屠龍戦士vs新党人類の幸福を許すな

金澤流都

1 二人の恋

 髪をピンクに染めた。俺の目指すところは「二次元の美少女」だ。


 だから私服は女装だし、制服を着ていても髪にはかわいいヘアピンをくっつけている。まっすぐ切りそろえた前髪に、ちょっと長めの横髪と後ろ髪。目にはバチバチの青のカラコンを入れている。この学校は校則が恐ろしくゆるいので、こういうことができる。


 俺は星瀬正義。学校一の美少女、ならぬ学校一の男の娘。


 可愛いはまさしく正義である。俺の周りには男女問わず取り巻きが絶えない。俺は机に軽く腰掛けて、ニコニコでチュッパチャップスを食べているだけなのだが、それだけですでに「映え」ている。


 俺はもとの顔が丸くて幼いので、男前を目指しても似合わない。それならばと女の子に寄せた。それも二次元の美少女キャラクターに寄せた。クラスメイトに、「星瀬くん、日曜日の朝にやってる女児向けアニメの主人公に似てる」と言われたからである。


 その女児向けアニメがどんなものなのか正直に言うとよく知らないのだが、画像を検索してみるとシリーズ歴代のヒロインはおおむね髪がピンクなのでピンクに染めた次第である。


「星瀬くん、今度の日曜、一緒にショッピングいこうよ。星瀬くんの私服リアルで見てみたいなあ」

 取り巻きの女子がそんなことを言う。俺は、

「日曜日かー。用事あるんだよなー」と答えた。これは本当の話だ。毎週日曜日は、かならずやらねばならない用事がある。用事はなに? と聞かれたら、「日曜日は家族で出かけるって決めてるんだ」と答えることにしている。


 俺に家族なんかいないというのに。


 俺を守ってくれるのは、「新党人類の幸福を許すな」の党員だけだ。そして俺は、その「新党人類の幸福を許すな」の総裁であり、「ノックス・ダイオキシアス」というのが本名だ。


 チャイムが鳴って、取り巻きたちは自分の席に戻っていった。


 ちらと窓側をみる。隣の席の女子生徒、三峰亜心が、真面目に予習している。


 この、三峰亜心という女子生徒は、俺に興味がない。だから俺はこの三峰亜心を振り向かせたくて仕方がない。俺が穴が開くほど見ていると言うのに我関せずで予習をしていて、どうにか……どうにか。俺のほうを振り向かせたい……。


 人間に恋なんかしちゃだめだ。俺は「新党人類の幸福を許すな」の総裁。地球を人類から奪い取り、帰るべき星を失った党員たちを養うのが俺の仕事。


 でもそう思っているということは、恋をしているというわけで。

 教室に先生が入ってきた。


「星瀬、お前またアメちゃん食べてるのか。それから校則がゆるいっつってもピンク髪は目立ちすぎやしないか?」


「せんせー、星瀬くんは可愛いから正義です」


「そうだそうだ」


「まあ……星瀬がジャパニーズ・カワイイ、クールジャパンなのはいまに始まったことじゃないか。そいじゃーテキストを開いてくださーい」

 いつも通りのやりとり。先生も諦めているのであった。教科書を開く。


 ポケットでスマホが鳴ったので、先生に見つからないように見る。

「ダイオキシアスさま お世話になっております、カイヨ=ウプラゴ・ミです。今週の改造兵士が出来上がりましたのでご確認ください。どうぞよろしくお願いいたします。カイヨ=ウプラゴ・ミ」

 相変わらず文章がカッチカチの部下からのメッセージ。画像を確認する。おお、なかなか強そうだ。今回こそ屠龍戦士をメッタメタにしてくれるはずだ。


 屠龍戦士は、いつも我々「新党人類の幸福を許すな」の邪魔をしてくる、この上なく迷惑な連中である。特に、「屠龍戦士ゲオルギウス」にはいつも手を焼かされている。


 俺たちは故郷を失った民だ。それを追い払おうというのだから、心底性根の腐ったやつらだ。


 俺たちのやり方を、俺たちは貫くのだ。屠龍戦士を討ち倒し、真の自由を手に入れる。それが、俺たちの望むことだ。


「おーい星瀬、なにスマホ見てる。授業に集中しろー」


「あーい、さーせーん」

 そう答えてホワイトボードをみる。俺たちには簡単すぎる、この国とは違う国の言語の授業。

 ちらりと亜心のほうを見る。一瞬も気を緩めず授業を受けている。こういうふうになれば、俺たちも自由になるんだろうか。



 ◇◇◇◇



 日曜日だ。わたしは布団からむくりと起き上がり、歯を磨き髪を整えた。日曜日……日曜日。憂鬱だ。まだ海産物一家のアニメを見たわけじゃないのに、憂鬱で仕方がない。そう思っていると案の定アラートくんがびーびー騒ぎだした。アラートくんが鳴ったら、わたしたち屠龍戦士の出番である。


