第4話 他の作家も個性派揃いですが、何か?

 それから程なくして、妻の書いたエロ小説が発売になった。

 そう、ファンで言えば、待ちに待った新刊の発売日である。

 リコネル王妃のお店でしか買えないと言う事もあり、朝から長蛇の列が出来ていた。

 毎度思うが、エロへの執念は男女共に凄いものがある……。


 今回、新たなる扉として大々的に発表された【オネショタ】のエロ小説。


 列には男性だけに留まらず、無論女性も多かった。いや、寧ろ女性の方が比率的に多かった。

 やはりショタとは罪深いものなのか。

 ロリも強いと思ったが、ショタも中々に強いのだと改めて痛感したのである。

「YESロリータ・NOタッチ」と言う言葉をリコネル様が仰っていたが、今後は「YESショタ・NOタッチ」と言う言葉も加えなくてはならないのではないだろうか。



 さて、此処で一つ問題がある。

 世の中、エロ小説を卑猥なもの、絶対的悪だとして訴える人たちも多いのだ。

 犯罪を助長するだの、健全ではない等と、とにかくエロければそれらを排除しようとする。

 そういう方々も、今回の新刊発売をいち早く聞きつけやってきている。

 その中心人物と言うのが、ミランダと犬猿の仲と相手がそう思っているだけなんだが、恋愛小説作家のヴィヴィアンだ。



「尊い恋愛を汚すなんて許せませんわ!!! エロとは害悪なのです!!」



 そう声を高らかに叫ぶヴィヴィアン氏に、馬車からその様子を見ていたミランダは声を殺して笑っていた。



「全くもって可笑しい事を言うなぁヴィヴィアン氏は」

「全くっす。恋愛の先にエロがあるって気づかないんすかね?」

「気が付かないのだろう。彼女は生粋のリアル男性大嫌い人間だ」

「あー」



 そう、ヴィヴィアン氏には一つ問題があった。

 それは、リアルの男性は愛せない。リアルの男性が気持ち悪いと言う徹底した考えだ。

 絵の中に浮かぶ男性は良くとも、リアルの男性は蕁麻疹が出るほど苦手らしい。

 俺ですら近づこうものなら、悲鳴を上げて逃げられるほどに。



「キスだけで満足できるのは、初々しい恋愛期間だけだろう? でも、その先にあるのは?」

「エロっすね。男が好きな女と一緒にいてムラムラしない筈ないんっすから」

「だよねー」



 声を潜めて馬車からヴィヴィアン氏を見つめると、顔を真っ赤にして「害悪です!」「清い恋愛に戻りなさい!」など叫んでいる。

 ――まずお前が清い恋愛をしてみろ。

 ――手本を見せろ手本を。

 思わず毒づきたくなったが、それを抑えて小さく溜息を吐きヴィヴィアン氏を睨みつけた。

 すると――。



「嫌だわ!! いやらしく卑猥な視線を感じましたわ!!」



 誰がお前にそんな視線を送るか!!!

 脳みそ一度洗濯してこい!!


