9 二人の正体
「どうすんだよ、これ……」
俺は完全にビビりながらニュースを見ていた。カイヨ=ウプラゴ・ミも、興味深げにニュースを見ている。いや興味深がっている場合じゃない。拉致改造した取り巻き女子は、恐ろしいものを語る口調で、「新党人類の幸福を許すな」に改造された間に見ていたものを話している。「新党人類の幸福を許すな」に改造され、人間を襲わされたと言っている。その間は自由意志がなく、頭の中は殺戮しかなかったとか、そういうあることないことを、これは宇宙人の俺が見た印象なのだが――どこか嬉しそうに語っていた。
そしてそいつは、「新党人類の幸福を許すな」と戦っている「屠龍戦士」の話もした。屠龍戦士。そいつらにやっつけられた上で救われたのだ、と。
「ああっ」カイヨ=ウプラゴ・ミが変な声を出した。なんだなんだ、とカイヨ=ウプラゴ・ミが持っているスマホを覗き込むと、「宇宙ふしぎチャンネル」が炎上していた。
そういうわけで、大変重い気分で月曜日がやってきた。学校につくと、改造されたやつ――笹山――が、屠龍戦士がいかにカッチョイイか説明していた。
「なんかね、金髪ですらっと背が高くて筋肉質で、明るくて飄々としてて、いかにも地球を守る戦士って感じだった」
なんとなくいやぁな感じがする。いや金髪ですらっと背が高くて筋肉質なんてどこにでもいる見た目だ。亜心と一緒に歩いていたあの家族とやらのほかにもいっぱいいる。大勢に影響なし。難しいことは考えない。
「やっぱり『新党人類の幸福を許すな』は悪いんだよ」
「宇宙ふしぎチャンネルにはサブリミナル効果が入ってるって噂聞いたよ」
――ここは話を合わせるほかないのか。
そんなことを考えて黙っていると、亜心が教室に入ってきた。とたんに取り巻きたちの温度が僅かに下がった。亜心は自分の席に着くと、俺の教えてやった文法のおさらいを始めた。
それを見ていた取り巻きの男子が、わざと亜心の机に腰掛けた。完全に勉強を妨害している。
「三峰さん迷惑がってるだろ、やめろよそういうの」
「だって三峰が勉強したってバカなのは変わんねーよ」
あんまりだと思った。俺は完全に気分を害したので、廊下に出た。取り巻きのうちの何人かがついてくる。ついてくるなバカヤロー。
――廊下を、制服でもなければスーツでもない、すごく雑ないで立ちの人間が歩いてきた。金髪ですらっと背が高くて筋肉質。ああ、亜心の家族のひとだ。手には弁当の包みを持っている。
「――ドラゴンスレイヤーさん!」
取り巻きの笹山が、まるっきし「ゴ●リンスレイヤーさん!」の調子でそう言った。え、こいつ屠龍戦士なの? ……じゃあ、その妹分の、亜心は?
嫌な予感で息が詰まりそうだった。そのドラゴンスレイヤーさんは亜心に弁当を届けて帰っていった。
「……三峰さん、あのドラゴンスレイヤーさんと知り合いなの?」
取り巻きの女子が亜心にそう訊ねた。亜心は頷いて、
「家族」とだけ答えた。どういう血縁か訊きだそうと取り巻きたちは盛り上がったが、亜心は完全なるガン無視を決め込んだ。
亜心の、その心の強さが羨ましい。
俺は亜心が屠龍戦士だと仮定して、その場合どうすべきか考えた。
俺は「新党人類の幸福を許すな」の総裁である。屠龍戦士とは戦う定めにある。……なんだよ、定めって……。いままで作ってきた改造兵士はかたっぱしから屠龍戦士に倒されたわけだし、やはり屠龍戦士とは戦わねばならない。先代の総裁からは、お前たちはやり方がぬるい、もっと人を殺す勢いでやれと言われている。殺す勢いなんて怖くて俺にはできないが、それも考えねばならないのか。
だけれど、俺は亜心が好きだ。せっかく勉強を教えてやる間柄になったのに、戦ってどっちかが死ななきゃいけないなんて嫌だ。ぜったいに嫌だ。
共存共栄を目指すべきなんだろうか。地球人は俺たち宇宙人を受け入れてくれるのだろうか。いやきっと無理だ。地球人と一緒に暮らすことができるなら、もっと前の総裁がそれを成し遂げているはずだ。
地球人と一緒に生きていくすべは、ないのだろうか?
