8 二人の当て馬

 なぜわたしは、屠龍戦士は、戦わねばならないのだろう? 地球の平和とか、正直なところわたしはどうだっていい。地球なんて滅ぶなら滅べくらいの感じだ。


 だけれどそう考えようとすると心の奥底にでんと建っている「ドラゴンスレイヤー・ロゼッタストーン」が、その考えをキャンセルしてくる。


 完全なる思考停止。

 思考停止状態で改造兵士と戦いながら、(ようやくモンスターっぽいデザインになったなー)と、のんきに関係ないことを考えてしまう。


 この改造兵士はわたしたち屠龍戦士が守るべき人間。それを守れなかった時点で、屠龍戦士というものが破綻していることが分かる。この戦いが終わったら普通の高校生になりたい。普通に、コンタクトを入れて、メイクして、制服を着崩して……ほかの高校生みたいに、当たり前の青春を謳歌したい。


 でもそれはできない。わたしは屠龍戦士として育ち、屠龍戦士として生きてきて、いまさらそうでない暮らしなんかできっこないのだ。


 わたしは赤ん坊のころ、両親を「新党人類の幸福を許すな」に殺された。当然両親の顔なんて知らないので、小学校で母の日だの父の日だので描かされた親の似顔絵は、当然のことながら適当にでっちあげた。今思うと思いやりも配慮もくそもない小学校だったと思う。


 親を殺されたわたしを拾ってきたのは、戦死した先代のドラゴンスレイヤー・ゲオルギウスだった。わたしは日本中の基地を転々としながら、「新党人類の幸福を許すな」と戦うすべを学び続けた。そしていま、この田舎の小さな街で、スーさんやタリアさまや博士と暮らしている。そして、高校では星瀬くんと出会った。でもそれも三月までの縁だ。


 もう変わりようがないほど、わたしの人生は、いびつなのだ。


 目の前に倒れている改造兵士を見る。いつものような自爆機構がついていないか、徹底的に検査する。ない。基地に連れ帰って博士に直してもらおう。それをスーさんに提案する。


「いんじゃね? よし、連れ帰ろうか」


 スーさんは改造兵士――すごく小柄な、おそらく女性か子供だろうと思われる人物――を、ひょいと脇に抱えると、基地に戻るドアを開いた。


「なあゲオルギウス」


「なに? お昼ご飯なら焼きそばだけど」


「いやそうじゃなくて。お前さ、学校に好きなやつがいて、でも三月でここを去るんだろ?」


「……べつに好きとかそういうのじゃない。仮にわたしが好きでもどうにもなんない」


「それなら――あのさ、俺じゃだめか?」


「……はい?」


 スーさんの突拍子もないコメントに、ほんの一瞬息が停まった。


「俺じゃだめか、って聞いてるんだ。俺はお前に人並みの人生を歩かせてやりたい」

 訳が分からない。


「あのさスーさん、高校に好きな相手がいる人間に、どうしてそういう当て馬ムーブをかますわけ? 好きもくそもない家族に、どうやって恋愛感情を持てと?」


「そりゃ……カンだ。なんか嫌な予感すんだよ、お前の好きな相手」


「……ふーん。とりあえず丁重にお断りしておきます」そう答えて、基地のなかに踏み込む。博士の操作するロボットアームがみょいーんと伸びて、改造兵士の治療に取り掛かった。


 お昼ご飯に焼きそばを作り、タリアさまとスーさんとそれを食べた。それを食べ終えるころ、改造兵士のほうはちゃんとした人間に戻してもらっていた。


 ――その改造兵士は、同じクラスの、星瀬くんの取り巻き女子だった。そう、この間廊下で星瀬くんを捕まえてわたしのキモいところを列挙していたあいつだ。嫌な予感が頭をかすめる。


