6 二人の想像

 とりあえずショッピングモールのデモは武力衝突とかにはならなそうだったので、わたしは星瀬くんと近くの喫茶店に入った。星瀬くんお気に入りの、「喫茶ブラック・キャット」というお店だ。


 とりあえずコーヒーと日替わりケーキを注文する。店の中にはコーヒーの香りが漂っている。わたしはコーヒーの良しあしとか、そういうことはぜんぜん分からないのだけれど、星瀬くんが勧めるのだからおいしいのだろう。きっと星瀬くんのお家はお金持ちなんだろうな。


 星瀬くんはさっきのもみ合いではがれかけた付け爪を直しながら、

「ホントにありがと、亜心。あのままだったら俺地主になるところだった」と言った。


「……地主?」ちょっと意味が分からない。

「切痔とかいぼ痔とかのほうの地主な」


 星瀬くんはユーモアたっぷりにそう言う。やっぱり星瀬くんは明るくて面白い。

 出てきたコーヒーをすする。おいしい。いい匂いがする。


「……なんていうかさ。俺もう人間が怖いよ」星瀬くんはため息をついた。


「うん。人間は怖い。意味も考えずにデモやったり、その混乱に乗じて乱暴を働こうとする。そういう人間が当たり前にいるのは、おかしいことだと思う」

 わたしは真面目にそう答えた。星瀬くんはびっくりした顔をして、

「あのデモの言ってることには反対なのか?」と訊ねてきた。


「だって、地球は地球人の犯罪だけでもキャパシティオーバーなのに、宇宙から大規模な移民がきて、その宇宙人が地球のルールを守らなかったら、地球は犯罪の巣窟になっちゃわない?」


「うんまあそれも一理あるな。でも俺は――帰るところのない宇宙人に、同情するな……」


「星瀬くんは優しいんだね」そう言ってケーキを口に運ぶ。抹茶クリームかと思ったらピスタチオクリームだった。ふだん食べない味で、とてもおいしい。


 星瀬くんはピンクの髪をいじり、コーヒーに角砂糖とミルクをぽいぽい入れてすすった。


「亜心はスマホ持ってないって言ってたけど、パソコンとか使うのか?」


「ううん。うちパソコンないよ。ワイファイもない」


「お父さんとか家で仕事できないんじゃないのか?」


「……なんていうか。こないだ紹介した家族のほかに、血のつながってない家族が二人いるんだけど、揃いも揃ってアナログ人間だから。パソコンとかスマホとかそういうのとは無縁なんだ、わたしの家」


