第5話 鉄の男

 世界を救うといっても、この世界はいい意味で安定しているので救う必要が無いのじゃないかと思っている。私達の後に転生してきた人たちも初日こそは意気込んでいたのだけれど、この世界の現状を見ると戦う必要が無い事に戸惑っていた。最高の武器を授けられて究極の技を磨いたところで、この世界ではそれを発揮する場面がほとんどないのだった。私の仲間も戦闘に特化しているのはルシファーだけであって、他は私が巫女で正樹は神官でみさきは踊り子だった。正直、巫女と神官って役割がかぶっているんじゃないかって思っていたんだけど、正樹がルシファーを崇拝するようになってからは正義と悪の神をそれぞれ崇拝しているように思われているらしい。私は神に会ったことが無いし、自分の意志で巫女になったわけでもないのでそう言われても困るのだけれど、それを否定することに疲れてしまったので軽く流すことにしていた。

 私が転生してきてから数週間経っているのだけれど、巫女や魔法使いに選ばれる人は誰もいなかった。他にもレアな職業に選ばれる人はいたのだけれど、巫女や魔法使いが本当にいなかったのは世の中が乱れているからだろう。と思ってみたものの、これだけ少ないのであれば私の方がおかしいのではないかと思ってしまう節もある。ただ、私だって他の人並に出会いがあれば今とは違った感じになっていただろう。それはどうでもいい、この世界に転生する時に若返ったりしてビジュアルが強化されるはずなのだが、それでもルックスがアレな人達まで巫女になれないのは私に魅力がなかっただけではなく巡り合わなかっただけだろう。

 みさきと何気ない会話をしていた時に、二人が付き合ったきっかけを聞いたのだけれど、高校の入学式の時に一目惚れをしてみさきから告白したと聞いて、私は正直驚いた。恋人を作るにはそれほどの積極性が必要なのだと思うと、私には一生無理な話だと思えてならない。向こうから声をかけてくれればそれなりにチャンスもあったのかもしれないけれど、私に声をかけてくれた男性は皆高圧的な感じで普通に会話することも恐怖を感じてしまう事が多かった。今いっしょにいるルシファーは見た目こそ威圧的なところもあったりするけれど、普通に話すことも出来るし一緒に居て何か負担を感じる事も無いし、正樹はみさきが一番だとハッキリわかっているので変な事を考える心配もなかった。


 この世界に来て少ししか経っていないのだけれど、気付いたことがいくつかあった。

 その一つが、揉め事があった時は命を奪うまで戦い続けるという事だ。この世界では死んだとしても少し待てばどこかの神が生き返らせてくれるのだ。私は幸いにもまだ死んだことが無いのでどんな感じになるのかわからないけれど、生き返った後は多少性格が変わる事があったとしても基本的には死ぬ前の状態になったりする。生き返る事で病気やケガも治ったりするのだから、軽い気持ちで死ぬ人が後を絶たないのだが、それでも神が生き返らせたいという需要には追い付いていないようだった。そんなところも私が神を信じていない理由の一つだった。

 もう一つは、この世界は圧倒的な強者が支配している為なのか、私が住んでいた日本以上にルールを厳守する者が多かった。弱肉強食の世界ではあるのだけれど、強者が圧倒的な力を持っているためか、どこの街も多少は荒れているところもあるのだろうが、日常生活を脅かすような恐怖と暴力が支配するような世界ではなかった。過去の文献などを見ていると、戦乱の時代は何度も何度もあったみたいだけれど、今のように普通に命を狙われない世界になったのはここ数年の話らしい。戦闘が減ったことも神が使者を求めるようになった理由の一つではないだろうか。

 あと、これが一番驚いたことではあるが、この世界では種族間における確執が一切なかったのだ。地球では同じ人間でも住んでいるところや産まれた場所の違いだけではなく、近所に住んでいる者通しでも確執はあったりするのだけれど、この世界には一切それが感じられなかった。死んでも生き返られるという事と、絶対的な強者が君臨している事も影響あるのだろうが、その強者が現れたのはここ数年という話であるので、もともとこの世界の住人たちは争い事が好きではないのだろう。誰だっていがみ合って争い合うのは好まないとは思うけれど、それにしたって平和な世界と言っても問題なさそうだった。


 私達のパーティーは戦闘バランスという点では完全に尖っているのだけれど、日常生活を送っていくという点では不自由は無いと思う。でもね、正樹とみさきがいつもイチャイチャしているのを見ているのは辛くなってきた。


