第48話 彼の告白
「今日は部活が無い日だろう。ここで何をしている?」
「……待っていたんです。あなたを」
「俺を……」
見回りでもしていたのか、俺を見つけた彼はとても驚いていた。
それにしても、俺が今日部活が無いのを知っているとは思わなかった。
少しは興味を持っていてもらえているのかと、勝手に期待が高まってしまう。
「はい。昨日のことで」
心臓がバクバクと騒いで、手のひらに汗をかいてきた。
彼は俺から視線を一度そらして、そしてすぐにこちらに戻ってくる。
ここには俺と彼しかいない。
話を邪魔する人は、誰もいなかった。
「昨日の返事、聞かないまま逃げてしまってすみません。でも、あの言葉に嘘はありませんので。で、出来れば、返事をもらいたい……です」
これじゃあ、返事を強要しているみたいだ。
自分で言っていて恥ずかしくなってきて、段々言葉につまってしまう。
こんな場所で、なんて話をしているのか。
今は誰もいないけど、誰かが通りかかったらまずい。
さすがにここでする話じゃなかった。
「す、すみません。見回りしているところでしたよね。邪魔をしてすみませんでした。俺の話は後ででいいので。仕事に戻ってください」
彼になかなか会えなかったからといって、答えを急いでしまった俺が悪い。
仕事中なのに自分のことしか考えていなかった。
これでは呆れられてしまうと、慌てて俺は彼に仕事に戻るように促した。
でも彼は俺を見つめたまま、その場から立ち去ろうとしない。
その視線の強さに、俺は気まずくなって視線をそらした。
「……ユキ……」
その名前を何度も呼ばれているはずだけど、まるで知らない人に言われたみたいだ。
今までに聞いたことの無い感情が、そこには込められているのを感じた。
彼が仕事に戻る気がないのであれば、遠慮する必要は無い。
俺は深呼吸を何度かすると、気持ちを落ち着かせて彼の目を見る。
目が会った瞬間、また心臓が騒ぎだしたし、顔も熱くなった。
それでも目をそらすことなく、彼の答えを待つ。
「……俺は、昨日ユキに好きだと言われて、本当に嬉しかった」
「そ、うですか」
はにかむ顔に、嫌悪の色はない。
告白に対し、悪い気持ちを抱かれていなくて良かった。
それだけでも、とても大きな一歩である。
「あんなにも酷いことをして、俺のせいで命の危険もあって、二度と顔を見たくないと言われても仕方がないと諦めていた」
「確かに、あなたに出会ってから色々とありましたね。普通だったら、体験しないようなこととか」
「それに関しては、本当にすまなかった」
「別に謝らなくてもいいですよ。俺は全てを受け入れていますから」
彼と出会わなければ、もっと平和な日常をすごしていただろう。
でも人生をやり直したいかと聞かれたら、俺の答えは完全にノーだ。
何度繰り返したところで、同じ道を進む。
「……俺は、俺は……」
言葉に詰まってしまったようだけど、俺はその先を急がなかった。
俺達の間に必要だったのは、こうやってゆっくりと話をする時間だったはずだ。
「……すきだ」
その言葉は自然と耳に入って、そしてすんなりと脳が理解した。
「俺も、好きです」
口から、呼吸のようにするりと返事が出る。
視界が涙でにじんで、俺はそれを拭うことなく彼に近づいた。
「でも、駄目なんだ」
「……は?」
抱きつこうとして上げた腕が、力なく落ちた。
俺を止めるように、彼は手のひらをこちらに向けていた。
好きだっと言ってくれたのに、何故か拒絶している。
「俺は、ユキを幸せに出来ない……始まりだって無理矢理で、嫌がるユキを閉じ込めた。ユキは俺を好きになってくれたけど、でもその感情は諦めからくるものだったはずだ。自分を守るために、恋をしているのだと自分の脳に思い込ませた。そうだろう?」
もう片方の手で自分の顔を覆い、彼は目を血ばらせて早口で話し出す。
「家に帰ってきて出迎えてくれるユキを見る度に、幸せを感じていたけど、同時に怖かった。俺は1人の人生を狂わせて、そして一緒に心中するような生活を送っていると」
俺が口を挟む隙がない。
だから最後まで話を聞いてから答えを言おうと、話し終えるのを待った。
「このまま俺の欲望に巻き込んでいいのか。ずっとずっと思っていた。ユキが俺に笑いかけてきて、俺を許してくれて、その気持ちはどんどん大きくなった」
その顔には後悔という文字が浮かび上がっていた。
当時の彼の苦悩が、手に取るように分かる。
「こんなにも優しいユキを閉じ込めていいわけがない。だから俺は、ユキが好きだったけど、切り捨てることにした」
「それが、あの日だったってわけ」
「ああ。ユキの顔を見ていたら、自然と言葉が出ていた。家からいなくなった時は苦しかったけど、でも解放出来たという達成感もあった」
「今もそう思っているの?」
「ああ。ユキが俺を好きだと言ってくれても、俺達は一緒にいるべきじゃないんだ」
今は、慈悲の心といった穏やかな表情だった。
俺は最後まで話を聞いて、そして彼に笑いかける。
そして軽い足取りで彼の元に向かうと、勢いよく腕を振り上げた。
「……ふっざけんなああああああああああ!!」
振り上げた拳は、彼の頬に上手くヒットした。
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