屠龍戦士ドラゴンスレイヤーゲオルギウス。真なる力を手に入れ、悪と戦うのだ!」


「分かってます。せかさないでください」


 コンピューターの画面に映る博士(銃夢ラストオーダーのポタノヴァを想像してもらいたい)にそう答え、腰にベルトをまとう。端的に言って男児向け玩具のデザイン。どう見てもプラスチック製の、振るとカッコイイ音楽の流れそうな「ドラゴンスレイヤー・ランス」を握る。プラスチックではなく宇宙でしか作れない合金だ、と聞いているが、どこまで本当なのやら。


「ゲオルギウスや。必ずや地球を混迷と悪から救うのですよ」


 古代の女神タリアがそう言ってくるが、それも聞き飽きたセリフだ。


 出撃用のドアを開ける。どこかの公会堂の前に出た。人々は、頭に羽釜をかぶった改造兵士に追い立てられ、逃げ惑っていた。


 改造兵士が何者なのかわたしは知らない。どういう理由で、改造兵士が人類に喧嘩を売ってくるのかも分からない。


 だけれど人類に仇なすものは、すべて我ら屠龍戦士から見れば敵。太古の昔から、人類は竜を滅し、悪を滅する屠龍戦士に頼ってきた。その末裔がわたし、――三峰亜心なのである。


「変身! ドラゴンスレイヤー・ゲオルギウス!」そう叫び、ベルトをがちゃり、と閉めた。体にオーラが満ち、わたしは屠龍戦士の真なる姿になった。


「改造兵士!」そう呼びかけると改造兵士はわたしのほうに振り返った。

「なーんですうぅー? 弱そうな人間ですねぇー?」

「その頭にかぶっているものは、防具じゃない。ご飯を炊くのに使うものだ!」


 そう叫び、ドラゴンスレイヤー・ランスを構える。古代の女神タリアから続くエターナルフォースが共鳴し、ドラゴンスレイヤー・ランスが炎をまとった。全力で突撃して、改造兵士のかぶっている羽釜をぶっ飛ばす。


 改造兵士の顔はイナゴみたいだった。どこの世界でもイナゴは悪だ。防御できなくなった改造兵士は、わたわたと手足を動かし、口から糸を飛ばしてきた。お前イナゴじゃないんか。


 ドラゴンスレイヤー・ランスに糸がからまる。振りほどいて、

「必殺! ドラゴンスレイヤー・キック!」と、ドロップキックをぶちかます。


「ほげぇっ」改造兵士はそう悲鳴を上げた。口ほどにもない……。

「あーあ、せっかくの日曜が台無し」わたしはそうつぶやいて、変身を解除し、武器防具の類をタイムポケットに投げ込んだ。要するにドラえもんの四次元ポケットだと思っていただければ、それがだいたい正しいイメージだ。


 倒れた改造兵士は、悔しげに、

「ムギギギ……この恨み、きっと次の改造兵士が晴らしてくれることでしょう……」

 と、減らず口を叩き、爆発四散した。


 改造兵士に背を向けて、わたしは家――実際のところ屠龍戦士の基地――に帰る。わたしに家族はいない。家族がいたら楽しいだろうな、とは思うけれど、戦士にその後ろ髪を引く家族、この世に未練を残させる家族は不要だ。


 でも。わたしには好きな人がいる。いつも明るくて、クラスの人気者で、わたしなんかじゃ釣り合わないくらい素敵な人。クラスのみんなに愛されていて、先生方にも面白がられていて、わたしなんかじゃ釣り合わないひと……。


 いつか、改造兵士やそれを作っている大本をぶちのめして、その人と釣り合うようになりたいと、わたしはずっと思っていて、それをかなえるのはいつになるか分からなくて、でも隣の席でいられるのは三月までで……。


 星瀬正義くん。クラスで一番素敵な男子。

 いつか、あなたと釣りあう人間に、わたしはなりたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る