第41話 もしかして俺のせい?





「……ユキ、いつからそこに?」


 存在に気づかれてしまったのなら、俺は逃げるわけにはいかない。

 もう誰なのかもバレているし、逃げたところで意味が無いだろう。


「少し前から。盗み聞きしてすみません」


 話を聞いていた俺が悪いから、まずはそのことを謝罪する。

 すぐにでも聞きたいことはあったけど、今の俺は他人でしかない。

 話を聞いていたことでさえも、2人にとって嫌だったら、この場から離れる必要だってある。


 でも多分俺は、この話に無関係なはずがない。


「丁度いいじゃないですか。先輩も話に参加してもらいましょうよ」


「だが……!」


「俺も話をしたいです」


 蓮君が俺もいた方がいいと言うのなら、それを断る理由はない。

 遠慮なく会話に入れてもらう。

 今はショックを受けている場合じゃない。


 俺はこの話を、きちんと聞いておく必要がある。


「蓮君。蓮君のお姉さんというのは……」


灰藤朱鳥はいとうあすか。俺の姉さんで、東海林雅春の婚約者」


「……やっぱり」


 まさか蓮君のお姉さんだったなんて。

 世間はなんて狭いのだろうか。


 言われてみれば、なんとなく似ているような気もしてくる。


「聞いていたのなら話は早いです。先輩達のせいで、姉さんは今病院で眠っています。目を覚ますかどうか、全く分からない」


 俺と彼を睨む瞳は、忌々し気に歪んでいる。


「姉さんは、ずっとずっとあなたのことだけを好きだったのに。どうして姉さんのことを捨てて、先輩のことを選んだんですか? しかも、もう別れているんでしょう? 姉さんを切り捨てる必要なんて無かったじゃないですか!」


 まずはターゲットを彼に決めたらしい。

 胸倉を掴むのは止めていたけど、顔を近づけて詰め寄っている。


「ユキと別れたとしても、俺は彼女と一緒になる気は無い。それは何度も説明している」


 蓮君の心からの叫びを聞いても、彼は取り乱すことはなかった。


「どうして? 姉さんはあなたのために、何でもしたでしょう?」


「俺はそれを望んでいなかった。別に何かをしてもらいたいわけじゃない。彼女が勝手にしたことだ」


「それでも! 姉さんがあんなに傷つく必要は無かった!」


「俺は全く望んでいない」


 聞いていて冷たいのではないかと思ってしまったけど、優しくして期待させる方が残酷なのかもしれない。


「彼女のことは心苦しく思う。でも俺には、どうすることも出来ない。彼女と一緒にいることはこれからも無いし、好きになることも無い」


 蓮君はまさに絶句という言葉が似合うぐらい、目を見開いて固まった。

 でもすぐに俺の方を睨む。


「何で先輩が良いんですか? どこがいいんですか? 姉さんより、どこが……」


 だから昨日、蓮君は俺の存在を否定したのか。

 蓮君にとって俺は、お姉さんの恋路を邪魔する存在でしかない。


 しかも自殺未遂までに発展したら、俺を憎むのは当然の流れだ。

 今のところ、まだ刺されていないのが不思議なぐらいである。


「本当は分かっているんだろう?」


 俺に呪いの言葉でも吐き出しそうな蓮君に対し、彼はよく分からないことを言い始める。

 その顔はこんな場面にふさわしくないぐらい、穏やかなものだった。


「分かっているけど認めたくなくて反発している。一緒にいる時間が長かったんだ。俺よりも知っていることは多いんじゃないか?」


「俺は……」


 とうとううなだれてしまった蓮君は、地面に膝をつく。


「……分かっていますよ。先輩は確かに魅力的な人間です。惹かれる気持ちは理解できる。でも……それでも、家族である姉さんが死にかけて、冷静でいられるわけが無かった」


 声が震えていて、しずくがぽたぽたと落ちていく。


「姉さんは病院でずっと寝ている。一生起きないかもしれない。それを全く知らない先輩に怒りを覚えてしまいました。姉さんが苦しんでいる間も、たくさんの人に好かれて、それを自覚していない」


「蓮君……」


 俺は蓮君の苦しみを全く理解していなかった。

 知らなかったとはいえ、俺はなんて無神経な言動を繰り返していたのだろうか。


「ごめん。本当にごめん」


 膝をついた蓮君の傍にしゃがみこんで、肩に手を置く。


「先輩は悪くないんです。俺が八つ当たりをしただけで……ごめんなさい」


 俺の手を拒否することなく、蓮君は首を振る。


「姉さんが思い込みが激しいのも気づいていました。姉さんの気持ちが迷惑かけていることも。知っていて止めることをしなかった俺も悪いのは分かっています。姉さんがああなって、ようやく後悔するなんて遅すぎました」


 頬をつたう涙を拭うことなく、蓮君は懺悔した。

 俺はどういった言葉をかければいいか思い浮かばず、ただ背中をさする。

 そうしながら、一度しか会ったことの無い彼女を思いだす。


 意思も気も強くて、でも彼の話をする時は恋する少女のようなはにかんだ可愛らしい表情を浮かべていた。


 彼は彼女のことを好きになることはないと言っていたけど、長年一緒にいればほだされる可能性だってあっただろう。

 でも俺という存在が、その可能性を潰してしまった。



 蓮君の言う通り、俺は存在するべきじゃなかったのだ。

 こうなった全ての原因が俺にある、その重みを感じて、知らず知らずのうちに俺も涙を流していた。




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