第21話 リコネル王妃が少々お怒りですが、何か?
アトリエに向かうと、既にリコネル王妃の馬車が到着しており、更に三つの豪華な馬車まで到着していた。
三つの豪華馬車と言えば、もう誰が来ているのかは容易に想像できる。
「我が夫、オスカーよ」
「なんっすか」
「眠い」
「きてらっしゃるの、リコネル王妃様と音楽家の御三家っすよ。起きましょう」
スッと眠りそうになる妻をペチペチ叩いて起こし、アトリエの中へと入っていくと、ホールでは既に御三家が興奮気味にヴィヴィアン氏を囲っていた。
無論、ヴィヴィアン氏の隣にいるのはダリル姐さんだ。
「本当に素晴らしい小説だわ!! 悲恋でありながらの純愛……苦悩と喜びが波のように押し寄せてくる素晴らしい内容でしたわ!」
「ええ、ええ! 愛を貫きながらも最後は自分の愚かさを嘆く……実に素晴らしい」
「素直な心と狡猾なやり取り、そして愚かな自分と未来への交差、これは歌詞にするのがどれほど大変か……っ」
そう叫び合う音楽家のエルシャール様や、作詞家のアズラン様、そして、オペラ歌手のイリーシア様。その圧倒的な存在感と声のボリュームで既に委縮しているヴィヴィアン氏。
助けを求めるようにダリル姐さんを見るも、お手上げだとジェスチャーすると、ヴィヴィアン氏は今にも泣きそうな表情で「有難うございます」と口にしていた。
「おやおや! ミラノ・フェルン作家!!」
「なんと!」
「あぁミラノ! 実に素晴らしい小説だったわ!!」
「そうだろうとも! 先ほどヴィヴィアン氏を囲んで盛りあっている所をバッチリ聞いたからね! 私が書く小説にしては、エロは控えめにし、それでいて愛と愚かさと純愛と悲恋を素晴らしくマッチさせた渾身の力作だとも! ヴィヴィアン氏がいなくては絶対に生まれることのなかった素晴らしき作品だ!」
まるで舞台女優のように叫ぶミランダに、御三方とリコネル王妃から拍手喝采が起きた。
だが方やヴィヴィアン氏というと――。
「ミラノくらいの堂々さが、わたくし欲しいですわ」
「諦めなさい、彼女は規格外よ」
何処か遠い目をした二人。
何となくこの二人に、同じ苦労人としてのシンパシーを感じずにはいられなかった。
「この小説を歌にする、歌詞にする、音楽にする……素晴らしい瞬間に私たちは立ち会えるのが嬉しいね! それで? ただのオペラで済みそうかね!?」
「いいえ、いいえ! これは大体的な大人数を使った歌曲にすべきですわ!」
「そうだとも! 何とも腕のなる仕事ではないか!」
「あぁ……この小説がこの世に生まれたことに、ミラノ作家とヴィヴィアン作家に感謝してもしきれない」
「素晴らしき音楽になることを期待しているよ!」
国のトップである御三家に対し、そう言い切った妻のミランダに、流石の俺ですら遠い目をしてしまった……徹夜明けのテンションすげぇ。
まだ若いヴィヴィアン氏の方が、このやり取りをハラハラしながらみてるってどういうことだろうか。
とは言え、睡眠時間を極端に少なくして必死に書き下ろした力作だ。
ミランダだって興奮しているのだろうと理解は出来た。
そんなカオスな空間の中に、優雅に入っていったのは――リコネル王妃だ。
「実に素晴らしい小説でしたわミラノ・フェルン作家」
「リコネル王妃、有難うございます」
「あ……ありがとうとざいます!」
「既に印刷の手配をして、真っ先に6冊作りましたの! クリスタル様の分と、わたくしの分と、ジュリアス様の分と、御三方の分!」
「わたくしたちのは無いのですね……」
「ごめんなさいね? そちらはもっと良い表紙で作りたくって、もう少しかかるの。でも安心してね? 二人分、あなた達二人の努力の結晶として分かるように手配したから」
「おおおお!」
「あ、ありがとうございます!」
どうやら妻とヴィヴィアン氏の本は特別版らしい。
それを聞いて妻も上機嫌だし、ヴィヴィアン氏なんて目を輝かせてダリル姐さんに喜びを伝えていた。
その後、御三家の話によると、大規模動員の歌劇にするには全てが直ぐには追い付かないそうで、まずは小説を大々的に売り出し、その帯には『音楽のカリスマたちが歌劇を手掛ける!』と書いておこうと言う話にもなった。
「さて、盛り上がるところはここまでにして、ちょっと真面目な話をして宜しいかしら?」
リコネル王妃のその一言で御三家もハッとした表情になり、妻とヴィヴィアン氏を見つめる。
「これからご説明することは、他言無用です。では、奥の部屋でお話ししましょう」
笑顔でそう告げたリコネル王妃に、俺たちは続いて歩き、室内に案内されるとヴィヴィアン氏とダリル姐さん、そして俺たち夫婦にに書類が手渡された。
