3 二人の学校
気まずい会話ののち、俺とちひろはショッピングモールから逃げだした。結局タピオカミルクティーは飲まなかった。すっごい落ち込みながら、俺は基地に帰ってきた。俺たち「新党人類の幸福を許すな」の基地は、街はずれのボロいアパートにある。
「ダイオキシアスさま。なんでそんなに落ち込んでおられるのです?」
「落ち込んでねーよ。それに俺はダイオキシアスじゃない、星瀬正義だ。お前は大学生の月山ちひろ!」
ちひろはため息をついて、
「じゃあ正義クン。なんでそんなに落ち込んでるの?」と訊ねてきた。
「そりゃあ単為生殖するちひろにはわかんねーことだよ」と答える。
「もしかして、きょうショッピングモールで出くわしたのが、問題の振り向かせたい女の子?」
「そうだよ! 俺に興味のない理由が分かって落ち込んでんだよ! 家族ったってあんな似てないのどういう血縁なんだよ、明らかに彼氏だよ! 俺よりハイスペックだよ!」
「……正義クン、すっごい背低いもんね」
「ちひろ、お前もたいがいえぐってくるな……しょーがねーだろ、スペックの高い肉体は買えなかったんだ」
地球に住んでいる宇宙人は、宇宙人の肉体から地球人の肉体に乗り換えて暮らしている。単純にスマホのSIMカードだと思ってもらえればいい。もとの肉体は、月の裏側の冷凍倉庫に隠してある。地球人の肉体は、死んでいるのをこっそり盗んできて使っていて、宇宙人の金持ちが肉体ブローカーみたいなことをしている。俺が地球に来てすぐ手に入れたこのティーンエイジャーの肉体も、どこかで死んでいたものだ。
この肉体は格安で売られていたものである。スポーツ苦手音楽苦手顔普通、という、プチプライスの肉体なのである。地球にきたとき、俺はすごく貧乏だったのだ。
というわけで俺は超絶運動音痴だし音楽も得意じゃない。何が得意か、しいて言えば数学と語学が得意だ。クラスの人気者でいるのを維持するために、見た目を派手にして明るいやつを装い、勉強が得意で取り巻きに教えてやれることをアピールすることしかできない。顔はメイクでなんとでもなる。
こんな格安の肉体を身につけていても、いちおう「新党人類の幸福を許すな」の総裁になることはできる。俺は頭がいいのだ。
「で。来週の改造兵士、どうします?」
「うーんと……それはお前に任せるよ。俺には戦争の知識がない」
「わかりました。良いものを作ります」
月山ちひろ、いやカイヨ=ウプラゴ・ミは胸を張った。
というわけで月曜日になった。きれいにメイクして、髪をととのえ、制服を着てチャリンコをキコキコ漕ぐ。
憂鬱だ。
学校に着くと、あっという間に取り巻きに囲まれた。勉強が得意でフレンドリーな陽キャ。それが俺である。取り巻きに、日曜日のコーデを見せてやる。
「わあー星瀬くん超かわいい!」
「もっとゆめかわとかそういうの着たら?」
「ゆめかわ。病んでる感じ? 病んでる感じかあ……今度ショッピングモール行ったら見てみるかな」
クラスの女子からゆめかわ系のファッションブランドを教えてもらう。スマホで調べてみるとなるほどかわいい。ただ女児向けアニメの変身ヒロインとは方向性が違うな。
「かわいいけど、俺さ、もっとこう……元気のいい感じが好きなんだけど。悪をやっつける! みたいな」と、素直に言う。クラスのやつらは手のひらを返す感じで納得する。
「正義って名前だもんね」
誰かがしみじみとそう言った。俺は頷く。
「そうだよ。俺は名前通り、正義のヒロインになりたいわけ」
◇◇◇◇
正義のヒロイン、と、隣の席の星瀬くんが言うのが聞こえた。
そうは言うけれど、正義のヒロインなんてろくなものじゃない。ヒロインという性別すら明るみに出ない。だからなるのはオススメしないけれど、星瀬くんなら似合うかもしれない。
ため息をつく。星瀬くんが素敵な女の子と歩いているのを見てしまった。星瀬くんはいとこと言っていたが、しかし……あんな美人ないとこがいたら、わたしなんか目に入らなくて当然だと思う。きっと彼女なのだ。ため息がまた出る。担任の先生が入ってきて、星瀬くんの取り巻きは自分の席に戻っていった。
