5 二人の遭遇

 さて、「宇宙人Vtuber・宇宙ふしぎチャンネル」は、あっという間に登録者が万を超え、動画の総再生回数もえげつない数になった。


 金曜日、高校で取り巻きの女子が作ってきたクッキーをぱくつきながら、取り巻きたちの話を聞いていると、どうやら宇宙ふしぎちゃんはふつうの高校生にもなかなか人気らしい。


「宇宙ふしぎちゃんって、ちょっと星瀬くんに似てるよね。銀色レオタードはともかく」


 ふむ。これだけ人気ということは、これをもっと宇宙人のことについてプロパガンダの道具として使えるということか。帰ったらカイヨ=ウプラゴ・ミに話してみよう。


 その日も、亜心に英文法を教えた。亜心は、基礎の基礎から誤解しているところが多くて、どうも中学で習ったことをしっかり覚えていないようだ。


「あのさ、亜心はさ……あんなに真面目に授業聞いたり予習したりしてるのに、その、なんだ……なんでだ?」


「たぶん、わたしは勉強の仕方を知らないんだと思う」亜心はそう答えた。一瞬悩んでから、亜心は続けた。

「小さいころからずっと転勤族であちこち引っ越してて、友だちがいなくて学校ってものにうまくなじめなかったのもあるんだと思う。だから星瀬くんが勉強教えてくれて、すごくうれしい」


「転勤族かあ。大変なんだな……高校卒業するまで、どこにも行かないよな?」


 亜心は一瞬びっくりの顔をしてから、曖昧な笑みを返した。ちきしょう、俺が地球人だったら、この笑みの意味が分かったはずなのに。

 笑みの意味は分からない。でも俺はできるかぎりのことをしようと、

「あのさ、土曜日とかも勉強教えるから……LINE交換しないか?」と声をかけた。


「ごめんなさい。わたし、スマホ持ってないの」

 驚きの発言。きょうびスマホ持ってない高校生がいるのか。……ということは、もし亜心が、この街からいなくなってしまったら、連絡がとれない、ということか。


 どこにも行かないよな? と質問したときの、亜心の意味の分からない曖昧な笑みについてグルグル考えつつ、コンビニの鶏のから揚げを買いチャリンコでアパートに戻った。戻るとカイヨ=ウプラゴ・ミがモーションキャプチャーで動画を作っていた。お前は暇か。


「というわけで、宇宙ふしぎチャンネルを、もっと大々的なプロパガンダの方法にしたい」


「嫌ですよう。せっかくコメントいっぱいもらえるようになったのに。ガチの宇宙人の話なんかしたら、せっかくの視聴者が離れて……ああっ!」


 カイヨ=ウプラゴ・ミはモーションキャプチャーもほどほどに、キーボードをかちゃかちゃやり始めた。なにをしているんだ。そう訊ねると、


「きょう配信予定の動画にサブリミナル効果を仕込んでみました。この動画を見た地球人は、みんな『新党人類の幸福を許すな』の支持者になります」


「おおおすんげえぞカイヨ=ウプラゴ・ミ! これで俺たち『新党人類の幸福を許すな』の圧倒的勝利だ!」


「うまくすれば地球人から改造兵士を作れるかも分かりませんよ。そして屠龍戦士たちは、あくまで地球人の守護者ですから、地球人から作った改造兵士には手出しできないはずです」


「すっげーなあカイヨ=ウプラゴ・ミ! 俺はすっげえ部下に恵まれたんだな!」

「部下……ですか」カイヨ=ウプラゴ・ミはそうつぶやくと、動画を投稿するボタンをぽちりと押した。


 これを見た愚かな地球人は、我々の目的に賛同し、我々のために地球のリソースを割くようになるのだ。うへへ、これでもう勝ったも同然。


 それからしばらくしてクラスの取り巻きたちから続々とLINEがきた。

「ツイッターで『新党人類の幸福を許すな』のためのデモが呼びかけられてて、近くのショッピングモールでも日曜日にデモやるらしいよ。星瀬くんも行く?」というような内容。


「……カイヨ=ウプラゴ・ミ、いや月山ちひろ。これはエポックメイキングだぞ。改造兵士なしでうまいこと地球を乗っ取れるかもわからん」


「なんなんですエポックメイキングって。出かけるのは勝手ですけど危ない目に遭わないように気を付けてくださいね」



 ◇◇◇◇



 女神タリアが異変に気付いたのは金曜日の夜だった。なにやら、YouTubeに奇妙な動画がUPされて、それがきっかけで「新党人類の幸福を許すな」に賛同する人間が増えているらしい。土曜日までかけて博士が調査解析したところによると、どうやら動画にサブリミナル効果が使われていたらしい。


