第9話 他人の不幸を笑うのって癖なのか聞きたいですが、何か?

 その後も続いた手紙の仕分け作業は、結局トータルで三日掛かり、三日目の朝にはダリル姐さんと一緒にグッタリとしながらアンチの書いた手紙を段ボールに投げ込み、リコネル王妃が用意した荷馬車に乗せて終わりになった。



「朝日が眩しいっすね……」

「結構な量だったわね……読んでいて精神が抉られたわ」

「アンチ……怖いっすね」

「ええ……」



 ――有名になればなるほどアンチは付く。

 そう断言していたのはリコネル王妃だ。

 あのリコネル王妃の書く小説にすら、アンチが沸いているのだから、無差別なのだろうと思うとゾッとする。

 処罰される訳でもないからこそ、まるでストレスのはけ口のように書きなぐられる誹謗中傷は、精神を一気に削るだけの威力があると思った。



「妻が、心が新鮮な内は良い小説が書けるって言ってたっすけど……」

「誹謗中傷の嵐なんて来ようものなら、新鮮じゃなく腐っちゃうわよ」



 だからこそ、以前執筆して人気のあった作家は筆を折られているのである。

 ただ、このアンチ。

 ミランダにのみ来ているのかと言えばそうではない。

 本当に無差別なのだ。


 絵師であるヨハネルを始めとする彼らにもアンチは沸く。

 不思議な事に、その心理は謎である。



「まぁ、アンチの心情なんて知りたくもないっすけどね」

「単純に気に入らないだけでしょう? 価値観の相違って奴よ。悩むだけ無駄な話」



 お互い背伸びをして荷馬車をも送り、ホッと安堵の息を吐いたその時、アトリエの扉が開き現れたのはヴィヴィアン氏だ。



「まぁ、余程誹謗中傷のお手紙でも届いていたのかしら? ふふふっ」

「まあ! 人の不幸を笑うなんて、下品な御方」

「下品だなんて失礼ですわね。あのような卑猥な小説が世に出回っていること自体が悲しむべき問題ですことよ?」

「リアルで恋愛もしたことがないお嬢様のお言葉は虚しいっすね」

「なんですって!!」



 そうキャンキャン吠えても、決して俺には近寄らないヴィヴィアン氏。

 だが、ダリル姐さんの完璧な女装の前には、気を許しているようだ。



「ともあれ、手紙の選別作業は終わりっす。俺たちこれからミラノ・フェルン作家の家で労いの親睦会っすから」

「そう言えばお風呂も貸して貰えるんだったわね。私ちゃんとドレス持ってきてるの~!」

「いいっすねー!」

「化粧道具もバッチリよ! おしゃれして臨まないとね♪」



 最早ヴィヴィアン氏等目に入れていないと言わんばかりの盛り上がりのダリル姐さんに、ヴィヴィアン氏は顔を真っ赤に染めてフルフルと震えているようだ。



「それで? ヴィヴィアンさんは新しい小説の執筆作業かしら?」

「そうよ!! 今回はもっと純粋で優しく思いやり溢れる純愛を書くんだから!」

「それって、需要あるのかしら……まぁ、需要があるから売れるのよね。何事も需要と供給ですもの」

「わたくしを馬鹿にしないでくださる!?」

「そう……馬鹿にはしたくないんだけれど、一つだけいいかしら? せめてお化粧と髪型くらいは整えて外に出るべきじゃないかしら? 女性としての嗜みが今の貴女になくってよ」

「!?」



 その言葉に、やっとヴィヴィアン氏は、スッピンにボサボサの頭であることに気が付いたようだ。



「やだ……わたくしったら……化粧道具!」

「忘れたのね?」



 ハッとした表情ではあったものの、ヴィヴィアン氏がまさか化粧道具を忘れてきていることにいち早く気が付くダリル姐さんの凄さに驚きつつも、ダリル姐さんは俺の方を見てトントンと肩を叩いた。

 そして、ヴィヴィアン氏の身支度をしてから屋敷に向かうから先に帰っていて欲しいと言われ、その事もミランダに伝えるべく了承した。



「確かに、人気作家がスッピンにボサボサ頭で外を出歩くわけにはいかないっすよね」

「人気作家以前に、一人の女性としてよ。後で来るからよろしくね」

「了解っす」



 こうして、俺は一足先に屋敷へと戻り、書斎にいたミランダに先ほどの出来事を伝えると、懇親会は急いで今からするわけでもないから大丈夫だと笑顔で言ってくれた。

 それよりも――。



「君も体をほぐしてきたらどうだね? ここ三日、ファンレターの仕分けで疲れているだろう?」

「あぁ……そうさせて貰うっす。流石にインクの香りは暫く嗅ぎたくはないっすね」

「ははは! そこは我慢したまえ!」

「はいはい、了解っすよ」



 疲れ果てた俺の顔を見ての事だろうと直ぐにわかったが、ミランダに言われるがまま、俺は屋敷にある大きな風呂場へと通された。

 気持ちをリラックスさせるラベンダーの香り……癒される……。

 それにしても、毎度思う事は誹謗中傷の手紙の宛名と名前だ。

 それらは全て、3種類の偽名と住所を使っており、大量に届いているのだ。

 筆跡を昔調べたところ、複数人で書いていることが判明している。


 まるで……それがライフワークだとでも言いたいかのように。



「腹が立つっすね」



 ブクブクと口元で泡を立てつつ眉を寄せると、俺は一旦頭まで湯船に浸かってから顔を出し大きく息を吸って吐いた。

 もし仮に、アンチの行動がライフワークと化しているんなら、それは一つの社会的問題のようにも感じられる。

 かといって、それらを止めるだけの法整備は、まだまだされないだろう。

 最近になって、転売に対する通達が行われたばかりだ。


 直ぐには全ては進まない。

 一歩ずつ、一つずつ。

 そして、国に関わる問題には迅速に。

 だが、個人に関する事については後回しになるのは致し方ない事だろう。


 それでも、社会の闇がアンチだとしたら、それはそれで大問題のような気もするが……。

 長い溜息を吐き、ゆっくりと風呂を出ると、軽めの着替えを済ませ俺はミランダの元へと向かった。

 ミランダは誹謗中傷の事について、どう思うのだろうか?

 些末な事だと笑い飛ばすのだろうか?

 それとも――。



 その答えは、後々知ることになる……。




=======

本日は2話更新でした。


アンチコワイ、アンチコワイ。

でも、一番は人の不幸を笑うような人間ってことなのかな?


そんな事を想いながら執筆しました。

しかし、相変わらずダリルさんが美女……いえ、イケメンですね。

バーサーカーの妻になりまして! から登場しているダリルさん。

彼は今後もちょいちょい活躍していくので、是非好きな方はお楽しみに!


明日は、うまくいけば3話同時UPが出来そうです。

出来るだけ更新できるようには心がけますが、応援よろしくお願いします!


また、♡やレビューがあると喜びます(/・ω・)/

そちらもどうぞよろしくお願いします(`・ω・´)ゞ

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