「……なんか複雑な境遇なんだな。まあ俺もいとこと暮らしてるわけだが」


「お父さんお母さんはいないの?」


「いるけど、うんと遠くにいる。最近はあんまり連絡もしてねーや」

 星瀬くんはケーキをぱくっと食べた。もぐもぐして飲み込むと、

「……互いに、ややこしい暮らししてんだな」と呟いた。


「そうだね。でも……幸せだよ。学校通えてるし、星瀬くんに勉強教えてもらえるし」


「俺勉強と顔しか取り柄ないから。まあ顔はいじくってこの程度ではあるんだけど」


「――なんで星瀬くんは、正義のヒロインになろうとしたの?」


「え?」星瀬くんはよく聞こえない顔をした。もう一度訊ねる。


「星瀬くん、日曜朝の女児向けアニメのヒロインになりたいって言ってたじゃない。なんで、そんなのに憧れるの?」


「俺はカッコイイ顔じゃないから。可愛い顔にだったらなれるけど、こんな丸くて目のでかい顔で、イケメンヒーローみたいにはなれないだろ?」


「そうかな。星瀬くんはすごくカッコイイって思ってたけど。あ、それは学校でいろんな人に囲まれてるからそう見えるだけかも。でも、星瀬くんはカッコイイよ?」


「お、おう、ありがと……」星瀬くんは分かりやすく照れた。


「あ、それから、もう知ってる人から聞いてるかもだけど、わたしね、来年の三月、転勤でここから出ていくの」


 わたしがそう伝えると、星瀬くんは明らかにショックを受けた顔をしていた。


「転勤……って、どこに?」


「まだわからない。でもきっとすごく遠いところだと思う。海外かもしれない」


「そう……そうか。そんなこともあるよな。そうか……」

 星瀬くんは、震えがちにそうつぶやいた。



 ◇◇◇◇



「お帰りなさい。遅かったしずいぶん荒れていますね、ダイオキシアスさま」


「ダイオキシアスじゃない、俺は星瀬正義。お前は月山ちひろ」


 俺は雑にブーツを脱ぎ、雑にアパートに上がった。まっすぐ帰るのが嫌で、喫茶店を出てから、あちこちをウロウロぶらぶらして、帰ってきたら夕方になっていた。


「――さっさと屠龍戦士をぶっ潰すぞ。期日は来年の三月!」


「ダイオキシアスさま、なにをそんなに焦っておられるのです? 三月といわずじわじわと真綿で首を締めるみたいに攻め落とすのも手じゃないですか」


「それじゃ間に合わねーんだよ!」

 俺はそう怒鳴った。ちひろはびくりとして、俺を怖いものを見る目で見ている。

「だ、ダイオキシアスさま、どうしたんですか?」


「……転勤で引っ越すんだと。三月いっぱいで。だからそれまでに地球の覇権を握って、だれよりも大きな花束をもって亜心を迎えに行かなきゃいけない」


「仕事に私情を挟むのはよくないと思います」


「わかってるよ! でも急がなきゃいけねーんだよ! 俺は亜心が好きなの! だから三月までに、亜心を振り向かせたいの!」


「地球人に惚れてるなんて大王陛下に知られたらひどいことになると思います」


「知ってるよ! でも俺は亜心が好きなの!」


「なら『好きだ』って言えばいいじゃないですか。ここで知能戦をしててもなんにもなりませんよ。もしかしたらいわゆる『両片思い』の可能性だってあります」


「……うぐぅ……でも。でも、俺のことなんか好きになる女の子、いるか?」


「いると思います。高校では、明るい人柄と優秀な勉学と奇抜なファッションで人気者なんですよね? そういう男子はだいたい好かれるものです」


「そうなのか? 俺すっごい運動音痴だよ? 泳げないし走っても死ぬほど遅いし」


「それは先ほど挙げたダイオキシアスさま……もとい星瀬正義クンの美点を打ち消すほどのものではないと考えます。とにかくキラキラグループの上のほうにいるんですよね?」


「うんまあ、そうだ……キラキラグループにいるから逆に敬遠されてるってことはないかな」


「さあ。それは相手の感じ方次第だと思いますが。それより次の改造兵士を作らねばなりませんよ。地球人の志願者をさらってきました」


「……地球人? 志願者なんかいるのか?」


「サブリミナル効果を効かせた動画をさらに数本制作しUPしまして、結果少数ですが地球人の志願者が現れました。どういうふうに改造しますか?」


「そこはお前に任せるけど……え、そんな強力なサブリミナル効果動画って作れるもんなの?」


「そこは宇宙の科学力なめんなよです。今回はもっと、見た目から恐ろしいデザインにしましょうか。ミミカキをハナに突っ込んだデザイン、相当おっかないと思ったんですけど、地球人の感覚だとコントみたいに見えたっぽいです」


「ふむ。じゃあ、被り物をさせよう。こないだ動物番組でみたライオンの頭とかかぶしたら、それなりにおっかなく見えるんじゃないかな」


「いいですね! では進めておきますので、ダイオキシアスさまはご飯食べてお風呂入って寝てください」


「……おう。……明日、月曜日かあ……」

 俺は、ため息をついた。


 亜心に、なんとか好きだと伝えたい。でも取り巻きの連中は、俺があのド地味な亜心に惚れてるなんて想像しないだろうし、もし俺が亜心と付き合いだしたら取り巻きは俺を嫌うかもしれない。亜心はよく、取り巻きたちの悪口のネタになっているからだ。


 でも、だからこそ、亜心が好きだ。


 俺は夕飯のししゃもをつつきながらため息をついた。なんとかして、せめて気持ちだけでも、亜心に伝えたいのだ。


 テレビニュースは全国のデモの様子を映していた。それは好意的に受け取られているようだった。もう少し。もう少しで、亜心に振り向いてもらえる。

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