――そこには、驚くべき内容が書かれていたのだ。
あまりの言葉に眉を寄せた俺たちは、付属されていた手紙を開き、そこに書かれていた文字を読んで息を呑んだ。
【ヴィヴィアン・ヴリュンデには、死んでもらいましょう】
間違いなく、そう書かれた手紙が入っていたのだ。
驚き声が出ないヴィヴィアン氏。眉を寄せ手紙を今にも握りつぶしそうなダリル姐さん。
ミランダは既に手紙を握りつぶしているし、俺は一歩前に出てリコネル王妃に向き合った。
「どういう事っすか?」
「ヴィヴィアンさんが以前所属していた、アリィミア・ダライアスのサロンで開かれている黒薔薇の会で出た指示だそうですわ。泳がせていた諜報部がこの手紙を貰ってきましたの」
「「……」」
「諜報部の方が言うには、ヴィヴィアンさんに物理的に死んでもらおうとは思っていないみたい。そうではなく、ヴィヴィアンさんの筆を折ることを目的としてこれからは活動を歌劇にしていくそうよ」
「そう……なのですね」
「だから、今回ヴィヴィアンさんとミラノさんが合作で小説を出したことは、大きな転機となるわ。両者を潰しにかかる可能性もとても高いの。でもね? 今回の小説はあなた達小説家だけの問題ではなくなってしまったのよ」
その言葉に俺は御三方を見つめた。
そうだ、今回の小説は御三方によって歌劇にされるのだ。
国でも知らぬものがいない音楽家たちが、丹精込めてこの小説を歌劇にする。そうなれば、誹謗中傷していた人間たちはどうなるか。
――社交的、寧ろ、表向きには褒めたたえるだろう。
だが、その裏では誹謗中傷を書くのだろう。
では、誰に絞って書くのか?
一か所に誹謗中傷を送れば、その作家のみを狙っていると言う事が直ぐにわかる。
では作家のみを狙った場合は?
その場合は、御三方が黙っていないだろう。
では、御三方にまで誹謗中傷を送るのか?
――誰がそんなリスクの高い事をするだろうか?
「なるほど……つまり、相手側は一か所を狙っているつもりだったのに、下手をすれば……」
「包囲されますわね」
「わたくしたち音楽家が絶賛して歌劇にまですると言っている小説を誹謗中朝すれば、出どころを探すでしょう。わたくしたちを守る機関が黙っていませんわ」
そう、音楽家たちを守る為の国としての機関も、リコネル王妃が既に作り整備をしている。
長い伝統のある音楽を守るその国の機関までもが敵に回った場合、最早誹謗中傷していた輩は社交界に出ても、どんな目で見られるか分かったものではない。
そういうリスクを背負ってまで攻撃できるのかと言うと、NOともハッキリ言えないのが残念な所ではあるが……作家を守ると言う意味合いでは、更に強固なものになるだろう。
「アリィミア様には、そろそろ黙っていてもらおうと思いますの。少々うるさく飛びすぎましたわ」
ニッコリと微笑んで口にしたリコネル王妃に、全員が一瞬震えあがった。
――この王妃、本気でキレてる。
「取り合えず、小説発売日が楽しみですわね。決戦が近づいていると思うとドキドキしますわ」
「そうだな決戦だな。血が滾るな!!」
「すみません、そろそろ妻を寝かせたいっす。この場所をアトリエではなく魔物討伐の戦闘中とでも思っているかもしれないんで」
「そうね! かいつまんで話は以上ですわ! 本当にお疲れさまでした!」
こうして解散となった訳だが、妻は本当に半分眠っていたらしく、ドレスを着たまま仁王立ちで眠ってる妻を見て、今回の小説がどれほど締め切りが短く、どれ程、作家が頑張ったのかを全員が悟った。
皆さんには申し訳なく思いつつも、妻を抱きかかえアトリエで寝かせたその頃、ダリル姐さんとヴィヴィアン氏は――。
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アクセス頂き有難うございます!
土曜、家事が忙しく執筆が出来ずっ!
日曜、女子会参加などで執筆が危うく、何とか帰宅して一時間で書きあげました。
若干読みづらかったら申し訳ないですが、頑張って執筆したので(汗)
リコネル王妃、ついにお怒りですね!
次回はヴィヴィアン氏とダリルさんとの話になりますが、どうなるのかは是非お楽しみに!
★★お知らせ★★
最近ですが【異世界転生審査課】と言う小説を更新始めました。
不定期更新ですが、こちらは夜~深夜にかけて執筆してるので、完結頑張ります。
応援して頂けると幸いです(`・ω・´)ゞ
妻シリーズとはずいぶんと雰囲気が違いますので、お気に召されるといいなぁ。
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