 ……と、叫びたいのを何とか堪え、ミランダは口を押えて今にも爆笑しそうになっている。



「くくくっ そろそろ離れよう。このままヴィヴィアン氏を見ていたら声を大にして笑いそうだ」

「そうっすね。見つかったら厄介っすね」



 こうして一旦屋敷に戻り、夜には作家たちが集まって、アトリエでの新刊発売祝いとなった。

 無論そこにはヴィヴィアン氏もやってきていたが、彼女は喪服のような姿に、堂々と積み上げられたミランダの小説を睨みつけながら椅子に座っている。

 あの喪服姿は、彼女なりのエロ小説へ対する抗議らしい。

 まぁ、ミランダや他の作家には全く無意味な抗議なんだけどな。



「新刊発売おめでとうミラノさん!」

「有難うございますリコネル王妃」

「あら、こういう場ではリコネルさんと読んでくださると嬉しいわ。わたくしも小説家ですもの!」



 そう、誰もが知る誰もが読んだことが一度はあるだろう大手作家であるリコネル王妃。

 最近執筆活動にいそしんでいるらしく、ダリル姐さんが「ジュリアス様、もっと頭が輝きそうになるほど心配されていたわ」といっていた。



「今回のオネショタは絶対売れますわ! 何といっても尊いですもの!!」

「うむ、私も尊いと思う。特に、夫が年下なだけあって萌えの要素は押さえているからな!」

「実体験も入れ込んでいますのね!!」

「やはり、リアリティを求めるなら実体験は大事であろう!」

「解りますわ!!!」



 盛り上がるリコネル王妃とミランダを微笑ましく見守る童話作家のヘンリー。

 彼が何を思っているのかは考えたくもないので却下する。

 却下したい所だが……。



「僕もミラノさんの新刊読みましたよ。もう一気読みです」

「おお! どうだったかね」

「尊さの中に浮かぶ哀愁やもどかしさ……それでいて下半身に響く濃厚な表現。僕はトイレに篭るところでしたよ」

「ははは! トイレに籠城か!」

「あぁ……本当に……オスカーが羨ましい恨めしい」

「有難うございます。自慢の妻です。幸せです」

「ああ、憎い」




 そう、俺が危険人物だと言う理由はただ一つ。

 ヘンリーはミランダの事が好きなのだ。

 この世界では、男性は三人まで妻を持つことが出来るが、実は夫も三人まで持つことが出来る。

 ヘンリーは第二夫を目指しているのだ。

 腸が煮えくり返りそうな事だが、ミランダは残念ながらヘンリーは好みのタイプではないらしいし、夫は一人で十分だと言っていた。

 その言葉を聞いたときはホッと安堵したが、油断は出来ない。

 このヘンリーは腹黒いからな……。



「僕ならミラノさんの書く小説のどの種類であってもモデルになる覚悟があるのに」

「ほう、モデルかね」

「はい、BLでも何でもOKです」

「んん、魅力的な言葉だが、今のところ執筆が終わったばかりだからな。次の執筆は暫く夫と過ごしてからでも遅くはないと思っている」

「では、その隙間でもいいので一緒に今後の小説についてお話しませんか? 僕も次の童話の事でご相談がありますし」

「ふむ、清い童話ならヴィヴィアンの方がお得意じゃないかね?」



 いきなり話を振られたヴィヴィアン氏は盛大に咳き込み、まるで信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。

 すると――。



「嫌ですよ、あんな場を弁えないような人。お祝いの席に喪服で来るとか……ぶっちゃけ、ありえないですし、清い考えの持ち主とは思えません。他人の喜ばしい事に水を差すような女性を、僕は清い人とは見ませんから」

「なっ!!」

「それに、恋愛小説作家として名は売れていますけど、恋愛の先って考えたことあるんですか? だって男女ですよ? 初々しい恋愛ならキスや抱きしめる的な表現でいいでしょうけど、現実が見えてないですよね。僕、童話作家ですけど、そのあたり結構シビアです」

「シビアだね」

「ええ、シビアです。恋愛の先にはるのは肌の触れ合い。そもそも男を理解していませんよ。男は好きな女性といればキスだけで満足するはずないでしょう? 好きな女性と結ばれたっていうなら、体だって結ばれたいのが男心ですし、女だって似たようなところがあると思うんです。もしそこの部分がないって言うなら、それはただの恋愛ごっこです」

「――なんてことを仰るの!? 清い恋愛に体の付き合いなんて!!」



 恋愛小説全面否定と言わんばかりの言葉の羅列に、ついにヴィヴィアン氏、雄叫びを上げた。



「清き恋愛には清い心が宿ります!! 体でしか愛情を測れないなんて、それこそ狂ってますわ!!」

「じゃあ、貴女は清い恋愛をリアルの男性としたことがあるんですか?」

「……それは」

「無いですよね?」

「ぐ……」

「全部妄想ですよね? 男はそんな清い生き物じゃないですよ」



 ズバ―――ン。



 と、ばかりに言い放ったヘンリーに、ヴィヴィアン氏涙目である。

 少し留飲が下がったとはいえ、やはりヘンリー。

 優しい笑顔のまま相手を刺し殺していく様は本当に貴様童話作家と聞きたくなる。



「でも、清い恋愛を読みたいと言う女性も多いんですのよ?」

「うむ、清い恋愛小説を読みたいと言う女性は多いものだ。例えば、リアルの男性に疲れた女性や、碌でもない男と付き合った女性などな。まぁ後は、普通に恋愛小説が好きと言うのも実に多い。そういう私はヴィヴィアン氏の小説はかかさず読んで集めているがね!」

「あ……貴女にファンになってもらっても困りますわ!!」

「ハッハッハ! 私としてはヴィヴィアン氏の恋愛小説は清い心を保つための安定剤だよ。でなければ夫をひん剥いて何処ででも襲ってしまいそうだからな!」

「なんて破廉恥な!!」

「クソ! オスカー許せない!」

「俺、どっちにどう反応すればいいんっすかね?」



 顔を真っ赤に染めて俺とミランダを交互に見つめるヴィヴィアン氏。

 俺を殺意の籠った目で射抜いてくるヘンリー。


 ……もう面倒なんで、相手しなくていいっすかね?




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