第42話 俺の懺悔
たくさんの管が繋がれ、脇には仰々しい機械がたくさん置かれている。
その全てが、今の彼女には必要なものだった。
「……朱鳥、さん」
呼びなれない名前を口にしても、返事はない。
彼女は目を閉じたまま、病院のベッドで今も眠り続けていた。
彼に冷たくされた彼女が自殺未遂をしたという話を聞いて、俺は彼女に合わなくてはならないと思った。
自己満足になるかもしれないけど、それが彼女の人生を狂わせてしまった俺の義務だ。
蓮君に彼女のいる病院を教えてもらおうとした最初は、絶対に無理だと頑なに断られた。
そう反応されるのは予想済みだったので、俺は諦めずに何度も頼み込んだ。
そしてようやく蓮君が折れてくれて、俺は彼女のいる病室を尋ねられることになった。
病室というのは、どうしてこんなにも物静かで重苦しい雰囲気があるのだろうか。
死の気配がまとわりつくような気がして、俺は慌てて首を振った。
俺が病室に入っても、彼女の様子に変化はない。
物語じゃないのだから、そう簡単に目を覚ますわけが無いのは分かっていたけど、それでも残念な気持ちだった。
ベッドの脇にある椅子に座り、俺は彼女の姿をマジマジと観察する。
入院しているから、当たり前だけど化粧をしていない。
それでも綺麗なのだから、本当に容姿が整っているのだろう。
布団から腕が出ていて、その片方の手首には痛々しい包帯が巻いてある。
そこを鋭利なもので切ったのか。
自分がやったわけではないが、自分の事のように感じてしまい、自然と顔をしかめてしまう。
死なずに済んだのは幸いだけど、未だに目覚めないということは、状況はあまり良くないのか。
「……やっぱり、俺のせいだよね……」
いざ目の前に俺のせいで傷ついた人が現れると、気まずさや後悔を超えて、今にも吐いてしまいそうになる。
これ以上彼女の顔を見ていられなくて、目をそらす。
こんな状態になっても、彼女の気持ちは彼には届かなかった。
それが分かっているから、未だに目覚めないなんていう考えは、さすがに考えすぎか。
「……本当にすみません」
届くわけはないけど、思わず口から出てしまった謝罪の言葉。
俺と彼女しかいない病室で、それは意味の無いものになるはずだった。
「それなら死んでよ」
でも温度の無い言葉と共に、寝ていたはずの彼女が動く気配がした。
そちらを見た時には、俺の突き刺そうとする鋭い刃物がこちらに向かってきていた。
もう避けられない。
俺はそれが突き刺さる覚悟をして、思わず目を閉じる。
「何しているんだ!」
刃物は俺に刺さることはなかった。
俺の後ろから誰かが出てきて、彼女の腕を掴んで止めてくれたらしい。
軽い音を立てて、刃物が落ちる音がした。
目を開ければ、そこには俺を睨む彼女と、その腕を掴む彼の姿があった。
「どうして、どうしてここに……!」
腕を掴まれた彼女は、信じられないといったように小さく叫んだ。
俺もここに彼がいて、しかも助けてくれるとは思わず、ただただその腕を見ることしか出来なかった。
「……やっぱり起きていたんだな。もしかしてグルだったのか?」
「蓮のこと? 知らないわよ。先生も知らないんじゃない?」
「そうか。どうしてこんなことをしようとしたんだ」
「どうして? そんなの分かっているでしょ。あなたが好きだから、あなたに目を覚ましてもらいたくて、邪魔なこいつを消そうとしただけよ。何が悪いの?」
彼の問いかけに、彼女は開き直った様子で鼻を鳴らした。
「あーあ。せっかく殺せるチャンスだったのに。まさか失敗するなんて、運が無いわね」
髪をかき上げて、こんな状況なのに綺麗に笑う。
その表情は本当に清々しいといった様子で、色々と吹っ切れている。
「ふざけるな」
「ふざけてなんかないわよ。本気よ。本気で殺してしまいたかった。……もういいけどね。あなたが止めるほどの価値があるってことでしょ。忌々しい」
「ユキを殺しても、絶対にお前を好きにならない。お前のことは絶対に許さないし、俺が殺してやる」
「ふふふ。あなたに殺されるのなら、天国に行けるかも。殺すのを止めてほしいのなら、そんなことを言わない方が良いわよ」
くすくすと口元に手を当てて笑うと、その表情のまま、また俺の方に顔を向けてくる。
「どうせ謝りに来たんでしょう。驚かせてごめんなさいね。でも謝罪とか望んでないし、あなたの顔も見たくない。私からしたら、何をしに来たのって感じだからね」
彼女の顔に、表面上では憎しみが無かった。
「もう私の前には姿を現さないで。蓮とは会うなとは言わないけど、私とは無関係の人間になってね。そうじゃないと気が変わって、今度こそ殺しちゃうかもしれないから」
でも瞳の奥に、どす黒くドロドロとした憎しみの感情を見つけてしまい、俺は視線をそらして頷いた。
声を聞くのも嫌だと思い、言葉を出すのもためらう。
「さっさと出て行ってよ。私の気が変わらないうちに」
ここに来たのは、俺の完全な自己満足だったのか。
懺悔する機会を与えてもらえず、ただ俺は病室を出るしかなかった。
彼女の笑い声が耳にこびりついて、俺は吐き気を押さえて口に手を当てた。
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