◇◇◇◇
学校から帰ってきてぼーっとテレビを観ていた。
このあいだの改造兵士は、わたしのクラスメイトだった。テレビは大々的に、「新党人類の幸福を許すな」の悪についてわーわー言っている。戦う気もないのにわーわー言うのはやめてほしい。そのしわ寄せがぜんぶわたしたち屠龍戦士にくるのだ。
「キャハハハハ」
博士が唐突にマッドサイエンティストみたいな笑い声を上げた。いやマッドサイエンティストなんだけど。
「博士、ビックリするからやめて」
「キャハハハハ。これはすごい。我ながらハッキング技術が完璧すぎる」
向こうでポテチとコーラを摂取しているスーさんをちらと見る。スーさんはパーティ開けしたポテチの袋とコーラのペットボトルをもって近寄ってきた。
博士の画面になにか表示される。不鮮明な人の顔だ。
「博士、これは?」わたしがそう訊ねると、博士は、
「キャハハハ。『新党人類の幸福を許すな』の本部を、先日治療した改造兵士に取り付けられていたデバイスからハッキングしてみました。いちおうリアルタイムの映像ですが、スマホのインカメラの映像なのでそれほど鮮明ではないですねえ……もうちょっと表示をはっきりさせてみましょうか」
カメラが動いて、その映っている人物が鮮明になった。
――これ、星瀬くんの従姉だ。
後ろには得体の知れない機械が並び、従姉は感情の読み取りづらい表情でスマホをいじっている。星瀬くんの従姉が、「新党人類の幸福を許すな」のリーダー? なら星瀬くんは?
とても怖かった。星瀬くんと戦わなきゃいけないかもしれない、そう思うだけで冷や汗が出る。息をつめて画面を見ていると、
「ただいまー」と、星瀬くんが画面に入ってきた。
「ダイオキシアスさま。もういい加減まずいですよ、マスコミ関係者をさらってこなくては」
「カイヨ=ウプラゴ・ミ、お前考えることが宇宙人すぎるぞ」
「だって宇宙人ですもん。そう言うダイオキシアスさまも宇宙人ではないですか」
「そういうことじゃなくて。さらってきて言うことをどうにかするなんて、キャトルミューティレーションやってるリトルグレイとなんも変わらんぞ」
わたしは絶句していた。
星瀬くんが、ダイオキシアス……ノックス・ダイオキシアス。「新党人類の幸福を許すな」の総裁。わたしは自分をぎゅっと抱きしめた。それくらいの勢いで、恐怖が迫ってきた。嫌な汗がじわじわと制服のブラウスに染みるのを感じた。
「それよりカイヨ=ウプラゴ・ミ。えらいことになった。俺が振り向かせたくて仕方のない女の子いるだろ?」
「ああ、三峰亜心ちゃんでしたっけ」
「あの子、どうやら屠龍戦士側の人間らしいんだよ」
――バレていた。それは別にどうだっていい。バレているらしいことは今日学校にスーさんが弁当を届けにきた段階で察していた。
「なら叩きのめすのみです。人間なんぞに恋してもなんにもなりませんよ」
「いやそう言うけどさ、俺は……俺は……なんとか和平を結びたいと考えている」
「正気ですか?!」
星瀬くんの従姉がそう叫んだ。そりゃそうだ、「新党人類の幸福を許すな」と屠龍戦士は、もう何十年も戦い続けている。いまさら和平なんて結べるわけがない。
わたしは、その画面を正視していられなくて、自分の部屋に逃げ込んだ。
逃げ込んで、わぁわぁ泣いた。星瀬くんと戦うなんてぜったいに嫌だった。せっかく、勉強を教えてもらえる立場になったのに。もうちょっとで対等になれると思ったのに。
部屋でずっと泣いているうちに、涙のひっこみがつかなくなってえっくえっくと喉が鳴った。そうやって悲しい顔をしながらえっくえっくしていると、女神タリアが部屋のドアをノックした。
「ゲオルギウスや。きょうの夕飯はなんですか?」
うるせえ知るか。てめえで作れ……と、悪態をつきたかったけれど、できなかった。
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