第5話 好きな事はやめられないようですが、何か?
「恋愛小説だって冒険の小説だって、夢がありますでしょう? わたくし、両方楽しく読んでいますわ。楽しいに国境はありませんし、好きな事を止める事なんて出来ませんもの」
「確かに。私も一度はエロのない恋愛小説や、夢や希望溢れる童話を書いてみたいものだな」
「貴女では無理でしてよ、骨の髄までエロで埋まっているような女性に、清き恋愛が出来るとでも思っていますの? それに、今回貴女が出した小説だって、身寄りのない男の子を手籠めにして……嗚呼っ 言葉にするのも憚られますわ!!」
「読んだのですね」
「仕方なくよ!!!」
でも、ちゃっかり読んだんだな。
顔を真っ赤に染めて、多分冒頭から最後まで嘗め尽くすように読んだんだろうな……あのエロ小説を。
「良く平然とあんな小説を出せますわね!! 破廉恥極まりないですわ!!」
「破廉恥で何が悪いのかね? それを求めている読者もいるのだよ。需要と供給だ。お望みなら今度はハーレム物でも書いてみても良いがね?」
「は……はは……ハーレムですって!? ハーレムで【あんなこと】や【こんなこと】をするような小説を書くと仰るの!?」
「私はハーレムとしか言ってないがね?」
「ミラノ作家、それ以上はヴィヴィアン氏の心臓が持たないのでやめた方が良いですよ」
「いじり過ぎたかね? はははははは!!」
頭から湯気を出してアワアワしているヴィヴィアン氏に、ミランダは豪快に笑うと、ヘンリーは「ミラノさんとハーレム……」と何やら妄想しているようだ。
そこにあるホールケーキでも顔面に投げつけようかと思ったが、何とか理性を総動員して止めておいた。
「だが実際好きな事は止められないね! 私が書きたいのはエロ小説であって、どう足掻いても清い恋愛小説や夢と希望の童話などは書けない。無いもの強請りさ。その点、リコネルさんは色々書けて羨ましくもあるよ」
「わたくし、雑食ですもの」
「「「雑食……」」」
「そう、雑食。エロも書きますし純愛も書きますわ。童話だって嗜みますわ。冒険ものだって楽しく、経済系に職人系に精通した物も幅広く……嗚呼、体が一つでは足りませんわ」
そう言って深い溜息を吐くリコネル王妃に、俺はリコネル王妃の凄さを改めて痛感した。
経済学に精通する小説から、職人の世界を描いた小説、それこそ、国の在り方さえも書き込んだ小説さえも出しているのだ。
ちなみに、妻は知っているが……俺はリコネル王妃様の書く小説の大ファンでもある。
毎回買うときは、読む用、保管用、サイン入り用と三つ用意しているくらいの大ファンである。
「執筆って、やはり楽しまないとやっていけませんけど、ファンあっての作家でもありますわよね。お手紙があると俄然やる気が出ますわ」
「確かに、僕もファンレターとか貰うと嬉しいです」
「私だってファンレターは貰いますわ! 特に素敵なファンレターを貰った時の嬉しさと言ったら、言葉で表現するのも難しいですわね!」
「ミラノ作家の小説のファンレターはどんなものがありますの?」
そう問いかけてきたリコネル王妃に、俺は一瞬眉をしかめた。
確かにファンレターは沢山来る。
最早お前ストーカーだろって言う内容の過激なものもあるが、一番多いのは……アンチだ。
作家の筆を折らしたいのか解らないが、自分に都合のいい小説出ない場合、もしくは、自分の考えていた内容と異なると言った場合の暴言の羅列には、チェックしているこっちの方が疲弊する。
「ファンレターも多いっす」
「も……と言うと?」
「厳しい意見もその分多いっす」
「まぁ、小説事態がエロ小説なんだからそこは仕方あるまい。必死に作家の筆を折らせたがるような熱烈なファンレターも届くがね!」
「恐ろしい」
「嫌ですわ、そんな作家の筆を折るようなファンレターなんて……。気持ちを押し付けるのも読者ですけど、作家の伝えたい気持ちを読み取るのも読者でしょう?」
「ふーむ、そこは人によって変わるのではないのかね? それに、好きで筆を折らせたがる読者は早々いないと信じたいところだがね……実際どうなんだろうねぇ」
「実際いるとしたら、それはそれで性格の問題のような気もしますわ」
そう答えるリコネル王妃にミランダは首を横に振ると、話を進めた。
「一度粘着されると、それは最早熱狂的なファンと言っていい程の量が来る。厳しいファンレターの山を貰うことになるぞ? 私にも数人そういう人がいてだな」
「「恐ろしいですわ……」」
「確かに恐ろしい……だが、熱狂的なファンと言うのはどんな世界にも存在し、尚且つ、どんな場所にでも現れる。今こうして話している間にも、窓に張り付いている場合とてあるのだよ。前回の手紙でそこは判明している」
その言葉に全員が窓を見つめると、ガタッという音と共に走り去っていく足音が聞こえた。
……本当に居たのか、あのファンレターの人。
思わずゾッとしていると、ミランダは豪快に笑い出し「こういうのが常だろう?」と当たり前の出来事のように口に出す。
そんな姿を、リコネル王妃を始めとして全員が顔色を悪くしつつ呆然とした様子で妻を見ると、ミランダは屈託のない笑顔で言葉を続けた。
「ああいうファンがいるから、執筆をやめられないんだ。だって、ネタになるからな」
「ネタに」
「してしまうのね」
「ああ、ヤンデレとかその手の類で使えるだろう?」
「確かに」
リコネル王妃の即答に思わず妻以外の全員がリコネル王妃を見たが、ヴィヴィアン氏は顔を真っ青にして恐怖し、ヘンリーは困惑した表情を浮かべている。
「なぁに、屋敷にまで押しかけないだけマシだ。それに、作家の事を隅々まで知りたいと言う読者心もわからなくもない」
「寛大なお心をお持ちなのね」
「まぁ、隅々まで知っているのは夫だけだがね!」
そう言って豪快に笑うミランダに俺が顔を赤くすると、ヘンリーから殺気のこもった視線を受けた。
――どうだ、羨ましかろう。
そう言ってやりたいのを、グッと我慢した。
だって仕方ないだろう? 作家とはなんだかんだ言って繊細なものだからな。
ミランダ曰く。
『心が新鮮なうちは、良い作品が書ける!』
彼女が言うのなら、間違いはないのだろう。
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