第40話 蓮君の闇
俺は存在するべきではない。
蓮君はそれだけ言うと、固まる俺を置いて部室から出ていってしまった。
残された俺は、先程まで触れていた温度の無いほっぺを思い出して、自分の手のひらを眺めていた。
温かさなんて感じられず、どんどん体温が下がっている気がする。
「……存在するべきじゃないって、蓮君は手厳しいな」
自分の声なのに、まるで他人が話したようだ。
視界もどんどんぼやけてきた。
「……俺が何をしたんだろう」
あそこまで厳しいことを言うってことは、俺が蓮君に何かをしてしまったのだろう。
全く身に覚えはないけど、よほど酷い行動だったわけだ。
「あー。胸が痛い」
心臓がぐちゃぐちゃに切り裂かれたような、そんな痛みが胸を襲いかかってくる。
俺は服の上から、心臓の上に爪を立てた。
このまま心臓を取り出せればいいのに。
絶対に無理なことを考えながら、俺はしばらくその場から動けなかった。
「学校で何かあった?」
「……どうして?」
気分が落ち込んだまま、家に帰ると出迎えた恭弥が心配してきた。
そんなに酷い顔をしているのかと、自分の顔を触ってみるけど、特に分からなかった。
「なんだかしなびたキノコみたい」
「キノコって……なんか反抗期を迎えた親の気分なんだ」
「いつの間に子供を作っていたんだ?」
「え? 気になるのそこ?」
子供なんているわけがないのに、どうしてそこに話がそれそうになるのか。
「俺の子供じゃなくて、蓮君の話」
「あー。ついにぶっちゃけたんだ」
「ついにって……まさか知っていたの?」
「知っていたっていうか。何か隠しているんだろうなとは思っていた」
そんなに分かるほど、蓮君が何かを抱えていたのなんて全く気付かなかった。
俺は人のことを、きちんと見ることが出来ていないのだろうか。
また打撃を受けてしまい、俺は胸を押さえた。
「……俺は存在するべきじゃないって」
「容赦ないな。あの後輩君、有希を好きだという感じが凄かったのに。可愛さ余って憎さ百倍って感じか?」
「俺も嫌われていないと思っていたけど、存在を否定するってことは嫌われていたんだな」
「そう落ち込むなよ。後輩君も何か思うところがあるんだろ」
落ち込む俺を恭弥は慰めてくれるけど、その理由が分からない今は、悲しいという気持ちしか浮かばない。
「俺、蓮君に何をしたんだろう」
「……そうだなあ。思わないところで何かやらかしているのかもな。どちらにせよ、本人から理由を教えてもらえなければ分からない。言わないのに分かってもらおうっていうのは、傲慢だからな。向こうから言わないのなら、別に気にしなくてもいいんじゃね」
「そうかもしれないけど……」
恭弥の言うとおりに放置していたら、そのまま蓮君と関わりが無くなってしまいそうだ。
知り合ってから1年も経っていない。
それでも俺の中で蓮君は良い後輩であるし、同時に良い友達だと思っている。
喧嘩別れして、一生仲直り出来ないのは辛い。
「明日、蓮君を探して聞いてみる」
きっと部活には来てくれないだろうから、こちらから会いに行くしかない。
「別に止めないけど、ほどほどにしろよ? 無理やり聞き出そうとしても、ああいうタイプは逆に殻の中に閉じこもりそうだからな」
「気をつける。本当に話をしてもいいの?」
「今のところ束縛する気は無いからな。お望みなら、ガッチガチに縛るけど?」
「現状維持でお願いします」
「冗談だよ」
恐ろしいことを言うので丁重にお断りしたら、ものすごく笑われた。
でも縛ると言った時の目が本気だったことに気づいているから、冗談だと笑ってくれて助かった。
まだまだ恭弥は取り扱い注意である。
「修羅場だけは起こすなよ?」
「どの口が言う……分かっているって」
恭弥や彼とは違うから、修羅場なんて起こさない。
こういう考えを人はフラグというらしいが、今の俺には関係の無い言葉だと思っていた。
修羅場が起こっている。
でも言い訳するとしたら、それが起こっている中に今のところ俺はいなかった。
「……あの2人に共通点があるんだ」
言い争っているのは、彼と蓮君だった。
少し観察していると、主に蓮君が彼に対して何かを訴えているように見える。
あの冷静沈着な蓮君とは思えない姿に、驚きが隠せない。
ここからだと何を言っているのか聞こえないから、どうして蓮君が怒っているのか分からない。
俺はバレないように、そっと2人に近づいていく。
近づくにつれて耳に入ってくるのは蓮君の怒鳴り声と、それをなだめるような彼の声だった。
「あなたのせいで! 姉さんが!」
「すまない。でも無理なものは無理だ。強制されて付き合ったところで、結果は見えているだろう。そっちの方が不誠実だし、傷つけるだけだ」
「姉さんは、あなたのことが本当に好きなんだ。結婚出来るって嬉しそうに話していたんだ。それなのに、それなのに!」
もはや縋り付くように、蓮君は彼の胸倉を掴んだ。
「あなたに捨てられたから! 姉さんは自殺しようとして、未だに目を覚まさない!」
驚きのあまり、俺は手に持っていたクッキーの袋を落としてしまう。
蓮君を物で釣ろうとして持ってきたそれは、思っていたよりも大きな音を立てて地面に落ちた。
2人が俺の存在に気づいてしまい、こちらを見てくるけど、俺はそれどころではなかった。
蓮君の言う姉さんとは、前にあった彼の婚約者という女性のことだろうか。
自殺未遂、目を覚まさない。
そんな言葉がぐるぐると頭の中を巡り、俺はただ立ちすくむしかなかった。
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