第45話 逃げてしまう俺





 恭弥と別れてから、早いもので2週間が経った。

 俺はというと、彼に話しかけることが出来ずにいた。


「何してんの。俺を捨てたくせに、のんびりしすぎだろ」


「分かっている。分かっているから、あまり言わないで」


「さっさと言っちゃえばいいのに。向こうだって待っているんじゃね?」


「そんなわけない。もうなんて話しかけたらいいのか分からないんだよ」


「はああ?」


 恭弥の驚いたような声に、俺は外に視線を向けて現実逃避をした。





 彼への想いを自覚して、恭弥との関係を清算したはいいけど、だからといって彼に話しかけられるかといったら、それは違う。

 むしろ、今更なんと声をかけて良いのか分からなくなってしまった。


 いくら俺がフリーになったとしても、彼に捨てられた身である。

 アピールしたところで、意味が無いのではないか。

 それに話をしなくなってから、少し期間が開いてしまった。


 話をしたところで何になる、そんな気持ちになってしまったらもう駄目だった。

 彼の顔をまともに見ることが出来ず、避け続けてしまっていた。



「いやいや何やっているの。そんなんで、どうやって恋人になるつもり?」


「いや、別に恋人になりたいとか、そういうわけじゃ……」


「はああ? 馬鹿じゃねえの? 馬鹿なの? 馬鹿だったな」


「……馬鹿じゃない」


 否定の言葉は、自分でも弱々しくなる。

 恭弥に何を言われても、俺は言い返すことが出来なかった。


「え。もしかして、このまま卒業するつもり? そんなに好きなのに?」


「……そうしたくないけど、でも今更どうすればいいんだろう」


「ぐずぐず悩んでいて面倒くさい。当たって砕けろよ」


「砕けたくない」


 砕けたくないから話しかけられない。

 俺は頭を抱えた。


「でも話しかけられないままだったら、砕ける以前の問題じゃないか?」


「うぐうう」


 頭を抱えたままうなると、その頭を恭弥が軽く叩いてくる。


「もう少し気楽に考えろよ。別に告白しろって言っているわけじゃないんだからさ」


「告白は絶対に無理。死ぬ。心臓飛び出る」


「……何で俺、一時期でも有希と付き合っていたんだろう。しかも監禁までしようとしていたなんて……馬鹿だったな」


「俺も監禁を受け入れ続けなくて良かったと、心から思っている。でも、もしそのままだったら、俺達別れなかったのかな……」


「この野郎。今からでも監禁してやろうか」


「いたたたた。ごめんごめん。冗談だって冗談」


 頭をガシリと掴まれたので、俺は慌てて謝った。

 向こうも冗談で言っているのは分かっているけど、一度実際に監禁されたから、きっかけは潰しておきたかった。


「まあ、冗談はさておき。マジでこのまま話しかけなかったら、ずるずるずるずる話しかけられずに終わるぞ。それでいいの?」


「……良くない」


「それじゃあ、やることは一つだろう?」


 まさか恭弥に励まされるなんて。

 明日は大雨でも降るのではないかと心配してしまうが、それよりも十分励まされたのは確かだ。


「分かった。タイミングをうかがって、話しかけてみる」


「よし言ったな。有希は期限付きじゃないと先延ばしにしそうだから、今日の夜までに話しかけるようにするか。もしも出来なかったら、罰ゲームな」


「ちょ、何勝手に決めて」


「こうでもしないと、また逃げそうだからな。罰ゲームでも待ち構えてないと、絶対に色々理由を作って出来ないだろう」


 励ましてくれるのはいいけど、いくらなんでも逃げ道がない。

 今日中に話しかけなくてはならない状況を作り出されて、俺は抗議をするために顔を上げようとしたけど、あっけなく押さえつけられてしまった。


「俺は優しいから。一言声をかけるだけでもオッケーにしてやるよ。でも相手が反応しなかったら、やり直しな。もしも今日中に話しかけられなかった場合……」


「話しかけられなかったら……?」


「それは後でのお楽しみってことで。話しかけることが出来れば、罰ゲームはしないんだから、今知る必要はないだろう?」


 これは絶対に話しかけなくてはならない。

 後でなんて言う恭弥ほど恐ろしいものはなくて、俺は迷う自分を遠くへ放り投げた。


「絶対に話しかけてみせる」


「せいぜい楽しみにしているよ。頑張れ」





 話しかけよう話しかけようとしているうちに、放課後になってしまった。

 何の努力もしていなかった訳では無い。

 むしろ俺は何度もチャレンジしようとしていたのに、ことごとく邪魔をされた。


 誤解されるかもしれないから言っておくけど、邪魔をしたのは恭弥では無い。クラスメイトや知らない人達だ。

 みんなわざとでは無いのに、結果的にその行動が俺の邪魔になってしまった。


 そういったことが続いて、いつの間にか放課後になっていたというわけである。


「……罰ゲームコワイ」


 俺はカタコトになりながら、最後の望みとばかりに彼がいる可能性が高い、準備室に向かっていた。

 もしここで会えなかったら、大人しく罰ゲームを受け入れよう。


 ほとんど諦めて、俺は準備室まで辿り着き、意を決して扉をノックする。


「……誰ですか?」


 だから中から声が聞こえた時には、思わず神様に感謝した。


「白樺です。少しお時間いただけませんか?」


「……入りなさい」


 断られることなく入室を許可されたので、俺は嬉しいという気持ちのまま扉を開けて中へと入った。





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