コカトリス・フリッター 4


 アーネストは断面からできるだけ目を逸らしつつ、話を聞いた。


「コカトリスの骨、特に首の骨は非常に密で、簡単には断ち切れません。遠距離魔法ロングならソネットが最低限、ですが一撃で仕留めるのは難しいでしょう」

「どうすればいいの?」

「首の下に急所と呼べるポイントがあります。ここですね」


 と、師匠はコカトリスの首を指したらしい。ヴィンセントとダニエルが感心したような声を上げる。


「かつてドラゴンが混ざっていた名残で、ここを貫けば倒せます。単純に倒すだけならそれだけで充分です」

「じゃ、なんで首を落としたの?」

「食材に利用するから血抜きをしろ、と言われているんです」

「へぇ……」

「食材って、学校の?」

「そうです。来週はコカトリス・フリッターだらけになりますよ」


 わぁ、と歓声。アーネストもコカトリス・フリッターは好きだったけれど、今はちょっと喜ぶ気分になれなかった。

 その時師匠がふいにアーネストを呼んだので、彼は少しびっくりしながら振り向いた。


「っ、うん、なに?」

「厨房のスマイスと特殊な方法で繋いである端末です。一羽目を仕留めたので送る、と連絡してもらえますか。番号は六四三七です」

「分かった」


 差し出された小さな携帯電話を受け取る。スマートフォンではなくて、耳を当てるらしいところと無骨な数字のボタンしかなかった。


「これどうやって使うの?」

「……ああ、そうでしたね。ええと、まず番号を押して」

「うん」

「それからその――電話のマークを。左側の」

「これ?」

「それです」


 言われた通りに押すと、プルルルル、と古臭い呼び出し音が鳴り始めた。数える間もなく、スマイスはすぐに応答した。


『おう、一羽目だな。思ったより早かったな』

「あ、はい。あの、最初は師匠が倒したから」

『ん? ああ、弟子の方か』


 スマイスは電話の主が師匠でないことを知って、『なるほどな』と笑った。


『アーネストだな?』

「うん」

『よし、じゃあ、今他の三人は準備をしてるだろ?』


 そう言われて見てみる。と、ヴィンセントとダニエルが白い大きな紙のようなものを広げているところだった。そこには何やら複雑な魔法陣が描かれている。


『転移魔法は難しいんだが、事前に準備をしておけばそうでもない。今回は双方向性のゲート式、とかって呼ばれるタイプの魔法を使う。原理は単純だ。二カ所にまったく同じ魔法陣を用意して、通路を繋ぎ、その間に飛ばしたいものを通すってわけ』


 理屈だけは簡単そうに聞こえた。けれど魔法陣の複雑さを見ると、言葉だけで聞いた感じほど簡単でないことは察せられる。


『これの利点は双方向性、つまり行ったり来たりができるってことと、距離や質量がどんなでも安定してるってことだな。ただし、事前の準備がちょっと面倒なのと、今こうやって通話してるみたいに、発動のタイミングを別の方法で合わせなきゃいけないってのがデメリットだ』

「そうなんだ」

『そっちの準備が整ったら教えてくれ』

「うん」


 師匠が杖を振って、コカトリスの巨体を動かした。魔法陣へきちんと収まるように、羽の位置や足の角度を調整して、もちろん二つの頭もそっと添える。それから彼はこちらに向かって手を挙げた。


「準備、終わったみたい」

『オーケー、んじゃ、繋ぐぞ。どっちにも聞こえるように、三、二、一、ってカウントしてくれ』

「分かった」


 アーネストは師匠に向けて手を振ってから、声を張り上げた。


「行くよー! さーん、にーい、いーち」


 ぜろ、と言った瞬間、魔法陣を描いていた黒い線に金色の光が走った。それは師匠が立っている辺りから全体へ、そこから空中へと広がった。柱、とまではいかないけれど、傍に立っているヴィンセントとダニエルを顔まで金色に染め上げるくらいに、その光は上へと伸びて、コカトリスを包み込んだ。