 顔を合わせたくなくてわたしはトイレに引きこもりトイレ文庫のサ●エさんを読む作戦に出た。その女子生徒はスーさんが車で街まで送っていった。


 それからトイレを出ていくと、博士は電子合成の声で、

「改造兵士を作っているのは、『新党人類の幸福を許すな』のリーダーである、ノックス・ダイオキシアスと、カイヨ=ウプラゴ・ミという二人だそうですよ」


 とわたしにそう言ってきた。どっちもひどい名前だ。



 ◇◇◇◇



「あう~……」

 俺は狭いアパートのなかをひたすらぐるぐる歩き回っていた。そりゃそうだ、カイヨ=ウプラゴ・ミが改造したのは俺の取り巻きのひとりだというのだ。もしそいつが、俺の正体についていろいろ言いだしたらどうなるだろう。俺はキラキラ男子の座から転落どころか人間扱いもされないに違いない。宇宙人だと蔑まれ高校を追い出されるかもしれない。そうなったら、もう亜心に会うことはできない。


「なに難しい顔されてるんです?」と、カイヨ=ウプラゴ・ミが焼きおにぎりをはむはむ食べながら訊ねてくる。俺は怒りの早口で、べらべらべらーっともろもろの事情を説明した。


「大丈夫ですよ。あの女の子、星瀬正義クンとノックス・ダイオキシアスをイコールできるほど賢く見えませんでしたし」


「うぐぐう……俺は学校くらい平和に過ごしたいの! ようやく見つけた俺のアタラクシアなんだからな、学校は……いや体育とか音楽とか苦手な科目もいろいろあるけど」


「そんなに楽しいんです? 人間の通う学校というところは。ずいぶんと非効率的な学習の仕方だなあってずっと思ってるんですが」


「学校は楽しい。友達がいて先生がいて、喋ったり勉強したり、とにかく青春なんだ」


「……青春、ですか」


「そう青春。お前も月山ちひろとして楽しく生きてみろよ」


「そんなことをしたら人間に情が移るじゃないですか。人間は何百年も、我々と戦い続ける、いわば我々にとっての敵です。いずれ征服して、従属させる相手です。目をお覚ましください」


「目を覚ませって、なにがだよ」


「人間なんかに惚れてる場合じゃないということです。相手は彼氏がちゃんといるんですよね? いまさら好きだとかなんだとか言ったって遅いんですから」


「彼氏じゃなくて家族っていってたもん……」


「その場をしのぐための嘘では?」


「……仮にだ、俺が亜心を諦めたとして、お前はどうしたいんだ?」


「そ、それは……」カイヨ=ウプラゴ・ミは唐突に声のトーンを高くして、

「それは! ダイオキシアスさまに! 好きって言うんです!」

 という予想外の答えを発してきた。


 ダイオキシアスさまに好きって言うんです。……は? 俺はサッパリ訳が分からなくて、ポッカーンの顔でカイヨ=ウプラゴ・ミを見つめた。カイヨ=ウプラゴ・ミは、震えるような小声で、なにかぼそぼそ喋っている。


「だってダイオキシアスさまはお守りしていないとどこにいっちゃうか分からないですし。ダイオキシアスさまはわたしがお守りするって決めたんですし。ダイオキシアスさまは人間の女なんかと付き合っちゃいけませんし」


「分かったから落ち着け。でも俺は亜心のこと諦めないからな。三月までに地球を征服して、だれよりも大きな花束をもって亜心を迎えに行くんだ。そしたらきっとついてきてくれる」


「そんなことしなくてもわたしはついていきますけど」


「……単為生殖する種族も恋愛すんだぁ」俺はのどかにそう言った。カイヨ=ウプラゴ・ミ、いや月山ちひろは小鼻をふくらませて、


「恋愛と生殖は別物です」と答えた。そういう問題なんだろうか。


 とにかく部下から思わぬ矢印を向けられていることにびっくりしつつも、まあ……気にしないことにした。俺は亜心が好きだ。もしかしたら振り向いてもらえるかもしれないところまできている。これを逃すわけにはいかない。


 そう思っているとスマホが鳴った。見てみると取り巻き連中からメッセージがきていた。


「笹山さん、『新党人類の幸福を許すな』に改造されたらしいよ」


 笹山というのは取り巻きの、改造兵士にしたやつである。メッセージは次々くる。


「屠龍基地ってところで人間に戻してもらったんだって」


「なんも考えないで応援してたけど、『新党人類の幸福を許すな』ってヤバいんじゃないの……?」


 見ていたくなかったので通知を切ったのだが、その日のテレビのトップニュースは「新党人類の幸福を許すな」に改造された女の子のインタビューだった。

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