第10話 諜報部は知っていますが、何か?
~ダリルside~
メイクも一切無いスッピンに、髪は本来のウェーブがボサボサ状態になり、何時もの「美しいわたくし!」と言う姿のないヴィヴィアンさん。
別に彼女のことが気になる訳でもないし、どうこうしようと言うつもりもないけれど、一応諜報部として彼女の事は調べてあった。
本名――ヴィヴィアン・ヴリュンデ。
変態伯爵として有名なヴリュンデの一人娘。
ネルファーの姉の嫁ぎ先と言えば、解りやすいのかしら……。
ネルファーの姉であるエリファーが悲惨な死を遂げてからと言うもの、ヴリュンデ伯爵は社交界から追い出される形で姿を見せなくなった。
そして、丁度その頃、年頃の娘であったヴィヴィアンは社交界デビューしたばかりで、社交界からは白い目で見られ、婚約者を見つけることも出来ず、花の盛りを過ぎ去ろうとしている。
そんな中、彼女は気合と根性で、もしくは、才能を開花させたのか――華々しい小説家デビューを果たした。
親の影響か、家庭の影響か。
只管に清く、只管に優しく、只管に心に打って出る純愛小説を書き続けるの。
ご家族の事が悲劇と言えば悲劇だろうけれど、彼女が本当の意味で腐っているのかどうかは解らない。
けれど――。
「……化粧道具有難うございますわ」
「ふふ、肌に合って良かったわ。ファラーノエテールの商品なの」
「まぁ!! 女性なら誰しもが憧れるファラーノエテールの商品なんですの!? 通りで……」
「ふふふ! 出来上がりも滑らかでしょう? さ、後は髪を整えましょう? 美しいウェーブを元に戻さないと、折角の美しさが半減してしまうわ」
「お願いするわ」
こんな女性同士のような会話も、彼女にとってはあまり経験のない事だったに違いない。
何処までも純粋で。
何処までも哀れで。
何処までも嫉妬深い。
それが、私が調べ上げた【ヴィヴィアン・ヴリュンデ】と言う人物。
男嫌いなのは、父が妻たちを裸で、しかも犬の首輪を付けさせて歩かせていたからだろうと言うのは理解している。
その所為で、ミランダの書く小説への嫌悪感が酷いのだって知っている。
知っているけれど――アレとコレは別じゃないかしら??
「ほら、美しい姿に戻ったわ」
「まぁ、本当に……わたくしがするよりも綺麗ですわ」
「ふふ、素地はいいですもの。磨けば綺麗になるのは当たり前じゃなくって?」
「そうですわね、そう言って下さると嬉しいですわ。あのミラノ・フェルンの友人とは思えない極め細やかな対応で感謝いたしますわ」
「まぁ! 私なんて、ミラノさんに何時も助けて頂いてばかりよ? 昔狙われたことがあったんだけれど、彼女は身を挺して私を守ってくれたわ」
「あら、それは当たり前じゃなくって? だって彼女は乱暴な魔物討伐隊副隊長でしょう?」
ほら、直ぐにソコをついてくる。
確かにミランダは魔物討伐隊副隊長をしていたけれど、それが乱暴者、粗忽者呼ばわりされるのは私としても頭にくるわね。
「本当に、そうかしら?」
「だって、魔物討伐隊っていったら」
「そう、魔物討伐隊が先陣斬って国の周囲を守っているからこそ、私たち住民は安心して過ごせる……。私はそんな魔物討伐隊を国の騎士だと、盾だと言えるわ」
「ダリルさん?」
「ヴィヴィアン、上辺だけ見てはだめよ? 本当に大切な事はずっとずっと深い所にあるの。それは、恋愛小説でも同じではなくって?」
「……」
私の優しい言葉使いに、ヴィヴィアンさんは顔を俯き静かに首を横に振った。
どうしても納得が出来ないのだろう。
「では、ゴブリンの巣で苗床にされていた女性たちに、名誉ある死を与えたことは?」
「ゴブリンに……ですの!?」
「私だったらそんな事をされている女性を見れば発狂するわ……だって、私だったらって思うと怖くて足が竦んでしまうもの。助からない女性たちに、人としての死を与える判断を下すのが、どれ程辛い事か……ヴィヴィアンさんにも分ると思いたいのだけれど」
顔を真っ青にしながらも、今度は強く頷いた。
「非道な事だと思われるかしら?」
「いいえ……そうなった場合、女性がどうなるのかは知ってますもの……非道だとは思いませんわ。だって……助かりませんものね」
「その判断を下すミラノさんを、魔物討伐隊を軽蔑する?」
「……でも、皆さん仰いますわ。魔物討伐隊にいたような女性がまともであるはずがないって」
「皆さんって……ヴィヴィアンさんも参加されている、誹謗中傷のレターを書くことを主としたソーシャリティの方々の事かしら?」
「え!?」
まぁ、私が知らないとでも思ったのかしら?
顔面真っ青に染めてガクガク震えるヴィヴィアンさんに冷たい視線を送ると、彼女は立ち上がった途端、腰が抜けたように座り込んだ。
「私思うの。そんなソーシャリティに参加しないと、貴女は自分の小説を、自分の筆を守れないのかしら?」
「な……なんのことだか分かりませんわ! 失礼な事を仰らないで!」
「ええ、失礼なことかも知れないわね。でもこれだけは覚えておいて」
「なにを……」
「貴女も、もう、餌食として見られているわ。覚悟を決めた方がよろしくってよ」
「――!?」
そこまで真剣な表情で伝えると、嘘ではないと気が付いたのだろう、真っ青に染まった表情のままガクガク震え、床に落ちている自分のペンを見つめた。
「自分だけは筆を折られないとでも思った? 保身の為にソーシャリティに参加していれば安全とでも? 違うでしょう? 直ぐに彼女たちは貴方を餌食にするわ。気を付けて、自分の小説を、自分の筆を守れるのは自分だけよ」
「あ………」
「さ、話は終わり。私は親睦会に行ってくるわ♪」
そう言うと私は立ち上がり、彼女に背を向けて歩き出した。
すると、すすり泣く声が聞こえ始めたけれど、私にできるのは、今は此処まで。
後はあなた次第よ。ヴィヴィアンさん。
このまま進むのも。
そこから抜け出すのも。
餌食になるのも。
筆を折られるのも。
全ては自分の結果次第――。
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