2 二人の仲間

 改造兵士との戦いを終えて、基地に帰ってきた。わたしは家族を、改造兵士に殺されたらしい。なんせ赤ん坊のころのことなのでさっぱり覚えていない。


 やっぱり戦うと疲れるのは真理だ。ため息を一発ついて、女神タリアにあったことを説明する。改造兵士は今回もただのやられ役であったこと。しかし、改造兵士を作っているきっともっと恐ろしい敵が待っているであろうこと。いつも通りの報告である。


「そうですか……いまは安息の時です。ゲオルギウスや……」


 ゲオルギウスってだれだ。いやわたしのことだ。でもわたしは三峰亜心だ、ゲオルギウスなんていかつい名前を名乗るような人間じゃない。


 とりあえず布団をかぶって昼まで寝ていることにした。寝ることは偉大だ、いやなことを忘却できる。自分の部屋で布団をひっかぶる。


「おーいゲオルギウス~。朝めしまだ~?」


 ……朝めしぐらい自分で作れ。そう思いながら起き上がると、先日敵にやられて寝込んでいたドラゴンスレイヤー・スサノオノミコトがあくびをしながらパンイチでうろついていた。


「スーさん、怪我はもういいの?」

「おう、元気もりもりだぜ」


 なら自分で料理しろ。そう言いたかったがこいつは塩一つまみで料理するところを塩一つかみで料理するような料理音痴だ。しょうがないのでわたしが食事を用意する。


「はい!」と、オムレツをテーブルに置く。

「うまそー。いただきまーす」スーさんはご機嫌だ。羨ましい。これくらいなんも考えなくていい人間になりたい。


 スーさんことドラゴンスレイヤー・スサノオノミコトもわたしと同じく屠龍戦士である。


 屠龍戦士というのは古代より脈々と続く、竜、つまり人類に敵対するものを打ち倒す戦士のことだ。今は竜ではなく「新党人類の幸福を許すな」と戦っている。


 この「新党人類の幸福を許すな」は、宇宙からやってきて人類を脅かす連中である。人類から幸福を奪い取り、人類を滅ぼそうとしているらしい。仮に和平交渉を求められたとしても、いつ裏切るか分からないので、徹底的に叩きのめそう、というのが屠龍戦士側の認識である。


「なーゲオルギウス、お前そんな地味な服でいいのか? クラスのクールジャパン野郎に惚れてるんだろ? もっと可愛い服着なきゃだめなんじゃねーの?」


 スーさんが余計なことを言ってくる。分かってるよそんなこと、上下ともユニクロのド地味ないでたちじゃあ、星瀬くんと釣り合わないことくらい。でも可愛い服を買いに行く服がないのだ。オシャレな洋服なんて恥ずかしくて買いに行けないのだ。


 でもスーさんは、わたしが小さいころから、よくしてくれる人だった。わたしの悩みをなんでも聞いてくれた。オムレツをぱくぱく食べながら、


「じゃあ俺も一緒に買いに行ってやるからさ。なんか可愛い服買おうぜ」と言ってきた。

「……べつにスーさんのかかわるところじゃなくない?」

「ゲオルギウスは妹みたいなもんだからな」妹。とても分かりやすい表現である。


「ゲオルギウスには、人並みの幸せを掴ましてやりてーんだよ。屠龍戦士なんかやめて、早くその好きな男子と付き合って、恋愛結婚して、」


「スーさん先走りすぎだよ……わたしまだ高校生だよ、相手だって就職とかするんだろうし、だいいちわたしなんて見てないよ。それに来年度転勤だよ! 転勤!」


「ゲオルギウス、お前自尊感情が低すぎるぞ。お前、端的にいってめっちゃ可愛いからな」


「嘘ばっかり。こんな分厚い眼鏡かけてる女の子に惚れる男の子なんかいません」


 ちなみにコンタクトレンズにしないのは単純に屠龍戦士の所属する会社「(有)ヒロイック・サーガ」が貧乏だからである。有限会社とあるが有限会社もクソもない、世界規模で人類を守る組織で、収入源は主に正体を隠した募金である。


「うーん。ゲオルギウスを可愛くするためのクラウドファンディングでもやるか」


「やめて。屠龍戦士に可愛さって必要なの?」


「そりゃ必要だろ。敵の親玉を色仕掛けでぶっ飛ばす的な」


 スーさんはまったくもって言っていることがグッチャグチャなのであった。

 とにかく、と、わたしはスーさんに引っ張られてショッピングモールに向かった。



 ◇◇◇◇



 また負けてしまった。

 人類は俺たちを、本当に嫌っている。どうしても、あの屠龍戦士とかいうちょこざいな敵に勝てない。今回も自信作である改造兵士をやっつけられたうえに、羽釜は防具でなくご飯を炊くものだと説教されてしまった。あれ羽釜っていうのか。地球は不思議だ。