 よく見ると光は粒状になっている。

 それがふいにぐるんと回り出した。地中に超強力な掃除機でも設置されていたかのように、渦を巻きながら魔法陣へと吸い込まれていく。

 光がすっかり消えてしまうと、魔法陣の上には何も無かった。


『無事に届いたぜ。じゃ、続きもがんばれよ』


 目を奪われていたアーネストが返事をするより早く、通話は切られてしまった。


 二羽目も師匠だけで相手にした。今度こそ参考になるように、と開けた場所にいるやつを選んで、今は防御に徹してくれている。けれど、


「参考になる、これ?」

「うーん、どうだろう……」

「コカトリスの動きにパターンがあることはなんとなく分かった」

「マジかヴィンス」

「よく見ろよ、そんな複雑じゃないし。ほら、跳び上がって蹴り。相手が横に回ったらヘビ。くちばし。蹴り。反撃されたら羽を使って後退……こんなところの組み合わせだろ」

「あ、本当だぁ」


 ダニエルはそれで分かったようで頷いている。けれど、アーネストはピンとこなくて首を傾げた。


「分からなくはないんだけど……」


 どちらかといえば分かるのだ。分かるのだけれど、それが分かったところでどうするんだ? という思いが、アーネストの理解を邪魔していた。

 じぃっとコカトリスを見詰める。ピンと立った鶏冠と逆立つ羽は警戒心だ。矢継ぎ早の攻撃は焦燥。ヘビがニワトリに向かってちょっと牙を向けたのは苛立ち。師匠に向けてくちばしを大きく広げ、鋭く鳴くのは敵対心と――恐怖。


(倒さなきゃいけないのは分かるんだ)


 増えすぎたコカトリスが人間界で暴れたことがある、と師匠が言っていた。ダニエルがその事件を知っていた。それは十年前のことで、この場所の側に飛び出たコカトリスが一般人を襲い、二人が死亡、十数人の負傷者を出した、と。


(食べるのも分かる。普段からそうしてるし)


 コカトリスだけじゃない。牛も豚も魚も、誰かが殺したのを食べているのだから。その辺りのことをあまり考えすぎると、なにも食べられなくなる。


(でも……)


 師匠がスーツケースを振るった。ヘビの頭がそっぽを向かされ、巨体がバランスを崩す。精彩を欠いた蹴りは軽々躱して、師匠はニワトリの首の下に潜り込んだ。動揺。恐怖。諦観。

 スパンッ、と首が刎ねられる直前に、アーネストは目を瞑った。


「本当にグロイの苦手なんだな、アーネストって」

「グロイのっていうか」


 師匠に呼ばれて茂みから出ながら、ヴィンセントに言い返す。


「痛いのが好きじゃないんだ。なんかこっちまで痛くなってくる気がするから」

「共感性が高いってのは大変だな。今度スプラッタ系のホラー見ようぜ」

「ふざけんなよヴィンス、絶っっっ対に嫌だ」

「はは、冗談だって」


 一羽目と同じように処理をする。アーネストはやっぱり連絡係だった。

 三羽目からは三人も戦闘に加わった。といっても、師匠の指示に従って『防壁』を張ったり、『雷撃』を撃ったりしただけだが。損害は今のところ、ヴィンセントが蹴られて骨折避けの護符を失ったことと、アーネストがヘビの牙を避けた拍子に山の斜面を数メートル転がったくらいで済んでいる。

 最初は大きさにびびって足をすくませるばかりだった三人も、だんだん慣れてきて、五羽目くらいにはまともに立ち回れるようになっていた。


「六羽頼まれていますので、次が最後です」

「もう終わり? 意外と楽だったな」

「油断すると痛い目を見ますよ、ヴィンセント」

「はーい」


 ヴィンセントは素直に返事をしたが、油断を消し切れていないのは明らかだった。アーネストにはそれが分かったけれど、自分も同じだったから気にならなかった。


(大丈夫、油断はしてない。慣れただけだ)


 周りを見る余裕だって出てきたし、擦り傷が空気に触れてひりひりする感覚も戻ってきた。さっきまではそんなことを気にできるほど脳の容量が残っていなかった。今はそれがある。

 だからこそ感じ取れたのだ。


「いてっ」


 頭痛が走るほどの強い感情がどこからか流れ込んできた。強い焦り。混乱。敗北感。パニック。自暴自棄。

 激しい怒り!

 思わず立ちすくんだアーネストのすぐ横で、茂みが大きく揺れた。奇声とともにコカトリスが飛び出てくる。その片目が潰れているのがかろうじて見えて、そして。


「『防壁guard』!」


 アーネストの目の前が真っ赤になった。



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