第49話 俺と彼の関係性





「……それで今日は男前だったわけだ」


「は、ははははは……」


「まあ、聞いている俺でさえ何言っているんだと思ったから、当事者の有希が怒るのも無理はないか」


「だろう! 何が俺のために捨てたんだっていう話だよな!」


 気持ちのまま勢いよく机を叩いてしまい、教室中の視線がこちらに集中した。

 慌てて何でもないと手を振れば、視線は無くなった。


「……とにかく殴った後、他の先生が呼びに来たから、今日の放課後また話をする約束を取り付けた」


「お互い好き同士でも、向こうがこじらせているせいで、まだ恋人じゃないんだからな。まじウケる。停学にならなくて良かったな」


「俺も殴ったから停学とかは覚悟していたけど、たぶん上手くごまかしてくれたみたい」


 今日の朝見た時、ガーゼで覆われていたけど、それをどうやってごまかしたのか気になるところだ。

 でも未だに俺が責められたり、呼び出されていないから、俺が殴ったのだとはバレていない。


「ま、向こうも好きだって分かったんだから、あとは押せば何とかなるだろう。早いかもしれないけど、幸せにな」


「本当に早いけど……まあ、ありがとう」


 恥ずかしくなって視線をそらせば、頭を力強く撫でられた。





 期待して待っていたにしては、思ったよりも早く放課後になった。

 ホームルームが終わり、彼が教室から出て行くのを見届けると、俺は急いで荷物をまとめて後を追う。


 廊下を進んでいき、辺りに誰もいなくなったところで、彼が振り向いてきた。

 足音を隠そうとしなかったから、気づかれたのは当たり前だ。


「ユキ」


 俺の名前を呼んだ彼は、幸せといった感じで笑った。

 あまりにもとろけるような笑顔を見せてくるから、思わず立ち止まってしまう。


「どうした? 早くこっちにおいで」


 そのまま止まってしまった俺を、首を傾げて近づくように言ってくる。


「ほら、早く」


 焦れたように腕を広げてきたから、慌てて彼の元に走った。

 腕の中に行くか迷って、結局抱きついてみた。


 彼の匂い、体温、感触。

 久しぶりの感覚に、懐かしさと幸福でいっぱいになる。


「……ユキだ」


 彼も同じことを思ったのか、抱きしめる腕を強くしてきた。

 それ以上は何も言わないけど、もう答えは分かったようなものだ。


「ユキ、ユキユキユキ……ユキ!」


「……雅春さん、雅春さん!」


 お互いの名前を呼びながら、俺達は強く強く、二度と離れないように抱きしめあった。





「結局、元さやにおさまったってわけか」


「その節は、色々とご迷惑おかけしました。こちら貢物の、最高級唐辛子です。どうぞお納めください」


「うむ。よきにはからえ」


「黒咲先輩って、辛いのが好きなんですね」


「えげつないぐらいだよ。家には世界各地の唐辛子が置いてあって。世界一辛いのだって、わざわざ取り寄せているぐらいだから。専用の部屋は、うかつに入ったら死ぬ」


「そこまでですか」


 今日の部活動には、恭弥が遊びに来ていた。

 報告も兼ねて、蓮君と3人で話したいと思って呼び出したのだ。


 最初は気まずそうな顔をしていた蓮君だったけど、いつも通りの恭弥につられたのか、段々と普段の感じに戻っていった。


「何か、盛大な痴話げんかに巻き込まれた気分です。何で別れたんですか?」


「本当だよなあ。みんな噛ませ犬じゃん。ただの迷惑だろ」


「……俺だって、別れたくて別れたわけじゃないし。向こうが捨ててきたんだから、どうすることも出来なかっただけ。でも迷惑かけたのは、本当にごめん!」


 ここに俺の味方はいない。

 それに迷惑をかけたのは俺だから、素直に謝る。


「まあいいや。とにかく幸せそうで良かったんじゃないか。本当に迷惑をかけられたけどな。ハッピーエンドで終わって、めでたしめでたしってことだろ」


「姉さんも落ち着いてきましたから、会わなければ回復すると思います。今度、田舎の祖父母のところにお世話になる予定なので、お二人の邪魔をすることは二度と無いですよ。ご迷惑をおかけしました」


「あれから回復して良かった。謝ることは出来ないけど、本当に嬉しい。……俺が言うことじゃないか」


「いえ。先輩が姉さんを許してくれたおかげで、言葉にはしていないですけど感謝しているはずです」


 あれから彼女には会っていないけど、回復して退院出来て心から嬉しい。

 彼女の幸せを俺が望むのはおかしいかもしれないが、それでも祈ってしまう。


「それなら良かった。それにしても、いまだに俺を好きでいてくれるなんて思っていなかった。こんなにも成長したから、可愛くなくて捨てられたって、ずっと考えていたから」


「……黒咲先輩。先輩は冗談を言っているんですよね」


「……そうじゃないから質が悪いんだよな。自分に魅力が無いって、本気で思っているんだからさ」


「何こそこそ話しているの?」


「何にも。それで、これから東海林先生の家に行くんだろ? 楽しんでこいよ」


「そうなんですか? 良かったですね」


「う、うん。ありがとう?」


 恭弥の言う通り、俺はこれから彼の家に行く。

 捨てられてから初めてのことである。


 にやにやと2人がからかうような表情で見てくるから、俺は顔を真っ赤にさせながら、手で顔を覆い隠した。





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