うさぎとかめ

結城恵

うさぎとかめ

うさぎとかめ


 ぼくはかめ。種族としては一番足がのろい種族だけど、その中でも一番足が速いのが僕だ。


 あのこはうさぎ。俊足の種族で、けれど一番のろまな彼女。


 親睦を深めるという理由で僕たちは競争することになった。

 あそこに見える山まで。どちらかが先に着くかという単純な勝負。

 勝っても負けても、別にどうということはない、ただの遊び。


 けれどもスタートを切られた以上、真剣に走らないわけにも行かない。


 僕は走った。彼女も走った。


 いかな種族最速の僕でも、いかな種族最遅の彼女でも、種族が生み出す絶対的な壁は取り払われることは無かった。


 種族内では誰も僕に敵うものなんていなかった。けれどもそんな僕を、彼女は息を切らすことすらなく追い越していく。


 そんなことが2日ほど続いたある日。


「かめさん、一緒にゴールしようよ」


 そういって彼女は僕のことを待っていてくれた。


 きもちがわるい。


 彼女は僕のことをさっさと追い越してゴールに着けばよかったのに。

 何を思ったのか僕のことを待っていた。


 冗談じゃない。


 僕は種族の中では一番に足が速かった。しかし種族の中で一番足の遅い彼女は、その僕をこともあろうに待ち構えていたのだ。


 それは明確な、勝利宣言。


 必死で歩を進める僕を、「がんばろう」と言いながら寄り添い歩いてくれるうさぎさん。その呼吸に乱れは無く、その足取りは軽かった。


 ああ、助けてくれ。


 いっそ誰か彼女の脚を切断してはくれないだろうか。這って進め。必死で進め。僕と同じように。


 4日間、そう思い続けた。


 最後の日、実にスタートして一週間が経過したころ。

 長い坂を上った後に見えるあそこがゴール。天気は悪いけど、たいしたことはない。


 必死に進む僕と、励ましながら一緒に進むうさぎさん。


 結局は親睦を深めるためだけのもの。適当に涙を流してくれるようなことがあれば十分だ。


 きもちがわるい。誰も彼も我慢がならないほどにきもちがわるい。


 「もうちょっとだよ、かめさん」


 彼女が振り返った時、稲妻が落ちた。



 僕に。



 僕の四肢は燃えて千切れて吹き飛んで、限界まで伸びきった首も皮一枚でどうにかつながっていた。


 坂をごろごろ転がる。体液を撒き散らしながら。不思議と痛みは感じない。


 坂をごろごろ転がる。どうにかつながっていた首もいつの間にか千切れていた。


 坂をごろごろ転がる。甲羅だけになった僕は、長い長い坂をごろごろと転がり落ちていく。


 ごろごろ。


  ごろごろ。


 坂はこんなに長かっただろうか。転がり、回り、落ちていくけど、頭が千切れてるので目が回らない。


 ごろごろ。


  ごろごろ。


 落ちる落ちるまだまだ落ちる。頭が無いから誰がどんな表情をしているか、目で確認することも出来ない。


 ごろごろ。


  ごろごろ。


 止まらない。


 ごろごろ。


  ごろごろ。


  ごろごろごろごろ。


  ごろごろごろごろごろごろごろごろ。


 ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ。


 もうどんな音で転がっているのかわからない。そもそも僕は転がっているのだろうか。雷の音じゃないのだろうか。もしかして僕の中から鳴っている音なのかもしれない。


 落ちていく。


 落ちて落ちて落ちて落ちてまだまだまだまだ続いていく。


 終わらない坂。止まらない回転と落下。戻らない。


 けれど僕は、頭が千切れたけれど、これだけはわかった。


 あぁ、僕は今、幸せだ。


めでたし、めでたし。

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うさぎとかめ 結城恵 @yuki_megumi

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