第22話 花の咲くような笑顔に男性は弱いですが、何か?

 ~ダリルside~



【ヴィヴィアン・ヴリュンデには、死んでもらいましょう】



 ――そう書かれた手紙を握りしめ、解散となった今、私は動けないでいるヴィヴィアンさんの手を握りしめ彼女のアトリエへと戻った。住み慣れたアトリエに入ると、ヴィヴィアンさんは力が抜けたように座り込み、顔面蒼白で固まってしまっている。



「大丈夫? 今ホットミルクを入れるわ」

「……ありがとう」



 彼女を支えながら立ち上がらせると、何時でも寝れるようにベッドへと連れて行き、彼女を座らせると私は備え付けのキッチンで彼女のためにホットミルクを作る。

 今回に関しては、私も自分の分を用意させてもらったわ。

 彼女にホットミルクを手渡し、私も近場の椅子をベッドに近づけて座り一口飲むと、少しだけホッと息を吐けたように思えた。



「わたくし……今まで皆さんを裏切ってきたツケが回ってきたのだと思いますわ」



 静かに口にしたヴィヴィアンさん。

 今までツケと言うのは、作家たちの情報を売っていたことだろうと言うのは容易に想像が出来た。



「わたくし、自分がこんなに不甲斐なく、そして愚かな女だとは今まで気がつきませんでしたわ。それを気づかせてくれたのは、ダリルさんだったり、ミラノ夫妻だったり……愚かなわたくしの為に、駄目になりそうだったわたくしのために、皆さんの協力あって、あんなにも素晴らしい小説を書けたのに……なんて不甲斐ないっ」



 そう言ってポロポロと涙をこぼすヴィヴィアンさんに、私は何も言わずただ聞いていた。



「不甲斐なくて、愚かで、どうしようもない罪を犯したのに、作家をやめられない自分がいますの……笑えるでしょう?」

「いいえ、笑わないわ」



 はっきりとした口調で告げると、流れる涙をそのままにヴィヴィアンさんは顔を上げた。



「……笑えないし、笑わないわ。あなたは確かに愚かなことをした。それは変わらない事実よ。でもね? ミランダはそれを、否定したかしら?」

「あ……」

「あなたはミランダの小説を馬鹿にしていたけれど、もう今は馬鹿にすることは無いんじゃ無いのかしら?」

「ええ……彼女は立派な小説家よ。間違いなく、誰にでも胸を張っていえるわ」

「だとしたら、あなたは生まれ変わったのね」



 その言葉にヴィヴィアンさんは目を見開くと、私は嬉しくて微笑んだ。

 あれ程までにエロ小説は害だと叫んでいたヴィヴィアンさんが、今では憑きものが落ちたかのように彼女を認めている。

 それは、一緒に仕事をしたからこそ解る事なのかもしれないし、ミランダ自身の魅力のおかげかもしれない。

 どちらにせよ、良い方向に動き出した矢先での、今回のことだった。



「もし仮に、あなたを否定する誹謗中傷が届いた場合、今度は音楽家の皆さんも黙ってはいないわ。着実に、締め上げていくでしょうね。今までリコネル王妃が静かだったのは、機会を伺っていたのよ」

「機会……?」

「そう、一カ所に集めて、全員を仕留めるためにね。時間は掛かったし、あなたが黒薔薇の会に入っていたから、中々手出しが出来なかっただけ。もうリコネル王妃は手加減しないと思うわ」



 私の言葉にヴィヴィアンさんは一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐに深呼吸すると、今度は力のこもった瞳で私を見つめてきた。



「わたくし、負けたくありませんの。あんな腐った人たちに、生まれも育ちも、いいえ、わたくしと言う一人の人間を馬鹿にされる筋合いはありませんわ」

「ヴィヴィアンさん……」

「確かに、わたくしはかの有名な変態伯爵の一人娘ですわ。いつ家が没落しても可笑しくない現状だって理解してますもの。でも、家のために、わたくしが犠牲になるのも、意に沿わぬ結婚をする気もありません。わたくし、自分で書いているような恋愛をして、その先はミラノが書いているような小説を実際に体験したいですわ」

