7 二人の周辺

 俺は電子レンジ調理の台湾まぜそばを食べていた。うまい。


 俺とちひろの食事は冷凍食品かファストフードになりがちである。料理するのが面倒だし、地球の食材をどういじっていいのか分からないからだ。


 隣の部屋(ちひろが持ち込んだ機材で超ゴチャゴチャしている)では、地球人ベースの改造兵士を作っている。これなら地球人の守護者である屠龍戦士は手出しできまい。


 とにかく。

 三月までに人類を屈服させ、俺たち宇宙人の人権を認めさせ、地球を支配する。

 そして、俺は亜心に好きだと伝える。そして、俺が「新党人類の幸福を許すな」の総裁、ノックス・ダイオキシアスであることを打ち明ける。


 地球人はなんだかんだ、サブリミナル効果もあるのだろうが「新党人類の幸福を許すな」の思想に共感してくれている。この好機を逃さずなんとする。きっと亜心だって、「新党人類の幸福を許すな」の思想を理解してくれるはずだ。


 そんなことを考えつつ、台湾まぜそばの皿になる容器を捨て、歯を磨いて寝ることにした。明日は学校だ。また亜心に勉強を教えられる。


 学校は、デモの話題でもちきりだった。宇宙ふしぎちゃんの動画の話もそうだ。


 きょうも雑に過ごして、放課後になった。自習室に向かおうとしたところで、取り巻きのひとりに捕まった。名前は覚えていない。頭の悪そうな女子だ。


「星瀬くん、きょうも三峰に勉強教えるの?」

 取り巻きの女子はそう言ってきた。そうだけどなにか? と訊ねると、

「三峰、キモいじゃん。眼鏡かけて髪短くて。ソックスも短いし、私服ダサいし、キモいじゃん」と、その女子生徒はまくし立てた。


 まったく予想外の理由で、亜心は嫌われているようだった。なんでそんなくだらない理由で、亜心が嫌われねばならないのか。さっぱり理解不能だ。


「……そんなくだらない理由で人を嫌いになるなんて、がっかりだな」

 俺がそう言うと、その女子生徒は、

「えっだってキモいじゃん、いつもすっぴんだしお弁当茶色いし」

 ますます理由がくだらなくなった。ため息をつく。


 無視して自習室に向かおうとすると、その女子生徒は俺に追いすがってきた。

「やめてよ。星瀬くんが三峰なんかと仲よくしちゃだめだよ。三峰は人間として常識がないんだよ。三月に転校するって聞いてみんな喜んでるんだから」


「そういう理由で嫌われたら、お前だっていやだろ? 自分が嫌なことを他人に押し付けるな」


「だってあたしソックス普通だし髪毎日巻いてるし、コンタクトだし、ちゃんとメイクしてるし、お弁当だってかわいいよ?」


「そういうことじゃねんだよ……三峰を嫌いだって言ったら、俺はお前を嫌いになるからな」


 そこまで言って、やっと女子生徒は引き下がった。

 自習室に向かうと、亜心が一人で英単語の書き取りをしていた。


「ごめん遅くなった」


「大丈夫。なんだか絡まれてるなーって廊下から聞こえてた。星瀬くんは人気者だから、仕方がないね」亜心はそう言って微笑む。


「……あのさ。亜心はさ、もっと見た目に気を使ったら、可愛くなると思うんだよな」


「別に高校生が可愛くしてる必要なくない?」

 ぐうの音も出ないド正論なのであった。俺はしばらく悩んで、さっきのことを話した。


「嫌われてるのは知ってるよ。でもコンタクトにするお金もないしロングヘアにしたらシャンプーとかコンディショナーとか減っちゃうし、化粧品買うお金もないし」


 亜心、もしかしてド貧乏なのか? まあ俺の言えた義理じゃないけど。


「亜心、あのさ……今度、服選んでやるから、いっしょに買い物いかないか?」


「洋服ならちゃんと持ってるから大丈夫。心配してくれてありがとう」


 つれねぇなあ~! 亜心、つれねぇなあ~!