「ひきょうな真似してくれるぜ……」スーさんがそううめく。女神タリアは夕飯のスパゲッティナポリタン(わたしが作った)を食べながら、

「実に姑息な手段です。ゲオルギウス、調査に行ってくれますか? もし危険があれば、スサノオノミコトを向かわせます」と、そう言った。口にケチャップがついている。どこが女神だ。


「ちょ、調査? どこにです?」


「近くのショッピングモールでデモが行われるようです」


 デモ。それを見に行くのは構わないがショッピングモールというのがひっかかる。この間星瀬くんのいとこと出くわしたあのショッピングモールか。なんだか嫌な感じがする。心の奥をかきむしられるような。


 星瀬くんには、今年度かぎりでこの街を離れることを言えずじまいだった。

 いつか言わねばならない、でも言ってしまったらそれで全部終わりになる気がする。


 だいいち、それを言うような間柄だろうか? ただ、勉強の得意なクラスメイトに、勉強を教わっているだけ、というのが現状である。


 さよならすることになっても、悲しいのはきっとわたし一人。星瀬くんとはそもそも釣り合わない。あの取り巻き一人とだって釣り合わないのだから。


 そういうことを悶々と考えつつ、食器を洗い風呂に入り寝た。明日は日曜。すごく……すごく嫌だ。


 日曜の朝になってしまった。さすがにじかに戦闘するわけではないので、タイムポケットに武器防具の類を突っ込んで、ショッピングモールに向かった。


 すさまじい混雑。人々は「宇宙からの移民を認めろ!」とか、「地球人だけ優遇するのはやめろ!」とか書かれたプラカードをかかげている。「新党人類の幸福を許すな」が、宇宙から攻めてきたことは知っていたが、移民のためだったとは。案外平和な組織なのかもしれない。


 宇宙人の移民かあ。宇宙にも行き場所を失った種族がいることは想像できるが、それだけが理由で地球に宇宙人が押しかけたら地球人の暮らしが成り立たない。


 そう思って吹き抜けの二階から一階のデモの様子を見る。テレビなんかも取材にきている。こうやって事態は複雑になっていくのか。


 そのとき、すぐ後ろの多目的トイレの入り口あたりで、なにかもみあうのが目に入った。――星瀬くんだ。あの可愛い服とピンクの髪は間違いない。悪そうな成人男性二人に、なにか悪いことをされそうになっている。カツアゲ? いやもっとタチの悪いやつだ。悪い奴らは星瀬くんを女の子だと勘違いして、乱暴(だいぶマイルドな言い方)しようとしているのだ。


「やめろよ離せよ! 俺は女装家だけどその趣味ねーんだよ!」

 星瀬くんはばたばたと暴れている。男二人は無理にでも多目的トイレに押し込む気配だ。


 わたしの体がばねのように動いた。必殺のドロップキックが男の頭に炸裂した。男は吹っ飛んだ。もう一人は慌てて逃げだした。


「はぁ、はぁ、はぁ、ありがとうございます……って、亜心じゃん」と、星瀬くんは顔を赤くしている。涙目だ。怖かっただろう、恐ろしかっただろう。


「星瀬くん、大丈夫? 怪我してない?」ハンカチを差し出す。星瀬君はそれで涙をぬぐう。


「ありがと亜心……こんなの初めてだから怖くて仕方なくて……亜心も、『新党人類の幸福を許すな』のデモに来たのか?」


「ううん、たまたま買い物に来たらデモやってただけ。星瀬くんは?」


「同じだよ。ただ買い物にきただけ。偶然ってあるもんだな」


「さっきの人たち、警察呼ばなくて大丈夫? 強制わいせつとかで逮捕できるんじゃない?」


「いやわいせつされるとこまでされたわけじゃないし、警察なんか行ったら俺が叱られるんじゃないかな。そんな女の子みたいな服装するから襲われるんだ、って」

 星瀬くんはため息をついた。


「名前は『まさよし』ですごく男らしいのにね」そう言うと星瀬くんは、アメリカのネズミみたいに、「ハハッ」と笑った。笑う元気があってよかった、とわたしは思った。

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