「ねえ、ルシファーはあの二人を見て何とも思わない?」

「仲睦まじいなとは思うけれど、それ以上の感情は持ちあわせていないな」

「人間じゃなくて堕天使だとそういう感じなのかもね」

「いや、俺も誰かと触れ合いたいとは思うときもあるけど、サクラはそう思わないのかな?」

「私は、そう言うのは経験無いからわからないかも。興味はあるけど、一人になった時の事を考えると怖いかな」

「俺ならサクラを一人にしたりしないけどな」

「あはは、告白されてるみたいだね」

「そうとってもらってもいいけど」

「ガチかよ。冗談でも嬉しいよ」

「俺はお前に会うためにこの世界に来たんだからな」

「私に会うためって、私の事好き過ぎでしょ」

「それは嘘じゃないよ」

「ねえ、そんな事言われてもツッコめないよ。あんまりそう言う事言って、お姉さんをからかっちゃダメだぞ」

「俺の方が年上だと思うけど。ごまかそうとしてる?」

「そうだよ、言わせんなよ。恥ずかしいだろ。そんな事真面目な顔で言われても、こっちは慣れていないんだよ」

「じゃあ、慣れるまで言い続けるよ」

「やめろやめろ。私の精神がもたなくなる。そんな事してないで今後の方針決めるぞ。遊んでないで決めるぞ」


「ねえ、あの二人ってもしかして私達みたいに仲良くしたいのかな?」

「どうだろうね。でも、サクラのあの様子だと難しいかもね。みさきみたいに可愛く素直だと違うかもしれないけれど」

「そうね、お兄様がまー君みたいに素敵な男子だったら結果は違ったかもしれないけれどね」

「うん、サクラさんがみさきみたいに魅力的だったら違うかもね。みさきみたいに素敵な女性はそうそういるもんでもないから仕方ないか」

「ねえ、それってあたし以外にも素敵な女性がいるってことなのかな?」

「そんなわけないだろ。みさき以外は紙くずみたいなもんだよ」

「もう、それは言い過ぎよ。お姉様だってスタイルはいいじゃない」

「みさきにはそれを遥かに超える魅力が詰まっているよ」

「本当に?」

「本当さ」

「大好きよ」

「僕も大好きさ」


「ねえ、あれもツッコめないんだけど、私が貰った能力って本当に役に立たないんじゃない?」

「それについては何も言えないけど、きっとそのうち役に立つんじゃないかな」


 いつもと変わらないそんな会話をしていると、ルシファーの体が私の目の前から消えた。消えたと思ったのだけれど、それは物凄い力によって弾き飛ばされていただけだったようだ。ルシファーがいた場所に見た事も無い男が立っていた。


「お前は本当に強そうだ。だが、強そうなだけであって強くはないだろう。その証拠に俺の攻撃をかわすことも出来なかった。かわすことが出来ないという事は俺の方が強いという事だ。どうだ、お前より強い俺がお前の女を頂いて行くぞ」


 突然現れた男が私を抱えようと手を伸ばしたのだが、その手は私に触れる前に斬り落とされていた。切り口が滑らかすぎると遅れて血が出てくると聞いたことはあるのだけれど、地面に落ちたてからも血が出ていないのは不自然すぎる。それどころか、この男は手を斬り落とされたことに関して何も感じていないようだった。


「お前は俺の体を斬ったのか。そんな事は出来るはずがない。出来るわけがないんだ。俺の体は何よりも固い鉄で出来ているんだぞ。鉄は何よりも固い。世界一固いんだ」

「いや、鉄より硬い物質なんていくらでもあるじゃん」

「え、そうなの?」


 いつの間にか私の横にいたルシファーの手によって鉄の男はバラバラに切り刻まれていたのだけれど、それよりも印象的だったのは、バラバラに刻まれた体を手に取って嬉しそうに見ている正樹の笑顔だった。


「ケガは無いかな?」

「え、私なら大丈夫だけど。守ってくれてありがとう」

「仲間を守るなんて、当然の事だよ」

「そうよね。でも、正樹が生き返った鉄の男に襲われそうよ」

「大丈夫。あいつはそんな事じゃ死んだりしないよ」


 鉄の男はどういう原理なのかわからないけれど、その体を液状化して正樹の体を包んでいた。顔だけは出ているのだけれど、その体は鉄でおおわれて二倍以上の厚さになっていた。ゆっくりと私達に近付いてきているのだけれど、私達の目前に迫った時に間にみさきが割り込んできた。


「まー君を返してよ」

「大丈夫、その男を殺したらすぐに返してやるよ。殺したって生き返れるんだから黙ってやられろよ。一回で良いからさ。俺にも最強の称号をくれよ」

「いや、ルシファーを殺したってこの世界で最強になれるってもんでもないでしょ」

「ごめん、俺がこの世界で最強なんだわ」

「は?」

「何年か前にこの世界に来たんだけど、いつかサクラが来たときの為にって支配したんだけどね」

「本気?」

「うん、喜んでもらえるかな?」

「重すぎるだろ。私を迎え入れるために世界を支配したって何だよ。そんな簡単に世界征服するなよ。ってか、私が来る前提で物事が進んでいるってどういうことだよ。嬉しいよりも驚きと恐怖の方が大きいよ。何が何だか分かんないよ」

「二人ともごめん。まー君を助けたいから邪魔しないで貰っていいかな?」

「あ、はい」


 いつもとは違うみさきの迫力に押されてしまって私はその場に座り込んでしまった。ルシファーはそんな私を優しく抱きしめてくれたのだけれど、その優しさが何か怖かった。

 みさきは鉄に包まれている正樹の周りで見た事も無いような踊りを踊っているのだけれど、それがいったいどんな意味があるのかわからなかった。


「ねえ、その踊りってどんな意味があるの?」

「わからないけど、踊り子だから踊ってみただけ」

「わかんないのかよ。真面目にやれよ!!」


 私のその言葉に反応したのかはわからないけれど、みさきの雰囲気が先ほどとまた変わった。正樹の周りを回っている事には変わりないのだけれど、今度は踊りではなく殴ったり蹴りながら回っていた。素手で鉄を殴るのはやばいだろうと思っていたのだけれど、みさきの攻撃によって鉄が少しずつ変形して行っているのがわかった。鉄の男も反撃をしようとしているのだけれど、その攻撃がみさきに当たることはなく、その攻撃と回避が情熱的なダンスを見ているようだった。みさきのダンスが終わった時には、鉄の男は再びバラバラになってたのだけれど、正樹も血だらけになってその場に崩れ落ちてしまっていた。


「やりすぎだろ!!」


 正樹はその後すぐにリンネという妖精の手で復活するのでした。これが私達のパーティーに訪れた最初の死でした。

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