「でもお弁当は可愛くしてみようかな。えへへ」亜心はそう言うと、分からないところを訊ねてきた。俺は丁寧に教えた。亜心は嬉しそうだった。



 ◇◇◇◇



 ここ数日、なにやらひそひそ言われている気がする。主に、星瀬くんの取り巻きが、星瀬くんのいないところでひそひそしている。


 まあ悪口を言われて当然だと思う。星瀬くんを占領して勉強を教わっているのだから。あの取り巻きたちは星瀬くんと一対一で話したいのにそれができないのだから。


 放課後、自習室に向かおうとすると、星瀬くんの取り巻きたちが廊下で立ち話をしているのが目に入った。なにやらぼそぼそと話してから、わたしに気付いてじとーっと睨んできて、

「お前、調子こいてんじゃねーよ」と喧嘩を売ってきた。


「別に調子こいてるつもりはないけど」


「星瀬くんを独り占めするとかマジありえない。自分の身分分かってるの?」


「星瀬くん本人にお願いしたら了承してくれたんだもの、いいじゃない」


 そう答えると取り巻きたちはわっと襲い掛かってきた。ひょいとかわして腕をひねってやる。腕をひねられた男子生徒は「いでででで」と奇声を発し、すたこらさっさと逃げていった。


「……なにあれ」

 ため息がでる。


 その日も星瀬くんに英文法を教えてもらった。この間の小テストで久々にそこそこの点数がとれたので、間違いなく星瀬くんに教えてもらうことには効果がある。


 基地に帰ってくると、なにやら女神タリアが基地の中をうろうろしていた。


「ただいま。どうしたの?」


「実は――『新党人類の幸福を許すな』が、地球人を使って改造兵士を作り始めたようなのです」女神タリアはそう答えて、オロオロ顔でぐるぐる歩いている。


「地球人を……わたしたちが手出しできないのを知っているんだ……」


「キャハハハ、これはひどいことになってきた! サブリミナル効果動画に惑わされて、『新党人類の幸福を許すな』のことを擁護する地球人が増えてしまったのが問題ですねえ!」


 博士もそう言う。わたしは拳を握りしめて、怒りをこらえる。

「わたしは、どうすればいい?」


「これは屠龍戦士の権限を拡大するほかありません。宇宙人に力を貸す地球人は宇宙人となにも変わらない。打ち倒すほかないでしょう」女神タリアは悲しい顔をした。


「ふぁーあ……どしたのみんな真面目な顔して」スーさんが起きてきた。いままで寝てたのか。呆れながらスーさんを見ていると、基地の中央にある「真なる知性」、つまり女神タリアのバックアップや更新をしている神秘機関が動き出した。


「スーさん、『新党人類の幸福を許すな』が、地球人から改造兵士を作ってて、それを倒すために屠龍戦士の権限を拡大することになったみたい」


「まじかぁー。えげつねーな『新党人類の幸福を許すな』……。例の動画とかデモとかで、あいつら怖いものなしになっちまったからな」


 権限が拡大されたことを示す明かりが灯った。胸の中に刻まれている「ドラゴンスレイヤー・ロゼッタストーン」に、新しい項目が刻まれていく。


 戦うしかないのか。そう思うと、なんとなく悲しかった。

 わたしやスーさんはいままで地球人のために戦い続けていた。それが地球人まで打ち倒さねばならないなんて。『新党人類の幸福を許すな』を、わたしたちは憎む。


 そうやっているうちに、日常は淡々と進み、日曜日がやってきた。

「大通りに改造兵士が現れた模様です。……ベースは、地球人です」

 女神タリアが冷静にそう言う。


「行くしかないか……」スーさんが立ち上がる。わたしも、変身に必要なものを身につける。


「早く大本を引っぱり出して徹底的にやっつけなきゃ。倒して、地球を守らなきゃ」


 そんなことをつぶやきながら出撃した。大通りでは、明らかにいままでの改造兵士とは違う、いかにも強そうな改造兵士が、武器を振り回して周囲を威嚇していた。


 人間をこんなふうにした「新党人類の幸福を許すな」が、許せない。


 そして、こういう日常を送る限り、わたしは――星瀬くんの望むような、おしゃれで可愛い女の子にはなれないのだ。


 ドラゴンスレイヤー・ランスを握る。横ではスーさんがドラゴンスレイヤー・ツルギを抜刀していた。とてもとても、いやな予感がした。

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