第6話 どうやって空を飛ぶんだろう

 正樹を殺してしまったみさきはその事実を受け止め、自らの命を絶とうとしていたのだけれどそれを止めたのは殺された正樹だった。泣き崩れるみさきを優しく抱きしめていた。


「みさきが守ってくれなかったら僕はあいつに殺されていたかもしれないね」

「でも、でも、あたしはまー君を殺しちゃったよ」

「それは知らなかった。僕はみさきに殺されちゃったのか」

「うん、あたしがまー君を殺しちゃったよ」

「大丈夫だよ。僕はこうして生きているからね」

「本当に?」

「ああ、本当に生きてるよ」


 正樹が生き返ったのは良かったけれど、死んだ時の事は何も覚えていないみたいだし、死んで生き返った自覚も無いみたいだった。


「私も死んだら生き返らせてもらえるのかな?」

「生き返らせてあげてもいいけど、あんたはこいつが守っているから死なないと思うわよ。こいつは多分、この世界でも一番強いからね」

「そうなの?」

「俺はサクラが死なないように全力を尽くすだけさ。最後まで守り抜くよ」

「その言葉は嬉しいし、ルシファーならそれを実行してくれそうだけど、私よりも自分の事を考えてもいいんだからな」

「それでも俺はサクラを守るだけさ」


 ルシファーの言葉を聞いて私の中で気持ちが揺らいでいるような気がしたのだけれど、鉄の男が正樹の後ろで生き返っているのを見てしまったので、その気持ちも吹き飛んでしまった。

 二人の世界に入り込んでしまっていて鉄の男に気付いていないようなのだけれど、私は足がすくんでしまってこの場から動くことも声を出すことも出来なかった。ルシファーも動こうとはしていなかった。私だけじゃなく仲間も守って欲しいと心から願ったのだけれど、私の体は動いてはくれなかった。


 鉄の男はゆっくりと二人に近付いていくと、そのまま二人を包みこんでしまった。


「どうしよう。二人が飲み込まれちゃったよ」

「大丈夫でしょ。あいつは平気だと思うよ」

「二人とも死んでも生き返れるから平気ってことなの?」

「そうじゃなくて、あの鉄の人は二人を殺すつもりはないみたいだってことだよ」

「どういうこと?」


 私はルシファーの言っている意味が理解出来なかったけれど、その後に起こった出来事を見ていると納得は出来た。納得できたのだけれど、それをわかっていたなら先に言ってほしかったなと思った。


 鉄の男は二人を包みこんでいたのだけれど、それは数秒だけで終わって、中から出てきた二人は先ほどよりもきつく抱き合っていた。


「ねえ、そこの鉄の人。いったい何がしたいの?」

「俺を素手で叩きのめしたのはこのお姉さんが初めてだ。それも普通の人間がだぜ。機械生命体も魔人も俺を倒すのに武器を使っていたのに、このお姉さんは俺を素手で叩きのめしたんだ。やられた後だってそんなこと出来るわけがないって思ったんだけど、骨も普通だし筋肉だってそんなについてる方じゃないみたいだし、どうやって俺を叩きのめしたのか知りたいんだよ。なあ、その秘密を知るために俺も仲間に入れてくれよ。悪いようにはしないからさ。頼むよ」

「ええ、あたしは普通の女の子だし、あの時はまー君を助けなきゃって気持ちだけだったよ。その気持ちだけで戦ったのかも」

「そうか、気持ちが大事なんだな」

「違うね、俺の見立てだと、そいつはお前を殴っている時に踊り子の特性を上手く利用していた。この世界での踊り子は踊れば踊るほど強くなるという特性を持っているのさ。それでも、最初のうちは自分の方が痛みを感じていたと思うぜ、それを我慢できたのが正樹を思う愛の力ってやつだろう。愛があればなんだって乗り越えることが出来るんだって話だけど、それはお前達みたいに深く愛し合っているからこそ出来る事なんだ。俺が真似したってそれは出来るかわからない。そんな二人の愛が鉄のお前を叩きのめしたんだ」

「そうか、愛の力か。俺は生まれてからずっと一人きりだったし、相手をしてくれるような奴もいなかったんだ。なあ、俺もお前たちの仲間にしてくれよ。どんな形にだってなれるから役に立つぜ」

