聞いてくれないのだけれど、それはそれでいいのかもしれない。
「早く走ることは出来るみたいだけど、私達と一緒で数百メートルくらいしかもたないんだってさ。それでも良いなら早く走れるけど、結構揺れるかもしれないって話だよ」
「それなら普通に歩いた方が早そうだね。ルシファーと正樹はどう思うかな?」
「俺はどっちでも良いし、サクラが決めてくれていいよ」
「僕もお任せするよ。みさきがいればそれでいいからね」
「あたしもまー君がいればそれでいいよ」
「あ、じゃあ、歩くことにしようか。その方が早そうだしね」
「その方が冒険っぽいしワクワクするっスね」
窓の外から聞き覚えの無い声が聞こえてきた。窓の外を見てもその声の主は姿を見せることはなく、いったい何者なのか私にはわからなかった。
「僕は歩くのも好きだから大丈夫だけど、みさきは辛くないかな?」
「あたしはまー君が一緒なら辛い事なんて何もないよ」
「結構惚気てるっスね。でも、それがお二人のアイデンティティだと思うっス。ルシファー様も歩くんっスか?」
「俺は歩いたり飛んでみたりするかも」
「確かに、元天使としては飛んで移動するのもありかもしれないっスね。サクラ様はルシファー様と一緒に飛んだりしないんっスか?」
「え、飛んだりはしないけど、誰の声なの?」
「あ、自分はその中に入れないんで出てきてもらっていいっスか?」
「それは構わないけど、誰なの?」
「出てきてくれたら教えるっス。早くして欲しいっス」
「わかったから焦らないでね。みんなはどうする?」
「俺は無視していいと思うよ。きっと面倒な事になると思うからさ」
「あたしはどっちでも良いけど、まー君はどう思う?」
「僕はちょっと気になるから見てみたいかも」
「はいはい、あたしも見てみたいです」
「俺はやめた方がいいと思うよ。夜になるまでこのまま待った方がいいと思うんだけどな」
「夜になる前に出てきてほしいっス。自分はお天道様が好きなんっス」
「まあ、面倒な事になると言っても今のところ目的も無いんだしやること出来そうだからいいんじゃないかな。ちょっとだけ様子を見てくるね」
私が外に出ると、目の前に小さな影が降り立った。逆光になっていてその顔は見えないのだけれど、小学校高学年くらいの女の子でその背中には大きな羽が四枚ついていた。逆光で表情は見えないのだけれど、何だか怒っている様子は感じ取ることが出来た。
「自分の作戦に引っかかったっスね。大天使ルシフェル様を堕天させた罪をその命で償うがいいっス」
逆光で表情はわからないのだけれど、私に対して怒っている事は理解出来た。怒っている事は理解出来たのだけれど、その怒っている理由に対しては思い当たる節が一切なかったのだ。
女の子はそのまま空へと上がっていき、そのまま勢いよく私に向かって急降下してきた。避けないとまずいと思って身を逸らすと、その女の子は勢いよく地面にめり込んでしまった。上半身が完全に地面にめり込んでしまっているのだけれど、出ている足がバタバタとしていて何だか可愛らしかった。女の子が来ているワンピースは重力に逆らうことが出来なかったようで、可愛らしいキャラクターもののパンツを見てしまうと、私はなぜか助けてあげなきゃという気持ちになってしまった。
どうにかして引き抜いてあげようと思ったのだけれど、私の力ではどうすることも出来ないのだ。いくら小さい子だからと言って、パンツが丸見えの状態ではルシファーや正樹に手伝ってもらうわけにもいかず、みさきと協力しても引き抜くことは出来なかった。
「どうしよう、このままだと土の中で死んじゃうかもしれないよ」
「そうですよね。お姉様を殺そうとした罪はこんな形じゃ償えないですもんね」
「そうじゃなくて、普通に助けてあげようよ」
「助けるにもあたし達じゃ力が不足してますよ。まー君たちにも手を貸してもらいたいけど、他の女の子のパンツをまー君が見るのは嫌です」
「この子だって嫌だと思うよ」
「お姉様はまー君にパンツを見られて嫌な女がいるというのですか?」
「私は普通に嫌だけど」
「ああ、何という事だ。まー君は魅力的なのにそれに気付いていないなんて、でも魅力に気付いていないという事は、それだけライバルが減ったという事ですかね。でも、それはそれで納得がいかない」
「そんな事より早く助けましょうよ。鉄の人に頼めないかな?」
「そうですね。鉄なんだからどうにかなるでしょう」
みさきが鉄の人にお願いすると、鉄の人は体の一部を変化させて地面を掘りだした。女の子の近くだったので当たらないか心配だったけれど、鉄の人は女の子の周りを覆って壁のようにしていたので当たる心配はなかったみたいだった。
掘り起こされた女の子は命に別状はないみたいだったけれど、意識は依然として戻らずにいた。鉄の人が車から家に変化して女の子の容体を見守る事にしたのだけれど、女の子はそのまま夜まで目を覚まさなかった。
「あれ、ここはどこっスか?」
「あ、目を覚ましたんだね。怪我はないみたいだけど、どこか痛いところは無いかな?」
「少し頭が痛いだけっスけど、それ以外は特に問題無いみたいっス」
「それにしても、いきなり攻撃されてびっくりしちゃったよ。何か私に恨みでもあったのかな?」
「はい、自分が尊敬するルシフェル様を返して欲しいっス。あなたのせいでルシフェル様は堕天してしまったっス。今はルシファー様になってる見たいっスけど、自分はルシフェル様の方が好きっス」
「ごめん、ちょっと行っている意味が分からないかも」
「今のあなたは覚えていないっスね。でも、それならいいっス。助けてくれたお礼もありますし、自分も一緒について行くっス。堕天使と天使が一緒ってのもこの世界らしくて面白いっスよね」
「堕天使と天使って、あなたは天使なの?」
「はい、自分はミカエルって名前の天使っス。ちょっと前の大戦で死んでしまって生き返ったんっスけど、まだ本来の力は取り戻せてないんで体は小さいままだけど、これから宜しくっス」
「この前の大戦って?」
「ルシフェル様が私達の主と戦った戦争っス。自分はルシフェル様に手も足も出なかったっスけど、それは主も同じだったっスから問題ない事っス。ちなみに、その時はルシフェル様が勝っちゃったんっスけど、予言では逆の結末になるはずだったんっスよね。愛の力は神の力をも超えるって証明したんっスね」
「愛の力って?」
「ルシフェル様がサクラさんを思う気持ちっス」
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