4 二人の家族

 さて、いつも通り日曜日の朝がやってきた。憂鬱だ。「新党人類の幸福を許すな」がまた、改造兵士を作って人のたくさんいるところに送り込んでくるに違いない。あいつらは人間を不幸にする。なんのために改造兵士を作って人間を脅かすのか、いっぺん大ボスに聞いてみたい。


 わたしがあくび混じりで起きてくると、すでにトーストとスープの朝ごはんが用意してあった。スーさんが作ったんだろうか。メシマズの気配を感じたものの、トーストはチューブのツナマヨをかけて焼いただけだし、スープはお湯を入れるだけのやつだ。安堵して食べる。うむ、それなり。


「キャハハハ。きょうはスサノオノミコトくんにも出動してもらわねばなりませんねえ」


「えっなに今日の改造兵士そんなにヤバいの。俺病み上がりだぜ」


「病み上がりを理由にしていつまでも働かないつもり? タリアさまに言ってお給金減額してもらうっていう手段が」


「あーあー分かりました。行くよ、行きゃいいんだろ! ったくよう!」


 というわけで二人して戦場に着いた。まぁた人通りの多いやかましいところだ。たくさんの人が逃げ惑うなか、鼻に耳かきをつっこんだ間抜けな改造兵士が暴れ回っている。


「そこまでだ! 改造兵士!」

 スーさんがかっこよくそう言うものの、そんな……そこまでだ、なんてとがめるほど強そうには見えない。だって鼻に耳かきだよ、こないだの羽釜をかぶった改造兵士もそうとう間抜けだったけど、今回はさらに輪をかけて間抜けだ。素早く変身して、戦闘の体勢を整える。


「ふごっ」

 改造兵士は返事がわりに耳かきを飛ばしてきた。耳かきは巨大化し、ぽわぽわが迫る。「ドラゴンスレイヤー・ランス」を振るい、耳かきを止めようとして軽く吹っ飛ばされてしまった。


 なるほど、これじゃ槍の刺突で戦うわたし一人では厳しい。

 激突してぐんにゃり曲がったガードレールから立ち上がる。スーさんが「ドラゴンスレイヤー・ツルギ」で、耳かきを一刀両断していた。その間にわたしは改造兵士に肉薄する。


 どすっ、と、改造兵士の脇腹に槍を振り下ろす。


「ひひぇーっ。わたくすぃにはわたくすぃの家族が」


「わたしに家族はいない。昔はいたらしいけどよく知らない。家族を持ちだして命乞いをしたって、家族ってものを知らないわたしには通じない」


「ぐぎぎい……来週の改造兵士こそ、屠龍戦士をメッタメタにしてくれることでしょう……」


「それから言っておくけど、これは鼻に突っ込むものじゃなくて耳に突っ込むもの。鼻をほじると鼻血が出るよ。よい子は真似しないでね、だよ」


 改造兵士が自爆するようだったので、ぷいと背中を向けて歩き出す。

 ――家族がいないから、家族を持ちだして命乞いをする相手の気持ちは分からないって思っているわけだけど、しかし……家族が大事だということは分かる。


 あの改造兵士たちにだって家族はいるのだ。そう思って悲しくなっていると、

「ナイスプレー!」と、スーさんが背中をぶったたいてきた。


「痛いよスーさん! まったくもう……それにプレーって遊んでるわけじゃないんだからね、そこんとこちゃんと自覚して」


「へーい。っていうか、俺家族じゃないの?」


「……知らない。血縁がないから家族じゃないと思う」


「博士も? タリアさまも?」


「あの二人はそもそも人間じゃないでしょ。博士は人工知性に自分の思考パターンをうつしたコンピュータだし、タリアさまは神様だし」


「人間とか、機械とか、神様とか、もっと言えば血縁がないとか……それだけの理由で、家族とは呼べないのか? 結婚する人間二人には血縁はないよな、いまはコンピュータで故人のことを再現した映像を見られる仕組みが開発されてるし、クリスチャンからしたらキリストは父と子と聖霊の……うんたらだ」