「ちょっとみんなで相談していいかな?」

「ああ、お姉さんが決めてくれ」


 私達はリンネを入れて五人で相談する事にした。いつの間にかリンネがメンバーに加わっているようだけれど、細かいところは気にしないでおこう。


「どうする、あいつは味方にしてもよさそうだとは思うんだけど、正樹は自分を殺したような奴と一緒で嫌じゃないかな?」

「なあ、正樹を殺したのはみさきだぞ」

「知ってるよ。みさきに気を使って言ってるんだよ」

「大丈夫。あたしは気を使ってもらわなくてもまー君をこの手で殺めたっていう実感は忘れないわ」

「その言い方は恐すぎるだろ」

「僕もみさきに初めて殺された人間として生きていくよ」

「殺された人間がそれを実感して生きていくって意味が分からないよ」

「俺もそれを見殺しにしていった罪を背負うよ」

「ルシファーまでソレに乗っかるなよ」

「それにしても、まー君を殺した感触が忘れられないわ。ねえ、もう一度だけやってしまってもいいかしら?」

「みさきが望むなら何度だって構わないよ」

「こっちの気持ちが整理できなくなるからやめろよ。リンネも何か言ってやれよ」

「そうね、私もあんた達を生き返らせるのが楽しいし、暇だから何回でもいいわよ」

「仲間の死を楽しむなよ。暇潰しに生き返らせるって意味が分からないよ」

「だって、私がこっちに来てから生き返らせたのってあの三体の魔物とあんただけだからね」

「鉄の男は?」

「あいつは死んでないわよ。そもそも、生命体ではないんでしょ。どう見たって鉄だし、鉄が生きてるわけないじゃない。あんた、常識で考えなさいよ」

「ええ、アレで生きていないとか無理があるだろ。ちゃんと会話もしてるし感情もあるみたいだぞ」

「それはこの際どうでもいいだろう。生きていないって言う事は、仲間ではなく道具として迎え入れるってことになるのか?」

「生きているか生きていないかは重要だろ。仲間じゃなく道具って、さすがに可愛そうだと思うぞ。って、迎え入れる前提かよ」

「さっきからお姉様は何か変よ。ちょっと落ち着いて深呼吸でもしたらどうかな?」


 私がおかしいのか?

 とにかく、冷静になるためにも一度深呼吸してみることにしよう。これは重要な選択になると思うので、冷静になる事は悪い事ではないはずだ。深く息を吐いて、深く息を吸う。それだけの事なのに、何かがおかしい。気付いた時には私の口がみさきの口で塞がれていた。本当に、意味が分からない。


「ふふ、お姉様にお礼をしなくてはと思いまして」

「何のお礼だよ」

「それはお姉様が私達にしてくれている事のお礼ですよ」

「いや、それもわからないけど、何でキスがお礼になるんだよ」

「あら、キスじゃないですよ。間接キスです」

「間接じゃなくて直接してただろ」

「お姉様とは言えまー君と直接キスなんて怒りますよ」

「いやいや、正樹とは間接かもしれないけどみさきとは直接になるじゃないか」

「あら、女同士のキスなんて挨拶みたいなもんですから、それは深く気にしなくていいと思いますよ」

「女同士は挨拶ってことは、キスに含まれないってこと?」

「ええ、ただの挨拶ってことですよ」

「そっか、それなら私の初めてもまだって事でいいんだね」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 みんなの反応を見るのが怖くなったので私は皆に対してそっと背を向けてしまった。なぜか、鉄の男とリンネも含めたみんなが私に優しい言葉をかけてくれていた。それがかえって辛く感じてしまった。私も死んでみようかな。そんな風に考えてみたけれど、死んだところで現実は変わらないのだから前向きに生きていこう。


「そうだ。この鉄の男はどうしようか?」

「え、あたしは連れて行ってもいいと思いますよ」

「ありがとうございます。これから精一杯皆さんの為に頑張ります」

「え、まだみんなの意見聞いてないんだけど」

「大丈夫です。俺はこのお姉さんについていくって決めてますので」

「あ。そう言う事なのね」

「はい、何にだってなれますから、役に立ちますから」

「じゃあ、飛行機になって僕達をどこかに連れて行ってよ」

「すいません。その飛行機ってのがわからないんですが、教えてもらってもいいでしょうか?」

「知らないのか、じゃあ、サクラさん教えてあげてくださいよ」

「私が教えるのかよ」


 私はそれなりに絵も描ける方だとは思うので大丈夫だと信じていたけれど、飛行機なんて描いたこと無いんだよな。何となくそれっぽい飛行機を描いてみたんだけど、これでどうだろうか。鉄の男は理解してくれたみたいで私の絵の通りに姿を変えてくれた。

 中に乗り込んでみると、普通に何もない空間だったのだ。外見しか伝えてなかったなと思ったけれど、これでもなんとかなるだろう。


「凄いじゃん、本当に飛行機になったよ。さあ、空を飛んでどこかへ連れて行ってくれ」

「すいません。俺は空を飛べないですよ」

「飛行機なら飛べるだろ」

「いや、鉄が空を飛ぶわけないでしょ。大体、その飛行機ってどうやって飛んでいるんですか?」

「それはわからないけど、なんか、上手い事こうやって飛んだりできないのか?」

「出来ないですね。お兄さんは本当に鉄が空を飛べると思ってるんですか?」

「僕の世界では飛んでいたんだよ」

「へえ、そいつは凄いな。友達になってみたいですね」

「僕の世界の鉄は喋ったりしないけどね」

「そうなんですか、じゃあ、このままどこかに進みますね。行きたい方向ありますか?」


 この飛行機がどうやって移動するのか気になったけれど、今はいったんこの場から離れた方がいいような気がしていた。いつの間にかギャラリーも増えていたし、このままだと少し恥ずかしいんだ。正樹はみさきと一緒に手を振っているんだけど、私はそんなに目立ちたくもなかったので窓から見えないように隠れてしまっていた。引き籠りだった時の気持ちがまだ完全には消えていないんだし、仕方ないのだ。


 ゆっくりと進む飛行機ではあったけれど、ギャラリーのどよめきが聞こえてきたのが不安でしかなかった。どうせろくでもない進み方でしかないのだろうと思っていたけど、それを確かめることはしなかった。見てしまうと今夜眠れなくなってしまうんじゃないかと思っていたからだ。


 そうだ、何にでもなれるのなら車とか戦車とかになってもらうことにしよう。車ならタイヤをまわして進むとか教えればいいんだろうし、この鉄の男を仲間として迎え入れたのは結構良い事だったんじゃないだろうか。


「そうだ、鉄の男って呼ぶのもかわいそうだし、何か名前を付けてあげたらどうかな?」

「そうですね。さすがお姉様です。じゃあ、鉄の男だから、アイアンマ」

「それはやめろ!!」


 どこに向かっているのかはわからないけれど、それまでには名前を決めておかないとね。

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