第11話 元魔物討伐隊副隊長の勘ですが、何か?
ミランダの計らいで、俺とダリル姐さんは労いの親睦会に参加することになった。
そこには、ミラノ作家の小説の絵を担当したヨハネル氏も参加しており、本当にささやかな、それでも気配りの利いた親睦会が始まった。
「ヨハネル氏も、今回は中々にファンレターが多かったようだね」
「ええ、有難い事にファンレターは多かったですよ。それ以上に誹謗中傷は多かったですが」
「ははは! 人気者は辛いものだな!」
「ええ、本当に。一体何が気に入らなくてあそこまで誹謗中傷出来るのかと、一度脳を開いてスケッチしてみたいところです」
……中々にお怒りの様だ。
思わずゾッとしてしまう殺気を感じ、俺は用意されていたオレンジジュースで喉を潤した。
「年々、誹謗中傷の手紙は増えていく一方です。私はリコネル王妃の主催したコンクルールの初期生ですが、生き残っている作家、絵師は今居るメンバーだけですよ」
「他は潰されたかね」
「ええ、作家や絵師の筆を折るのを生き甲斐にしているような輩がいるようですね」
その言葉にミランダの眉が少しだけ動いた。
作家にとって、絵師にとって、自分の筆を折られる程の誹謗中傷を、生き甲斐だと言ってやられること程、気分が悪いものはないだろう。
事実、俺も社会の闇の一つではないのかと心配している。
もしそんな集まりがあるのだとしたら、それは間違いなく、潰されるべきものだろう。
「もしこれ以上、作家や絵師に対しての執着的誹謗中傷が増えるようなら、一度リコネル王妃と相談するべきだと思っています。いいえ、遅すぎるのかも知れませんね」
「ふむ……確かに、遅すぎるのかもしれないが……。一度リコネル王妃にご相談するのはアリだろう。リコネル王妃とて大手作家だ。彼女にも誹謗中傷は来ているのだろう?」
「ええ、不思議な事に専門的な分野の本に関しても来ているようです」
「知ってるわ。技術系の参考書や農業学に関する専門書にも来ているんでしょう?」
ダリル姐さんの言葉に俺は目を見開くと、ダリル姐さんは静かに溜息を吐いて「大問題よねぇ……」と言ってワインを口に含んだ。
「小説に誹謗中傷がくるのは、何となく理解できるの。物語が気に入らない、ストーリーが自分の思い通りじゃない。このキャラが好きじゃない、魅力的じゃない……色々あると思うわ。けれど、技術的専門書にまでアンチって沸くのかしらね」
「それは初耳だな……」
「ええ?? 専門書にまで、ですか?」
「そうよ? 本であれば、小説を書いている人間なら相手が王妃であっても無差別ね。そして、専門書に絵を描いた人にまで幅広く嫌がらせが届いているとリコネル王妃から聞いたわ」
どうやら、「此処で止まる」と言う事を知らない人間が多いらしい。
最早暴徒と化していると言っても過言ではない気がするが、ミランダは静かにエールを飲み干すと、ドンッと机にジョッキを置いて「ふむ」と口にした。
「……組織的な問題かもしれんな」
「組織的……ですか?」
「ああ、済まない。魔物討伐隊を抜けて大分経つんだが、どうも癖が抜けなくてね! ただ、そこまで執拗に誹謗中傷をすると言う事は、一人二人ならまだしも、組織的なものを感じずにはいられないのだよ」
「もし組織的なものがあるとしたら」
「厳しい沙汰が下されるだろうな。リコネル王妃を匿名とは言え誹謗中傷したことをジュリアス国王陛下が許すとは思えない。国母を攻撃するなど、あってはならぬ事だからな!」
「組織的……か」
俺も小さく呟き、あの手紙の量と、三つの偽名、三つの謎の住所を思い出した。
それらは確かに同じ住所、同じ名前であったにもかかわらず、筆跡は全員バラバラであったのは間違いない。
そして何より――それらの誹謗中傷の手紙を、リコネル王妃が荷馬車で回収する理由は何なのだろうか。
「だが、所詮は私の考えだ。事実は違う可能性の方が高いだろう! 実際そのような組織があってたまるかと思ってな! すまないな、色々と考えてしまったな!」
「いえいえ、流石巧みなエロを考える作家だと思いましたよ」
「妄想力だけは高いのだよ、はっはっは!」
「ミラノ作家は豪快だけど博識なのよね♪」
「ダリルには負けるがね!」
「まぁ! お上手なのね! お酌してあげる♪」
「美人にお酌されるのも悪くないものだな!」
「オスカーさん、ミラノ作家は美人にも弱いんだね」
「面食いっすね」
その一言にジッと俺の顔を見つめるヨハネル氏は、小さく「なるほど、納得だ」と苦笑いを零してワインを飲み干した。
けれど――。
「もし組織的のそんなものがあるとしたら、筆を折られた仲間たちの恨みを晴らしたいところだよ」
そう小さく呟く声を聴き、俺は何も答えず小さく頷いてオレンジジュースを飲む。
作家や絵師にとって、スランプに陥ることはよくある事だ。
ミランダとてスランプに陥ることはよくあった。
だが、筆を他者に折られること程、辛く、ムカつくことはない。
それが、親しい作家や、親しい絵師だった場合、その怒りは想像を絶するものがあるのだと思う。
そして、もし仮にミランダの筆を折るような真似を、そう言う輩がやらかした場合――。
「俺も、容赦はしないっすね」
「はは、良い仲間が出来てホッとしたよ」
「応援する作家がいれば、それは運命共同体みたいなもんですから」
ニヤリと微笑んでヨハネル氏を見つめると、キョトンとした表情をしたのち、少年のように、そして嬉しそうに微笑んで俺の頭を撫でまわしてくれた。
そんな様子を見たミランダは俺に飛びついてきて撫で繰り回されたわけだが、愛しい妻の筆は絶対に折らせないし、折るような輩にはそれなりの制裁を加えたいとさえ思ったのだ。
「全くもう、ミラノ作家は旦那さんが大好きね♪」
「ああ、大好きだとも! 何せ私の一番の理解者であり、私の小説の一番のファンだからね!」
エロ小説が一番好きって訳じゃないけど……まぁ、一時期はお世話になったしな。
「そうっすね、一番の理解者は俺っすね」
「流石我が夫だよ!!」
「わわわ!! それ以上の言葉は夜まで待って欲しいっす!!」
その後に続く言葉を察し、慌ててミランダの口を押えたが、その様子を見ていたヨハネル氏とダリル姐さんからは、生暖かい笑顔を向けられてしまい、何とも恥ずかしい気分を味わったその頃――。
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