 というわけで俺たち「新党人類の幸福を許すな」の首脳は、反省会を開催していた。


 しょんぼり顔のカイヨ=ウプラゴ・ミの背中をたたいて、

「そんな落ち込むなって。お前は悪くないんだ、ぜんぶ屠龍戦士が悪い。あいつらが出てこなければ、簡単にあの地域を制圧できたはずだ」と、なだめてみる。


「でも、ダイオキシアスさま。私の改造が下手だったせいです。あの改造兵士にも守るべきものがたくさんいるはずなのに、私がダメなせいで死なせてしまった」


「――シケたツラしてても始まんねーよ。もっと楽しく生きることで、人類から幸福を吸い上げようぜ。そうだ、ショッピングモール、行ってみっか? タピオカミルクティー飲もうぜ」


「ダイオキシアスさま。そう簡単に出歩かれると、護衛をつけねばならず困ります。もし出先で屠龍戦士と出くわしたら」と、カイヨ=ウプラゴ・ミがそう言ってくる。


「だーいじょぶだって、俺ただの高校生にしか見えねーんだから。いままで普通に高校に通ってるのに、屠龍戦士に見つかったことなんてねーだろ?」


「ダイオキシアスさま。ピンクの髪の男子高校生なんて聞いたことがありません」

 カイヨ=ウプラゴ・ミはそう言ってため息をついた。ぐうの音も出ない。


「俺は日曜朝の変身ヒロインみたいに可愛くなりたいの! 見たことないけど!」


 というわけで、いかにもな軍服とマントを脱ぎ、仮面を外し、可愛い服に着替えた。きょうはライダースジャケットにオーロラカラーのチュチュスカート、ガーターソックスに編み上げブーツ、さらにスタッズのリュックというやっべえ可愛いコーデにした。


 カイヨ=ウプラゴ・ミのほうはすっごい地味なグレーのワンピースである。


「もっと可愛い服着なきゃだめだって。俺が服選んでやるよ」


「しかしダイオキシアスさま……」


「俺はダイオキシアスじゃなくて星瀬正義! お前はカイヨ=ウプラゴ・ミじゃなくて月山ちひろ! わかった? わかったら返事!」


「は、はい!」


 そんなことを言いながらショッピングモールに向かう。相変わらず人間がウジャウジャいる。ここを襲撃したらすっげえ効率よさそうだな。でも改造兵士を出動できる時間帯では、まだ開店していないだろう。確か十時開店だったはず。


 カイヨ=ウプラゴ・ミ改めちひろは、興味深げにショッピングモールを見ている。俺のお気に入りのショップに連行し、ちひろに似合いそうな服をチョイスしてやる。白いブラウスに、ハイウエストのチェックのスカート。


「どうだ? ちひろは清楚な服が似合うと思うぞ?」


「え、えへへ……可愛いですか?」ちひろはちょっと恥ずかしそうな顔をしている。買い物袋をたくさん抱えて、さてタピオカミルクティーでも飲みますか、とフードコートに歩いていくと、向こうからどこかで見た顔が歩いてきた。


 ――三峰亜心だ。隣には背の高い金髪の男がいる。


 ……目が合った。すごく気まずく思った。いや気まずいというのは言葉として正確でない。見られてはいけないところを見られてしまったと思っている。……俺は。


 そうか、亜心が俺に興味ないのは、彼氏がいたからなのか。なぁんだ納得ー。


 俺は少なからず傷ついて、亜心から目をそらした。ちひろはよく分からない顔をしている。こいつ改造兵士作るのが仕事で人間界に興味ないもんな。もとの生まれが単為生殖の宇宙人だし。


「ほ、星瀬くん……?」亜心が声をかけてきた。どう答えていいか分からない。だけれど頑張って答えた。


「あ、ああ、素敵な彼氏さんだな。年上かあ、それじゃ俺になんか興味なくて当然だよな」


「あ、あの、これはね、……彼氏じゃなくて、家族。星瀬くんと一緒なのは、彼女?」


「い、いや、こいつは、いとこ……だよ。付き合ってない。へへ……」


 すっごく気まずかった。互いに顔を赤くしながら、そんな会話をした。

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