第38話 話し合い





 今にも監禁レベルを最高潮に上げようとしていた恭弥を止めたのは、冷静な彼の言葉だった。


「少し話をしないか」


 それに対し、最初は嫌そうな顔をしていたけど、このまま返したら面倒なことになると考えたようで、素直に従い俺の隣に座ってきた。


「有希とは、後でたーっぷり話すことがあるからな。その前に話すのは構いませんよ」


 たーっぷりという言葉に恐怖を感じたが、今はその話し合いに憂鬱になっている場合じゃない。

 恭弥も彼も冷静なように見えるけど、内心は何を考えているのか分からない。


「風邪をこじらせていたはずの白樺が、こんなにも元気そうに目の前にいるのだけど、休んでいた理由は嘘だったわけか?」


「嘘じゃないですよ。今日は元気になったみたいで、昨日までは死にかけていたんですよ、なあ、有希?」


「へ? あ、うん。そうだね、すっかり元気」


「そうか。それなら明日から学校に来られるな」


「明日からまた体調が悪くなるので無理ですね」


「面白い冗談を言うな。体調が悪くなっているのを予知しているのか」


「あはは。俺の特技です。知りませんでしたか」


「初耳だな」


 和やかなように見えて、空気は冷え切っている。

 お互いに譲る気が無いせいで、間に挟まっている俺の胃が痛い。

 この言い争いに終わりがあるのか。

 たぶん無い。


 恭弥は閉じ込めておきたいし、彼はたぶん先生だから俺を学校に行かせたい。

 どちらも頑固だから、折れるわけもない。

 このままにしていたら、明日になってしまうのではないか。


 俺がどうにかいい落としどころを見つけなくては、絶対に終わらない。


「恭弥、俺は学校に行きたい」


「……有希」


「恭弥と一緒にいるのは嫌じゃない。でもこのままでいいわけがないよね? 学校だってあるし、俺をずっと閉じ込めていられないのは恭弥も分かっているだろ?」


「そうだけど。でも目を離すと、有希はふらふら誰かのところに行くから、閉じ込めていないと心配なんだよな」


「確かに」


「そこは同意しないでください」


 そこまでふらふらしている自覚は無いのだけど、2人が同じ意見ということは、落ち着きが無いのかもしれない。

 でもそれで閉じ込めるというのは、普通の人の考え方じゃない。


 前に恭弥を閉じ込めようとしていたことを棚に上げて、俺は2人の考え方を頭の中で否定する。


「別にふらふらしていないから心配しないでよ。恭弥のことは好きだから、外に出たって大丈夫だからさ。ね?」


 第三者がいるから、ここまで思い切って言うことが出来る。

 何かあっても、彼が助けてくれると信じているからこそ、恭弥と向き合えたのだ。


 俺は恭弥の握りしめた手の上から、安心させるために自分の手を重ねる。

 恭弥も不安だったのだ。

 その不安が無くなれば、こんなことをしなくなるだろう。


「恭弥だって、本当はこんなことしたくないだろ?」


「いや、別に。したくてしているけど」


「間違った。こんなことを続けていても、待っているのは良くない結末だから。離れ離れになるのが目に見えているよ」


 したいのか。

 そんなツッコミを心の中でしておいて、俺は言い方を変える。


「俺達はまだ学生なんだから、卒業出来なかったら、将来の問題に関わるのは分かってくれるでしょ?」


「そうだな。俺が稼ぐようになったら、部屋を借りて閉じ込めることが出来るのか。東海林先生みたいに」


「そうだな。資金はあって困らない。人一人の人生を変えるのだから、何不自由無い生活を送れるように努力するべきだ」


「先生、アドバイスしなくて良いですから」


 実体験をアドバイスするのは教育者として間違っていないが、内容が完全に間違っている。

 わざとやっているのではないかと思うぐらい、2人の会話は次元を超えていた。


「分かった。さすがに有希を困らせたくないから、明日から学校に行かせる」


「普通は許可が必要じゃないんだけどな。でも良かった。さすがに休みが続くと、進路に影響しかねない。どうせ、大学は同じところに行くんだろう?」


「愚問ですね。俺と有希はニコイチの親友兼恋人なんで、墓場まで一緒に入る予定でーす」


「……そうか。それなら、なおさら学校に行かないとな。明日から来るのなら、俺から言うことは無い」


「わざわざ来てもらって、ありがとうございます」


「突然訪ねて悪かった。……また明日、学校で」


 結論がまとまり、彼は安堵した様子で俺と恭弥の顔をそれぞれ見ると、荷物を持って椅子から立ち上がる。

 一応見送ろうとしたが、恭弥にやんわりと止められた。


「少しだけ男同士の話があるから、有希はここで待っていてな」


「……俺も男なんだけど」


「知ってる知ってる。とにかくいい子で待っていてな、有希ちゃん」


 頭を軽く撫でられ、恭弥と彼は俺を置いて玄関のほうへと行ってしまう。

 話の内容が気になったけど、わざわざ言ったということは、俺に聞かれたくないわけだ。


 さすがに聞きに行くほど2人のことを信じていないわけではないので、俺は大人しく恭弥が帰ってくるのを待つ。



 とにかく学校に行くことは出来るし、恭弥の束縛も少しは弱まるだろうから、話が出来て良かった。


「……あ、有希。勝手に人を入れたことは、お仕置決定だからな」


「マジで?」


 扉から顔をのぞかせて言い残された言葉に、俺は安心した気持ちが消え去り、お仕置のことしか頭に残らなくなってしまった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る