「まぁ! 結構過激なのね」

「だって、ミラノが書くエロ小説は、最後は幸せな結婚と妊娠、出産ですもの。わたくしだっていつかは愛した男性と結婚して、子をなしえたいと思いますもの。ミラノに言えばきっと、それは自然の摂理だ! って叫ぶと思いますわ」



 その言葉にミランダが「自然の摂理だ!」と堂々と叫んでいる姿を容易に想像できてしまい、思わず吹き出して笑ってしまった。

 ――ヴィヴィアンさん、本当に強くなったわ。

 ――いいえ、強くなったのでは無く、自信がついたのね。

 絶対に屈することの無い、それだけの名誉を得ることが出来ると言う現実。しかも、自分の愛する小説と言う形で残るもの。



「良かったわ……あの時、あなたをミランダのアトリエへ連れて行くことが出来て。全てがうまく噛み合って、歯車が動き出して、そして今があるのね」

「ダリルさんのおかげだわ。あの時、わたくしはもう潰れかけていた。それに気づいてくれたのは、最初の一歩をくれたのはダリルさん、あなたよ」



 ――花の咲くような笑顔。

 一瞬息をのむほど、それほどまでにヴィヴィアンさんの笑顔は眩しかった。

 年甲斐にも無く胸の鼓動が早くなったけれど、彼女とはきっと【お友達】で終わるのが一番互いに傷つかないのよね……。



「お力になれて良かったわ」

「ええ! 小説が発売される前に一つお願い事があるのだけれど、良いかしら?」

「なにかしら?」

「服を買ってくれる約束、まだ有効でして?」



 上目遣いにおねだりしてくるヴィヴィアンさんに吹き出して笑うと、「無論OKよ」と答え二人して声を出して笑った。

 そして、次の日一緒に服を見立てに行ったの。

 彼女へと選ぶ服は、今回の渾身の力作の執筆を終えたお祝いもかねて5着。奮発したわ♪



 暗い服装の多かったヴィヴィアンさんには、彼女の肌、そして黒い髪に似合うように見立てて華やかに。

 それでいて、普段使いの服に関しては、今流行のロングワンピースを。

 ドレスに関しては、出来上がりは一週間後。普段使いの服はその場で既製品を購入したけれど、彼女はとても満足そうだった。

 物はついでとばかりに、ヴィヴィアンさんは下着と化粧品も購入し、「こんなにお金を自分のために使ったのは初めてですわ」と上機嫌だったの。


 今まで色々我慢をしていたのを伺わせる言葉。

 けれど、もう彼女にその心配はいらないと思うのよ。


 だってこんなに眩しく輝いているんだから。

 これからの先の人生は、きっと彼女を照らしてくれる男性だって現れるはずだから。

 私はその男性に彼女を渡す父親役かしら? それとも母親役?

 チクリと痛む胸を押さえ、微笑みながら歩く彼女の隣で、私も同じように微笑んでいた。





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ここで二章終わりです。

明日から三章に入ります(`・ω・´)ゞ


ダリルさんとヴィヴィアン氏は、中々に相性がいいのではないだろうか。


と、思いながら執筆しました。

何気に苦労人なヴィヴィアン氏と、なんでも飄々とこなすダリルさん。

ううーん、ダリルさんならヴィヴィアンさんを守ってくれそうだなー。


なんて思いながら執筆してました(笑)

この二人を是非応援してくださると幸いです(`・ω・´)ゞ

また、執筆環境がちょっと変わりました。

今後もストレスフリーで頑張りたいと思います!

(この事に関しては、近況報告にて書いております)


アクセス頂き、有難うございました!

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