「うんたらでごまかすくらいなら言わないで。……とにかく、家族じゃない。家族なんて、屠龍戦士にはいらない」


「ほぉーん。ずいぶんと頑張るねえ」



 ◇◇◇◇



「もう! もう! なんなんですかっあのドラゴンスレイヤー・スサノオノミコトというのは! やなやつ! やなやつ!」


 カイヨ=ウプラゴ・ミはそう言って基地のなかをウロウロしている。自信作の改造兵士を、屠龍戦士二人がかりでやっつけられたのに憤慨しているのである。


「まあそう怒るなって。次からこっちも質量で押しつぶせばいいだけだ。数こそ力だぜ」


「数こそ力……って、この状況でよくのんきに言ってられますね、ダイオキシアスさま! 改造兵士に立候補すれば屠龍戦士に殺されるともっぱらの噂で、志望者ぜんぜんいないんですから!」


「……ううむ。なにか国威発揚、……星威発揚? する方法が必要ということか。プロパガンダというやつだ」


「とは言えども我々はもともとの出身地も種族も違いますからね。まずは団結が必要、なのではないでしょうか」


「団結かあ……難しいことだなあ。俺は敵情を知るためにも正体を明かせないし、やってくれるか、カイヨ=ウプラゴ・ミ」


「なんでそうやって丸投げするんですかぁ! 鬼! 悪魔! スカートを穿いた男!」


「最後のやつなんなんだよ……いいだろ別に女装くらい。だいたいお前んとこは単為生殖だから性別とかこだわらないんじゃないのか?」


「性別にこだわらないと言っても、身にまとっている肉体の影響は、どうしても受けますから。それにこの国のジェンダー観は女装をおかしなものと見る傾向があると聞いたので」


「そーゆーのはもう古いの。それに俺は故郷の星の価値観と自然の摂理に従ってんだ」


 俺の生まれた星では性別のオスにあたるほうが華美な見た目になるのが普通だったのだ。だから地球に来て人間の男のファッションが地味すぎてドン引きした。


 しかし地球の鳥や魚や獣は、みなオスが華やかな見た目をしている。俺はその自然の摂理に従っただけである。


「なんに従うのも自由ですけど、地球を奪い取らないと、わたしたちがつぶれるんですからね。潰れたくないですよね、ダイオキシアスさま?」


「うん分かっちゃいる。分かっちゃいるけど、いい策がなんにも浮かばない。もうユーチューバーになって宇宙のことを発信するほかないと思い詰めるほどに」


「……それ、いいじゃないですか! やりましょうよ! ユーチューバー!」


「ちょっ、ちょっと待て、俺もお前も顔出しNGなの忘れてないか。人間に擬態して生きてるから、人間じゃないってバレたら暮らしていけなくなる」


「じゃあ今流行りの、Vtuberとやらをやってみますか」


「ぶ、Vtuberってバーチャル美少女受肉なんたらってやつ? あれ、そんな簡単にできんの?」


「我が故郷の科学力をもってすればあっという間です」


 そう言うなり、カイヨ=ウプラゴ・ミはパソコンを持ちだしてキーボードを叩き始めた。出来上がったのは、俺にちょっと似た、ピンク髪に銀色レオタードを着た3Dモデルだ。


「おお、なかなか可愛いな。銀色レオタードはなんというか時代を感じるけど」


「ふぅーふふふ。名付けて『宇宙人Vtuber・宇宙ふしぎちゃん』です!」


「カイヨ=ウプラゴ・ミ。お前ホントモノづくりの才能あるよな。美大にでも行ったらどうだ?」


「そんなお金どこにもありませんよ。さて、第一回の配信の内容を決めて、ツイッターに告知ぶちましょうか」


 カイヨ=ウプラゴ・ミはツイッターアカウントをぽぽぽと作り、

「はじめまして! 新人VTuberの宇宙ふしぎです! 私は、宇宙から来ました! いま宇宙人が地球でどんな暮らしをしているのか、地球のお友達にも見てもらいたいと思って、活動を始めました! よろしくお願いします!」


 と、自己紹介をした。あっという間にバンバンリツイートされて拡散されていく。


 すごいと思ったけど、ホントにこれ大丈夫なのか? だいじょばない気がするぞ。


 横ではカイヨ=ウプラゴ・ミがボイスチェンジャーの調子を試している。そして、第一回の配信の音を撮り始めた。


 なんだかすごくすごく、嫌な予感がするぞ。

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