「はーいじゃあきょうの連絡ー」先生がきょうの連絡事項を伝えて、次の授業は星瀬くんが大得意の英文法。ちなみにわたしの英文法の成績は死んでいる。
英文法の、もっさりした男の先生が入ってきた。
「はーい授業始めまーす。それじゃこないだのところの小テストやります」
小テストの用紙が回ってきた。うげぇ、やっぱり英文法超苦手。隣の星瀬くんはさらさらすらすらあっという間にクリアした。わたしはグヌヌの顔でなんとか全部埋めた。
そもそもわたしの暮らしている環境が勉強に向かないのだ。騒々しい博士やらワガママな女神タリアやらスーさんやら、落ち着いて勉強するにはあいつらはやかましすぎる。
小テストの解答を、もっさりした男の先生がホワイトボードに書き始めた。うげぇ全滅。このままでは定期テストの赤点回避は厳しい。どうしよう。
誰か教えてくれないかなあ。さっぱり分からないまんま、英語の授業が終わってしまった。先生に相談しても、個人授業をしてくれるわけでないので、なにも変わらない。
自分を変えるには行動しかない。星瀬くんの取り巻きが集まってくるまえに、
「あ、あの、星瀬くん?」と恐る恐る声をかける。
「な、なに?」星瀬くんも恐る恐るの反応である。わたしは思い切って、
「英文法、教えてほしいんだ。星瀬くんは友だちがいっぱいいて忙しいから、無理ならお願いしないけど……」と、そう続けた。
星瀬くんはそのきれいな目をきらりとさせて、
「いいよ。それにさ、あの取り巻きは、友だちではないのだ」
星瀬くんはおどけてそう言うと、放課後自習室で、と約束してくれた。
嬉しかった。星瀬くんに声をかけることができて、嬉しかった。星瀬くんがOKしてくれて、嬉しかった。星瀬くんと勉強できることが、うれしかった。
自習室で、星瀬くんに分からないことをいろいろ訊くと、どうやらわたしは中学英語の地点から誤解してしまっているらしいということが分かった。
「つまり、Be動詞というのは」と、星瀬くんは中学生レベルのところからしっかり教えてくれた。嬉しみで爆発している場合ではない、真剣に学ばなければ。
「……ナンボか分かった?」と、星瀬くんは訊ねてきた。
「うん、だいぶ分かった。まだまだ分からないこともあるけど、ゆっくり勉強してみる」
「……三峰さん、三峰さんの家族の人って、どういう人?」
「あ、えーとね、なんかよく分からない親戚。よく朝ドラとかで、突然遠縁の親戚が押しかけてきて大所帯になっちゃうことがあるじゃない?」
「朝ドラ……って、観てたら遅刻するじゃん」あたしはBSで土曜日に一週間まとめてゆっくり見られる、ということを説明した。星瀬くんは、
「BSついてんの? すげー!」と明るくリアクションした。わたしだったら羨ましくてギギギってなりそうなのに。星瀬くんは心が明るいのだ。
「そういう、どういう繋がりか分かんないけど、うちにいるしかできなくてやってきた居候。居候だけど家族って呼ぶしかないから家族って答えたの。星瀬くんのいとこってどんな人?」
「ホントにただのいとこだよ。たまたま大学の秋休みで帰省してきたから一緒に買い物してた。ファッションに興味がないから垢ぬけて帰ってくるとかそういうことがなくてがっかりした」
星瀬くんはそう言って明るく笑った。本当に、星瀬くんは明るい。
仮に星瀬くんともっと親しくなったとして、わたしは星瀬くんと付き合えるのだろうか。日曜日の予定が埋まっているのだからきっと無理だ。デートは日曜日と決まっている。
だいいち、星瀬くんの横にいるには、わたしは地味すぎる。ショッピングモールでスーさんに見立ててもらった服だって、なんだかんだ無難なものばかりだ。
もっと親しくなりたい。
そのために、早く「新党人類の幸福を許すな」を叩きのめさなければ。
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