第44話 俺の決断





「話って何?」


「……急に呼び出してごめん」


「別に怒ってないから謝らなくていい。でも、わざわざ空き教室に呼び出さなくてもいいだろ。家で話をすればいいのに」


「事情があって……」


 空き教室を選んだのは、家では話が出来ないと思ったからだ。

 恭弥は俺の様子から何かを感じているのか、いつもとは違いくだらない茶々を入れてこない。


 ここにくるまでに怒られる覚悟や、責められる覚悟はしていた。

 殴られたとしても文句は言えないぐらい、これから俺は恭弥にとって酷いことをする。



 こぶしを握り締めて、俺は恭弥に向かって頭を下げた。



「単刀直入に言う。俺と別れてほしい」



 ずっと考えていた。

 彼に惹かれている中で、恭弥と付き合い続けるわけにはいかないと。

 気持ちを隠し続けたまま付き合っていたら、恭弥のためにならない。不誠実だ。


 惹かれていく心が止められない俺は、恭弥と離れる決断を下した。



 頭を下げているから、恭弥の表情は見えない。

 殴られる覚悟はしているけど、痛いのは嫌だな。

 全て俺が悪い。

 だからどんなに嫌でも受け入れる。


 衝撃に耐えるために目をきつくつむれば、上の方から大きなため息を吐く声が聞こえた。

 その音に反応して、肩が跳ねてしまう。


「一応確認するけど、冗談じゃないよな」


「ごめん」


「あー、そっか。うんうん。最近おかしかったからな。そういうわけか。なるほどなるほど」


 思ったよりも軽い口調に、そこまで怒っていないのかと、俺は期待を込めて顔を上げた。



 そこには静かに涙を流す恭弥の姿があった。



「……恭弥」


「考え直すことは無いの?」


「……ごめん」



 あまりにも静かな涙だから、胸が痛くなった。

 でも俺は、別れるという言葉を撤回する気はない。


「理由は? 俺達、上手くやっていただろ。それとも俺が何かした? 監禁だってしないように我慢しているし」


「恭弥は全く悪くない。俺が駄目なんだ」


「…………まだ好きなんだ」


 その言葉に思わず動揺してしまった。


「やっぱり。何となくそんな感じはしていたんだけど。まさか本当にそうだとはな」


「ごめん」


「それは何に対しての謝罪? 俺と付き合っているのに、まだ元彼のことを引きずっていたこと? そっちの方が好きになっちゃったから、俺を捨てようとしていること?」


「……ごめん。本当に酷いことをしているのは分かっている。殴ってくれてもいい」


「はは。何だよそれ」


 涙を流したまま、恭弥は乾いた笑いをこぼす。

 もっと責められると思っていたから、逆に心が痛くて仕方が無い。


 でもこの痛みも、俺が受けなければならない罰だ。

 恭弥には全く非が無いのに、俺の勝手な気持ちの変化で捨てようとしているのだから。


「有希は俺が殴ると思っているんだ。それとも殴られたいの? Мなの?」


「そんなわけない。でも俺は殴られても仕方が無いことをしているから」


「許してもらうために殴ってほしいってこと? それって俺にとって、何のメリットがあるの?」


「メリットって……」


 そう言われて、答えが出るわけが無かった。

 恭弥が殴りたくないのなら、殴るメリットはない。


「俺は有希の自己満足に巻き込まれたくない。人を殴ったら、俺の手だって痛くなる」


「ごめん」


「そればかりだな。有希はずるい。そうやって謝られたら、許さないと俺が悪者みたいになる」


「そんなことは」


「それじゃあ、一生許さなくていい? 俺にはそれをする権利があるよな」


 俺の覚悟は覚悟として、全然足りなかったらしい。

 なんだかんだ言っても、恭弥は許してくれると思っていた。


「……そ、うだな。許してもらおうと言うのは、俺の勝手だよな……うん、許してくれなくていい」


 親友だからこそ、俺は許してもらえない。

 それを感じて、謝ることを止めた。


「ふーん、いいんだ。それじゃあ一生許さないから、有希は俺から離れないで謝り続けるしかないな」


「何言って……」


「許してもらいたかったら、これからも俺と一緒にいろってこと。ちゃんと理解しろよ」


「でもそれって」


 これからも、一緒にいて良いという意味じゃないか。

 俺は信じられない気持ちで、恭弥のことを見つめる。


 いつの間にか泣き止んでいた恭弥は、いつもの悪い笑みを浮かべている。


「あーあ。これからも一緒なんて気まずいよな。物凄い罰だろ。しかも一生許してもらえないから、終わりが無い」


「……恭弥」


 思わず感謝の言葉を口にしかけて、恭弥はそれを望んではいないと考え直した。


「本当にごめん。恭弥。これから一生かけて償っていくよ」


「よかろうよかろう。これからずっとよろしくな」


「……うん」


 涙が出そうになった。

 でも俺が泣くのは絶対に間違っている。

 俺はなんとか涙を浮かべるのを我慢すると、もう一度謝罪の言葉を口にした。



 こうして俺は恭弥と別れた。

 そして、恭弥の優しさで一生をかけて償うことが決まり、俺はこれからも傍にいることを許された。


 改めて考えても、恭弥はとても優しすぎる。

 俺だったらここまで大人の対応をすることが出来ないし、絶対に許せないまま、恨み続けただろう。


 そんな酷いことを恭弥に対して行ったと思うと、俺は恭弥に対して償うことを苦に感じることは無かった。





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